第千百三十三話
レルクスの屋敷の地下。
そこでは、椿が刀を構えて、レルクスは特に何も構えず、一定の距離をとって向かい合っていた。
「むー……レルクスさんは武器を構えないんですか?」
「構わない。というより……僕はそういう次元じゃない」
刀を構える椿に対して、特に表情を変えることなく立つレルクス。
全知神と呼ばれる男の戦い方というのは、一体どういうものなのか。
……というより、彼にとって『戦い』とは何なのか。
なんだか哲学にすら踏み込んでしまいそうな男が、レルクスという存在である。
椿は刀を構えて、まっすぐに突撃する。
そのまま容赦なく、レルクスに向かって振り下ろす。
そしてレルクスは、自分の腰にある刀の鞘に、シャー……っと納刀した。
「……!?」
ゾクッ……ゾワッ……
とんでもないレベルの、『気持ち悪さ』とでもいうのだろうか。
それが椿の体の全てを貫通する。
構えている自分の手から刀が離れることなど……本当に、いつ以来だろうか。
「どうした?僕を相手にしているんだ。多少の理解できないことだって起こることは分かっているだろう」
「も、もちろんです」
椿は刀を構えなおして、レルクスに相対――
ゾワゾワッ……
「うっ……む~……」
あくまでも外から見れば、レルクスは一歩も最初の位置から動いていない。
だが、もう、そういうレベルのことではない。
「もう一度言う。理解できないことが起こったからと言って、足を止めてはダメだ。僕は全知神……『はるか未来の人間が導き出した叡智』……それを、『誰にでも使えるように改良したもの』すら、今の僕は知っているし持っている」
世の中は盛者必衰であり、全ての世界において、いずれ全ての力を失うこともある。
しかし……中には、そこから外れて、無限の成長を続ける世界もまた存在する。
そしてレルクスは、そんな世界の『答え』すら、知っている存在。
素直な太刀筋で刀を振るうだけの椿が、理解できるようなことではない。
……いや、そもそもレルクスは、椿が知りようもないことを知ることができるので、レルクスの行動を、椿が理解できる日は来ないのかもしれない。
「むううう!『神風刃・逢魔螺旋』!」
不気味さ。という言葉を体現したかのような、禍々しくゆがむ風。
それを、椿は容赦なく、真横に一閃した。
なんとも椿らしくない『性格』の攻撃だが、広い範囲を攻撃するというのは間違ったことではない。
その風は……完全に、レルクスを『素通り』した。
「んいぃ!?」
変な声が漏れる椿。
「何を驚いている。魔法というのは、波長が合っていないと、『相互不干渉』だ。そうでなければ説明がつかない現象も多く存在するし、君が未来で使う教科書にもそう書かれているよ」
知っている。
ただ、それは恐ろしいほどの技術が必要になる。
具体的なレベルの表現をすれば、未来のアトムですら不可能というほど。
「まあ、続けよう。君には、これからの戦いで理解できないことがたくさんある。僕との稽古で、多少はそれに慣れてもらおうか」




