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第千百四十二話

 アトムが朝森家からの報告に頭を抱えているころ。


「……正直に言えば、ここに来るとなれば、君ではなくユキちゃんだと思っていたんだけどね」


 大草原に存在する小さなログハウス。

 マクロードはつぶやくように、自分の家を訪れたレルクスに対してそういった。


「ただ、僕か、僕に関連する人間が来ることは予想していたはずだ」

「そうだね。さすがに……『椿ちゃんに因子を保管した』のはマズかったかな?」


 以前、この家に椿が来たときに、マクロードは、椿の中に因子をわずかに保管した。


 もちろん、それは保管であって融合でも適合でも何でもないため、何も悪さをしていない。

 しかし、レルクスが来るということは、やはり重要な立ち位置にいるということなのだろう。


 どうでもいい人間に何をしようが、レルクスは特に関与しない。


 ただ、さすがに椿に仕込みを入れるのは、レルクスとしてもいろいろツッコミどころが大きかったようだ。


「君が何を狙っているのかはもちろん知っているし、そのために椿を利用することが最も早いのは分かっている。特に、今の椿はドッペルゲンガーだからな。だが……」

「だからといって、私が調子に乗るのを黙っているわけではない。か……」

「そんなところだ」


 全知神レルクスは、文字通り。全てを知っている。


 未来には数多くの選択肢があり、そしてその中から何が選択されるのかを知っているのだ。


 そんなレルクスにとって、多くのことは些事である。


 しかし、本人の性格などを加味した上で、『これは釘を刺しておいた方が良いな』と判断すれば、そこに赴くのだ。


「とはいえ、私が椿に因子を送り込んだが……本来、僕はその前に君たちが止めに来ると思っていたんだけどね」


 マクロードはつぶやく。

 保管状態の因子が悪さをしないのは事実である。

 ひとたびその力を解放すれば、所有者に力を与え、マクロードからもその存在を監視できるようになる。

 だが、まだ保管状態であり、今はじっとしている。


「私は一瞬、『君のアクセス権限がない領域』に踏み込んじゃったのかと思ったよ」

「残念だが、僕にそんなものはない。この世界において、僕が認識できない事実は存在しない」

「……」


 マクロードは『この世界において』の部分が気になったが、マクロードがそう考えたことだってレルクスは分かっているはず。


 突っ込んだところで返答を得られることはないだろう。


「……はぁ」


 ただ、会話していて疲れる。


 こっちが何を考えているのか、それならともかく、『これから何を考えるのか』すら筒抜けとなれば、どうしようもない。


「……正直な話をすると、君は……秩序として適しているようには思えないね」


 マクロードはレルクスに、静かにそういった。


「全ての超常存在が、僕を軸にして物事を考えている。それによって阻害されているということだな」

「そんなところだ、何かが発展するためには、時間と資源と……それを『阻害しないルール』が必要だ。正直、君の存在は、ありとあらゆるものを阻害していると私は考えているよ」

「君が言っていることは何も間違ってはいない。ただ、『発展』と『格差』は表裏一体で、僕は格差が広がることを防ぐために動いている。それだけのことだ」

「バランス調整ってことかい?そりゃなんというか……」


 次の言葉が上手く出てこないマクロード。


「うーん……んっ?バランス調整……『誰のために』?」


 マクロードはそうつぶやいた。

 それに対して、レルクスは特に反応しない。


 マクロードがその視点に立つことをすでに知っていたからだ。


「……なるほど、そうか。フフフ……となると、『主人公』は、彼か」


 マクロードは楽しそうに微笑む。


「なら、ラスボスは私か。なるほど、クククッ……」


 笑いを抑えきれない様子のマクロード。


 彼にもまだ隠していることは多々あり、それを含めた判断だろう。


 ただ、そこから導き出される答えは、彼にとって、とても楽しい物であったようだ。

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