第七話 運命
真理愛──
いつの間にか、その人は中田の横に立っていた。
黒いライダースーツに黒いフルフェイスヘルメット。私よりかは全然大きいけど、中田よりか小さく見える。
「なんだお前」
中田も気づく。
「邪魔すんなよ……な!」
風を感じたと勘違いするほど大きく振るわれた拳が叩きつけられた。その人は避けられず飛ばされ壁に当たってしまう。
「いやああああ!」
反射的に声を上げる。大きな声のはずなのに、誰も来てくれない。遠くで見ている人はいるはずなのに……。
「おら!おら!かっこつけちゃったのに情けないでちゅねぇ!」
中田はヘルメットの人を殴るのを止めない。1回や2回じゃない……もう10回以上は殴られてる。私を助けに来てくれたせいで!
「やめて!私なら好きなようにしたらいいから、もうやめて!」
泣いて叫ぶ。もういやだ。私のせいで誰かが傷つくなんて……我慢できない……。
中田が嫌な笑みを浮かべながら私の方に振り向いた。ヘルメットの人はもう……動かな……
ムクリと……何も無かったかのようにその人は立ちあがった。パッパッと手で腕や足の埃を払う。
私は……中田も……驚いて、ただ見ることしか出来なくなっている。
首……手首……足首をまわすストレッチをする……。屈伸とか体全体のストレッチをして問題ないことを確かめてる?
構えをとって、ゆっくりと……中田に向かって手を向ける……。指を動かして、かかってこいと……映画のように挑発した……!
「お……お前?ま、まさか……ふ、ふざけるなぁああああああああああ!」
急に中田が激情し殴りかかる。
ビタリと中田の動きが止まる。殴りかかったはずなのに……腕だけで止められてしまう。中田は先ほどのように何度も何度も殴りはじめた……でも届かない。
全てヘルメットの人の腕と足で止められてしまう。
ガツンッ!とすごく大きな音がした。中田の拳に、拳が当てられていた。
「あ゛ぁ゛~~~~~~~~~ッ!」
右手を抑えて蹲る。中田の右手から血が流れてる。
ヘルメットの人は中田の胸倉を掴んで無理やり立たせる。そして、スタスタと間隔を空け、指でまたかかってこいと合図する……。
何度も何度も繰り返される……。中田が何をしても止められる。殴っても蹴っても……逃げようとしても……。
そして、あれだけ強がっていた中田が今、蹲って泣いている……。立たされても立たされても泣いて蹲って……許しを請うだけ……。
私も……逃げればいいのに……その場を離れることが出来なかった……。怖くて?なんで?足が一歩も動かなかった。
中田が動かなくなって……ヘルメットの人がこっちを向いた……。
「ひっ……」
縮こまった体は動いてくれない。ズリズリと後ろに下がっても、あっという間にビルの壁にぶつかってしまう。怖い……。私も同じ目に合わされてしまうんだって……思った……。
手が延ばされる、私に向かって……。あまりの恐怖に目を閉じる……。
痛みの瞬間はいつまでも来なかった。
ふわりと、頭の上に手をのせられた。
え……?
目を開けて、その人を見てみると……ヘルメットを渡された。手を引っ張られて、バイクまで連れて行かれる。不思議と、足は普通に動いた。
グォン!っと大きい音がして、バイクが動き出す。
怖くて、大きい背中に掴まるのがやっとだった。
風が、街の光が、どんどんと後ろに流れていった。
次第に何もない暗い道になっていくのに。
なんでだろう。このままどこかに連れ去られるなんてことは考えられなくて。でも、誰なんだろう。がっくんはこんなに広い背中じゃなかった。
気づいたら、そこは聖奈ちゃんと一緒に住んでる家だった。慌てて降りて、ヘルメットを返す。
「あの!ありがとうございました!できれば連絡先を……」
言い終わる前に、その人は片手を上げて走り去り、あっという間に見えなくなった。
「ということがあったの」
聖奈ちゃんに報告すると、そこから2時間お説教が始まった……。
聖奈──
真理愛から報告を受け、心底肝を冷やすことになった……。チャラ男に連れ出されたこと、そして中田とまさかの接触。考え得る限り最悪だ。
ただ、居ないわけないよね。
「黒いフルフェイスに黒いライダースーツの男でしょ?私が知ってるやつだから大丈夫よ」
教えて教えてってしっぽを振りながら真理愛が顔を覗きこんできたから追加で30分説教してやった。今は、反省したのか、泣きながら正座している。
それを見ながら、時子宛にメッセージ。
『ありがとうって伝えておいて』
真理愛──
本当は誰かわかっている。男の人の知り合いなんて、他にいないから。
でも、あの人は、私のことを助けてくれるはずが、ない……と思ってた。
聖奈ちゃん教えてくれないかな、でも教えてもらいたくないかも……わかんない……。自分がどうしたいか……わかんないよ……。
がっくん……。
XXX──
大人しくしていれば良かったのに。
「連れて行け」
上司が、そして私が温情をかけてやったから、マシな生活が出来ていたのに、お前はそれに砂をかけやがったんだ。
望み通り、地獄に堕としてやる。
「こいつコーキじゃん、あれ?」「ふふふ、憐れ」
部下が中田を引きずっていく。中田のような見せ掛けだけじゃない、本当の筋肉の鎧を纏った女2名が。
「ねぇリーダー。一週間くらい前に施設の警備サボれって言ったのもしかして……」「待てばかやめろ」
ニコリとアホ2人に笑いかければ……それだけで全部を察して冷や汗を流し始める。
この何年かで、漸く学んだようだ。
「……リーダーこいつどこ行くの」「……気になる」
「ハァ……お前らも入りたいのか?」
ビクンと体を震わせ中田を落とす。
「入りたく、ないよな。口は災いの元って言うんだ。お前らが一番知ってるだろ。その立場で済んでるのは女に生まれたからだ。感謝、しろよ?」
慌てて何度もうなずいて、中田を掴んでバンまで走っていくアホ2人。
何のために私達、『影』が居ると思っているんだ。
彼らに闇はもういらない。陽の当たる場所で幸せになってもらえばいいのだから。
上司さん、こっちは任せてください。
彼氏を育ててくれたのと紹介してくれた恩、お返ししますね♡




