第千百六話
「レルクスー!助けてくれー!」
「……来るのは分かっていても、実際にその情けない声を聞くと腹立つな」
「そんなこといわないで!僕のアイデンティティが崩れちゃうから!」
レルクスの屋敷。
門番が屈強なのだが、秀星とラターグが『ちょっと相談に来ました』というと通してくれた。
で、応接室で『すでに待っている』というので、二人はそちらに直行。
紅茶を飲んでいたレルクスにラターグが泣きついたというわけだ。
……で、ラターグ。お前は情けなさがアイデンティティに組み込まれていて本当にいいのか?
「で、因子の解析が進まないからヒントが欲しいということだな?」
「そういう事なんだよ!あれはもう本当にわからんわ!ていうか、姿と形を変えすぎて、もう家に帰ったらわかんなくなってる可能性だってあるんだよ!」
「きちんとケースにラベルを張っておけ」
一刀両断されるラターグである。
「で、何かヒントが欲しいんだよ」
やっと本題に入れた。
「『全く違う形に姿を変える』ことや、『何にでもなれる』ということがどういうことなのか。もう一度よく考えろ」
「……いや、行きつく答えのルートが多すぎるでしょ。さすがにそれではヒントにならないってことくらいは分かってるんじゃない?」
「当然だ」
「性格悪いわ!」
「君のことを遠慮する人が世界に一体どれくらいいると思うんだ?」
「……少ないね」
「そういうことだ」
閑話休題。
「細かいことを長々と語っても仕方がない……今回、君たちの敵になることを選択したものは、今までと比べて厄介な相手だ。君たちに、敵の構造の全てを語るには早すぎる」
「そうか」
「だから、敵が『動かざるを得ない状況』にするための方法を教えよう」
「なるほど。おびき寄せるってわけね」
「そういうことだ」
レルクスが指をパチンと鳴らすと、空中に紙束が出現する。
「これの通りにやれば、敵側の方も動くだろう」
「……紙の枚数、多くない?」
「いや、それだけ細かい数字が求められるというだけで、実際の行動そのものは多くない。まあ頑張れ。僕はこれ以上は行動出来ないからね」
「……トホホ。その制約嫌だねぇ」
「そうだな。もしもこの制約がなかったら、君が抱えている不労所得のそれを分配するために動いていたところだ」
「そういうこと言うのやめてくれい!」
ラターグは常にゴロゴロダラダラしたいと語り続けていてよく叩かれるが、そうでなくとも苛め甲斐がありすぎるのが不憫要素である。




