第十五話 お迎えに来ました
学──
時子に言われるまま、車を走らせる。
ナビは隣の市の住宅街にセットされていた。
そんなところに、知り合いが居た記憶は無い。
時子はずっとニコニコしている。
彼女はこの一年、ずっと上機嫌だった。
仕事も、デートも、プライベートな時間も全て。とても忙しいのに、怒っているところは一度も見ていない。
空いてる時間があればスマホをずっと見て、ニコニコしていた。
浮気……なんてことをする時間が1秒たりとも無かったことは俺が知っている。ただ、高校の時の出来事がどうしても頭を掠めてしまう。
到着したのは、特に特色があるわけでもない普通のアパート。縁もゆかりもない町で時子はいったい誰に会いに来たのか。
車を近所のパーキングに止め、歩いてアパートへ戻る。
時子が先行し、俺が追従する形だ。……スキップしてる。こんな時子は、流石に初めてだ。迷いなく、時子はアパートの廊下を進む。そして、ある部屋の前で立ち止まる。
珍しい、そう思った。
急に緊張した顔になって深呼吸を1回、2回……。緊張した面持ちのままで彼女はインターホンを鳴らす。
ピンポーン
数秒して、中から女性の声が返ってきた。
「はぁーい……」
ドアが開き、そこには……。
子供を抱えた真理愛が立っていた……。
真理愛と目が合ったまま……、息が止まる。両手の拳を思わず握ってしまう……。誰の子だ……。自分の中にまだこんな黒い感情があったことにようやく気付く。
「かわいい~~~~~!」
時子のその声で、俺……と真理愛の時間が再び動き始める。
ニコニコ顔で、時子が子供……赤ちゃんをのぞき込んでいる。
ニコニコ顔のまま、俺の顔を見に振り替える。
「この子、かわいいでしょう?」
顔の筋肉が固まった。時子のように笑うことも、……怒ることも出来ないまま、「あぁ」という返事を絞り出す。
真理愛は、俯いている……。
時子は……今まで見たこともないようなニコニコ顔だ……。
「この子、正くんっていうの、男の子だよ」
「……あなたの子供だよ」
「……はぁ!?」
時子がふざけたことを言い始めた。
俺には真理愛を抱いた記憶なんてない。困惑して真理愛を見ると……。
「なんで……」
そう呟いて震えだした……。否定しない幼馴染がそこに居た……。どういうことだ……?
時子は俺、そして真理愛の反応を見て、黒い笑みを浮かべる。悪いことを考えているときの表情だ。俺が頭を整理しようとしたとき、時子が空気を読まずに言葉を紡ぐ。
「はいはーい、それよりも聖奈がぶっ倒れてるから、学が回収してきて。車まで連れて行ってね」
「東雲さん?あなたは必要なもの集めて?保険証とか財布スマホあたりね。着替えとかは後でまた来ましょう。まずは聖奈を病院に連れてくから」
ようやく動けるようになった真理愛が時子に対し悪態をつく。
「ちょっと!なんなのよ急に来て!あんたは……、あんたは何がしたいのよ!!」
真理愛はあまりの出来事に激情する。当たり前だ、俺だって訳がわからん……。
ニコニコとした時子と怒りを顔に張り付けた真理愛が玄関先で言い合いを始めた。俺がおろおろと見守っていると、顔色の悪い日外が床を這いずってまで玄関に顔を出す。
「何を見せられてるんだ私はー……。はよたっけてー……」
パタリと日外が倒れたところで2人はケンカ(?)を止めて、慌てて日外に駆け寄った……。
結局2人では日外を持ち上げられず、俺が日外を持って車まで連れて行った。
……なんか、2人からの視線が痛い。
「私だってやってもらったことないのに」「ずるい……ずるいよ聖奈ちゃん……」
うん、俺はなにも聞こえなかった。
車内は……カオスの一言だった……。運転してる俺と、ぐったりしてる日外はまだいい……。
子供が気になるのか、何度も何度も振り返る時子。
そして、その度に怒る真理愛……。
泣きださない赤ちゃんが一番偉かった。
早く病院に着け、ときっと日外も思っていただろう……。
病院の入り口に車をつけると時子が先に降りて、キビキビと病院関係者に指示を出す。遅れて日外を連れて行ったらあっという間に診察室へ通された。いつもの待ち時間はなんなんだ……。
そして今、ようやっと診察や検査が落ち着いて、点滴を受けている日外。その隣では真理愛も一緒に点滴を受けていた。
日外は過労と栄養失調、真理愛も栄養失調だ。子供の……正だけは問題なく、元気だった。
点滴を受けてまだ10分程度だが、2人の顔色は大分改善しており、顔に赤みが戻ってきていた。
先ほど時子が受けていた説明では、今日は点滴が終わったら帰って良いということだった。
まぁ、そこまでは良い……時子、なんでお前が赤ちゃんにミルクを上げているんだ……真理愛が睨んでいるぞ……。本人は知ってか知らずかニコニコ笑顔なんだよなぁ……。
ミルクを飲ませてげっぷをさせて、いつの間にか時子が俺を見てほほ笑んでいた。
俺は意を決して時子に伝える。
「話を聞かせてくれ」




