第十八話 学と恩人
学──
翌日、また病院へ。
点滴を打ち終えて、ようやく日外も立って少し歩く程度は出来るようになった。
「あはは、でもまだ小鹿みたいだけどね」と、笑う余裕も出てきたようだ。
真理愛は、時子を避けている。どういう顔をすればよいのかわからないようだ。
「まぁそのうち割り切れるでしょ」
時子が会計に、真理愛がおむつ交換で席を外したタイミングで日外が俺に言う。
「ずっと目で追ってたよ」
ニヤリと日外が笑う。
こいつは……というのは失礼か。気安く接することが出来るのでつい軽い言葉が出てしまう。日外聖奈は気づいていた。俺が時子と真理愛の距離感を気にしていたことを。
そして、日外は俺の代わりに真理愛を7年もの間、守ってくれていた事に思い至る。
俺は真理愛に何があったのか、本人からはまだ聞いていない。
その真理愛を7年も守ってくれた聖奈に俺は……。
「日外、真理愛をこれまでの間、守ってくれて、本当にありがとう。すまなかった」
頭を下げた。
顔を上げると……日外はぽかーんとした顔をしていた。
「あぁごめんね。南雲くんって真理愛のことは気にしているけど、私のことはなんとも思って無さそうだからさ。お礼言われるなんて思ってもなかった、あはは」
俺は……恩人になんてことを……。自身のあまりの傍若無人さに肩を落とす。
「あーあーあー……でもさ、ほら!前に囲まれた時も助けてくれたしさ!本当にあの時はカッコ良かったんだから!あと西片もビューンってぶっ飛ばしたし!」
必死にフォローしてくれるが、やったのはそれくらいだ……。
「中田から真理愛も守ってくれたじゃん。だからさ、あんま気にしないでよ……って言っても気にしちゃうんだろうけど……そうだな……う~ん……」
確かに気にする。恩人だ。時子や真理愛と同じレベルで……丁重に扱わせてもらうと心に誓う。
「そだ、それじゃあさ、時子や真理愛みたいにさ。私のことも聖奈って呼んでよ。一人だけ苗字呼びは寂しいからさ。どう?」
その程度で良いのか、と思ったが、これは始まりだ。恩は全て返す。もう心に誓ったからな。
「あぁ、わかった。よろしく、聖奈」
「あ゛!?」
「どうした、聖奈?」
すごくやっちゃったぁという顔をする聖奈が俺を見る……。
「今は言えないけど学くんには謝らないといけないことがあるんだ」
「ふむ」
「その時はお手柔らかにね……あはは……」
「よく……わからないが、わかった。善処する」
時子と真理愛が帰ってきて、俺達が名前呼びになっていたことに「ふーん、手がお早いこと」とプレッシャーをかけられる。
いや、そういうのじゃないからな。聖奈、頼む。笑ってないでフォローをしてくれ。
少し歩きたいからと、駐車場までの間、聖奈が歩く。サポートは俺。大粒の汗を顔に浮かべ、一歩一歩、歩く聖奈の手を引いて。車に着いた時にはもう息が上がっていた。
「これは……回復に……時間が、かかるねぇ……」
ショックを顔に浮かべる聖奈。
「大丈…「大丈夫よ、学をあなたのサポートに着けるから。聖奈は回復することだけを考えて」
良いところを時子に取られる。ならば。
「生活…「ご飯とか洗濯とか家のことは私に任せて!聖奈ちゃんは正のお世話だけ少しお願いするかも!」
また良いところを真理愛に取られる。ならば。
ならば……あと俺に出来ることはあったかなぁ……。
「あはは、学くんもいろいろ頼らせてもらうからよろしくね」
「お、おう。任せとけ!」
家に着き、初日とは違ってやや緩やかな空気で全員が玄関を潜る。しっかり手洗いうがいをして、リビングに再び全員が集まった。
瞬間、俺は立ち上がって回れ右をする。
「真理愛、学くんいるから……」
「あっ……!ごめん!正がお腹すいたって言うから!」
「い、いや気にしないでくれ。俺が気を付けるべきだった」
真理愛が赤ちゃんに授乳していた。
しっかりとこの目がぼろんっと零れ……真横に時子が立った……?
「学?なにも……見なかったわよね?」
「あ、あぁもちろんだ」
「うふふ、なら良かった。」
俺はこの記憶を墓場まで持っていくことにした……あれ?でも嫁になるのでは……?
昼食はいつの間にか時子が寿司を頼んでいた。
聖奈はともかく、真理愛は箸が進んでいない。まだ時子のことを気にしているのだろうか。
「あの、時子さん……」
「な、なにかしら、真理愛さん」
「これ、私達の食費1か月分……なんだよね」
ピリリと室内に小さな雷が落ちたように感じた。
「今日は……聖奈ちゃんの病院もあってお世話になったから仕方ないけど、これからは私が食事、作るから……」
「お、お願いするわ……」
俺も、最近は時子に影響されて外食が増えていたが、猛省せざるを得なかった……。……あれ、そういえば……名前で呼んでる?
食後のお茶を真理愛が出してくれたので、後片付けを俺が進めた。
「がっくん、私がやるのに……」
「良いんだよ、真理愛も病み上がりなんだからあっちでお茶飲んできな」
「だめ、一方的にお世話になるのなんて……やっぱり嫌……だから!」
気を使うところは変わっていないなと、つい顔が緩んでしまった。
「なに?私変なこと……言っちゃった?」
前も……こんな風に2人で洗い物をしたことを思い出す。
「いや、変わってないなって思ってな」




