第百九話
「にぎやかだな。というか、日本のマーケットにここまで銃型魔装具がそろっているとは思わなかった」
九重市から少し離れた地下マーケット。
そこでは、まるでFPSの世界にでも飛び込んだと思えるほどの銃があった。
「まあ、魔装具だけど、銃は発展し続けてるからね」
「刀の歴史は長いですが、銃もそれ相応に歴史はあります。訓練が簡単で威力もあり、射程も十分。使わない理由はありませんからね」
千春とエイミーを連れてマーケットに来た秀星。
そもそも、弾数無限で威力超絶のマシニクルがある秀星にとって、ガンショップなど暇つぶしにしかならない。
今回ついてきたのは、千春から『マーケットにある銃を実際に見て、その性能と値段を見ておくと得するわよ』と言われたからだ。反対する理由はないのでついてくることにしたわけである。
「弾も魔力バッテリーも消耗品だから、それなりに高いと思っていたが……そうでもないんだな」
子供の小遣い。とは言わないが、地道にためていけば購入可能。という金額に収まっている。
高すぎると一部にしか売れないし、その一部を巡って性能を強化したとしてもあまり意味はない。
戦後の日本のような、三種の神器を大量購入していた時代とは違うのだ。いらないものはいらないのである。
結果的に、性能は下がるが安いものを作っているのだ。
どこで作っているのかは秀星はまだ知らないが、魔法社会にかかわりのない人間に見つからないことを祈るばかりである。
「あ。でも、最近この辺りでは値下げされているみたいだけどね」
「だろうな」
沖野宮高校の生徒がダンジョンから魔石や素材を手に入れすぎた。
銃の素材となると金属だが、ダンジョンのモンスターからはそれなりに手に入る。哺乳類や爬虫類とか両生類しかいないわけではないのだ。
まあ、鳥類は少なく、魚類など無理があるが。
「付与魔法の発動媒体を取り付けただけのものもあるが、それらの値段はさすがに抑えられているな」
「それらの金額が高騰すると、買う人がいませんからね」
「初級の上か、中級の下ってところの魔戦士なら、消耗品を使いまくっても問題ない予算を割り当てられるし、お使いなのか、買い占めている人もたまにいるわよ」
レベルにあったものであれば問題はない。ということだろう。
秀星は、銃が並んでいる中で隅のほうにおかれている弾丸をみた。
「……今まで弾丸だけで見たことがないからわからなかったんだが……警察が持っている銃とか、アメリカの表社会で売られている銃弾とは少し違うんだな」
「当然よ。魔法社会では当然、弾丸なんて購入し放題なんだから。表で扱ってる銃で撃てないようになっているのは当然よ」
「一つの銃に対して専用の弾丸を作っているところもありますね。もともと弾丸は消耗品ですし、魔戦士は銃のメンテナンスを行うことができても、弾丸の作成ができないことが多いですから、そうした部分まで販売できると安定して売れるんですよ」
「考えているっていうか……あえて不便にしているっていうか……要するに大人の事情か」
銃を使う魔戦士は少なくない。
剣の精鋭は全員、モンスターが相手でも人が相手でも容赦なく突撃して切り倒しに行けるが、中には近づくのが怖いと思う人間がいるのは当然だ。
異世界グリモアで戦った時だって、秀星だって最初は怖かったし、宿でさんざん胃の中のものを戻した。
射程距離がある。というだけで十分なものもあるだろう。
安全かどうかは敵の射程距離によるが、自分で肉を斬り、骨を断つ感触を感じることはないのだ。
それだけで十分救われる。
「そういえば、千春もエイミーも、買いにくる必要ってあるのか?千春は自分で作れるだろうし、エイミーは父さんが作れるだろ」
「私の場合は確かに自分で作れるけど、何も自分で全部作る必要はないわ。というか、私の武器は投げナイフよ。あくまでもマーケットに来るのは偵察が七割くらいだからね」
「私もお父さんが作ってくれますが、整備道具の中には消耗品も多いですからね。そういったものも、こちらではそろっています。銃刀法があって所持の規制が強い日本でも、そういったアイテムを買えるのはこうしたマーケットくらいですから」
「……そうか」
当然だが、買って使うだけがマーケットの役割ではない。
十分に吟味する必要があるのだ。
秀星の場合、マシニクルは弾数無限でメンテナンスの必要もない。
消耗品の心配をした経験が全くないのだ。
さらに言えば、レシピブックがあるので作り方などいちいち見に行く必要はない。
作成され、この世に出てきた時点で記録されているからだ。
便利になるということは、それまでに長い工程を必要としていたことが短縮されるということであり、要するに時間が余るということでもある。
はっきり言って暇になるのだ。
「秀星。あんた、自分が強いのはいいけど、自分の周りで、だれがどんな苦労をしていたのかわかってないでしょ」
「強いのは悪いことではないですし、頼りにはなりますが……情報収集は必要ですよ」
「……」
なんというか、『ぐうの音も出ない』というのはこういうことなのだろう。
地球に帰ってきて、そのすべてにおいて難易度が片手間レベルというぬるま湯に浸かっている秀星。
転移があるので気が付いた瞬間に行ったとしても間に合うし、死者の蘇生も不可能ではないので手遅れという状況にならない。
すごく強引に言い換えると、抜き打ちテストには弱いが定期テストにはすごく強いのだ。
その点だけ見ると雫と大して変わりはない。学力的に言えば確かに秀星は上だが、それ以下にならないだけでそれ以上になるわけではない。
「情報収集か」
異世界ではさんざんやったのに、そこまでやっていない。
経験が多くなりすぎて予測できる副産物である。
「ま、偵察が目的といっても、秀星を連れてきたのにもちゃんとした理由があるけどね」
「どういうことだ?」
「それがここです」
地下マーケットゆえに、天井には照明用魔道具が並んでいて、十分に光は確保されているが、それでも、裏路地というものは存在する。
エイミーが指差したのは、そんな中でも薄暗くなっている地下への階段だった。
「……こりゃ物騒なにおいがプンプンするなぁ」
秀星は溜息を吐きながら、そう呟くのだった。




