第千百四十三話
「カードダンジョンが再出現だと!?」
魔法省のアトムの執務室。
内線で報告されたアトムは、自分のありとあらゆる予測を覆されたとばかりに、声を荒げた。
『は、はい。朝森秀星から預かっている鑑定魔法具を使用していますが、確定とのこと』
「……わかった。マニュアルの……GD-6125で対応してくれ」
『はい!』
通話終了。
アトムは受話器を置くと、そのまま背もたれに身を預けて、はぁ、と溜息を吐いた。
「はぁ……どう考えても、私の中で『整合性が取れない』か……」
魔法省の仕事の八割をこなすアトムの予測能力は、『予知』に近い。
動き続ける状況に対して対応しなければならない業務故に、10年後くらいまでなら、数多くの『人間レベルのこと』を考えている。
正直、金を稼ぐという意味では、株と為替だけで死ぬまで生きていけるような男だ。『大金を使うのも上手い』のでなおさらだろう。
それほどの処理能力を持つアトムだが、何か、大切な『脈』を放棄したような状況に対して頭痛がしてきた。
「……気まぐれ。というより、私が認識できないほど、大きな情報を持つデータベースそのものが動いた?……めちゃくちゃな表現だが、それが正しいか」
様々な過去の事実と、未来の予測が頭の中で構築しつつ、エラーが発生し続けている。
世界一位の男である秀星や、彼以上のスペックを持つ神が数多くかかわっていても、アトムの想定を超えることはなかった。
というより……秀星や神々が、『何か』に対して配慮しているような、そんな感覚があり、そのバランス調整の基準に対しての考えがまとまりつつあったからということもある。
世界中の誰よりも、この世の構造の『真理』に近い秀星がそのような配慮をしているため、それを軸にした『上限』で考えることで、アトムの想定を超えてくることはなかった。
「……その、バランス調整を行っている存在そのものが動いた……何のために?」
疑問を持ったところで意味がないことなど、アトムにはわかっている。
アトムでさえ予測しきれない……いや、現状の規模で言えば、アトムにも予測できない『穴』のようなものだろうか。
それを突いて行動してきた存在のことなど、アトムには想像がつかない。
「……めちゃくちゃなのは椿くらいにしてほしかったが、そういうわけにはいかないか」
常識や一般的という概念をほとんど捨て去っている椿だが、彼女が引き起こせる規模には限度があるため、アトムは特に気にしていない。
疲れるだけで、驚かされることはほぼないからだ。というかいろいろ慣れた。
だが、今回はそういうレベルの話ではない。
明確に、今まで全く想定できない強さを持っているものが、基準を変えた。
……いや、変えたというより、『例外的な項目を適用することに決めた』と言っていい。
そういうの、アトムは凄く嫌である。嫌いとは言わないが。
(面倒な……とはいえ、何かにとらわれて、思考の堂々巡りをしても仕方がないか)
深呼吸をするアトム。
……思考が回ってきたことを感じつつ、執務室の窓の方を見る。
「で、何か用かな?秀星ではない秀星君?」
「……」
白い髪に黒いメッシュを入れた、秀星そっくりの少年……ユイカミに向けて、アトムは問いかけた。




