第千百三話
「秀星君!じゃんけんしよう!」
「……」
ラターグの屋敷地下の実験室。
屋敷自体がかなりの広さなので、研究室などもかなり多く配置されているのだが、その中の一つで、ラターグは秀星に提案していた。
……正直に言えば、『汚れ散らかしている』と言える部屋だ。
中央には何かを入れていたであろうガラスケースが爆散したのか、バラバラに砕け散っており、破片が周囲にまき散らされて、特に汚れた様子がない二人と、散々汚れている燕尾服の男性がいる(泣いてる)。
で、なんだかすごく粘液っぽい物が酷く散乱しており、部屋中に存在するありとあらゆるものに付着している。
「……この部屋の掃除をするってことだな?」
「当然だ。当事者じゃない人にやらせたら間違いなくキレるでしょ。僕ならキレる!」
まあ、ラターグは神々の中でも黎明期から存在しており、知識人だが、それでも知らないことは多々ある者で、こうして『やらかす』ことはある。
あるのだが……今回はひどい。
この粘々している物体だが、特殊な魔法を使わないと取れないのだ。
だから燕尾服の男性は泣いているのである。
……なので、ラターグはじゃんけんをしよう!と秀星に言いながらも堕落の力を使って男性の付着物を取り除いて、秀星もラターグのそれに受け答えしながら男性の付着物を取り除いているのだ。
「……なるほど、その『じゃんけん』というのは、『グー』と『チョキ』と『パー』の3通りで出せて、グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝ち、同じ手の場合はあいこでもう1度行うというルールの下で行われ、それ以外の一切の概念が介在しないゲームのことだな?」
「君の中で僕はどこまで信用できない存在なのかな?」
じゃんけんのルール、全部言ったぞこの男。
「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「……なるほど。要するに……この部屋の掃除が嫌すぎてそこまで言うってことだね?」
「当然だ」
第一、単に掃除するだけなら、『清掃魔法』で一発なのだ。
だが、これらの粘液に清掃魔法は一切通用しない。
粘液がある状態が『綺麗』なのだと、『全ての清掃魔法の認識に割り込んでくる』からだ。
というか、一発試してみて全く効かなくて『察した』から、こんなおバカなことを言っているのである。
「フフフッ。そこまで本気になれる秀星君は久しぶりだ。ごちゃごちゃとこねくり回して難癖付けて何回戦かにしようと思っていたけど。一発で決めてあげるよ」
「じゃんけんに負けた方が部屋の掃除をやるんだぞ」
「まだ言ってるのか……」
双方ともに往生際が悪いが、秀星の方がやや上か。
「わかった。わかっている。普通の、本当に普通のじゃんけんのルールで、一本勝負だ。勝った方がこれを逃れて、負けた方がやる!いいね!」
「ああ」
お互いに拳を構える。
「いくよ秀星君!さいしょはパー!よしかっ……負けたあああああ!」
秀星はチョキの手のままで『コイツの目玉突いたろか?』と思ったが、勝ち誇った様子で燕尾服の男性を背負った。
「ま、待て、まだ『本番』にはいっていないぞ!じゃんけんポンッ!……ぐほああああっ!」
ラターグのチョキに対して、秀星は大人のグーでラターグを殴り飛ばした。
「ばーか」
そういうと、秀星は男性を背負って実験室から出ていった。




