第二十一話 クリスマス
学──
~クリスマス~
久しぶりに時子とゆっくり過ごすことができた。場所は夏に来た別荘を借りた。
時子の表情がどこか疲れている。だからゆっくりしてもらうことにした。
食事の準備、暖炉の準備、お茶の用意にお風呂の準備。お風呂後のマッサージと、2人でゆっくり過ごしていた……。
ゆっくりと、ゆっくりと時間が流れる……。
少し寒いけどウッドデッキに出たいというので、ストールを時子に巻いて暖かくする。
「巻きすぎ」
流石に3重は熱かったらしい。でもその笑顔は、疲れが吹っ飛んでいるようだった。
外に出て、少し会話をしたところで白い雪が降ってくる……。ホワイトクリスマス……。
どうやら世界も俺達を祝福してくれているようだ……。
「あのね、学。12月29日にパーティーがあって、そこに付き合ってもらいたいの……」
「合点承知。君の望むところなら、どこへでもついて行きますよ。お姫様」
~12月29日~
いきなりパーティー用のスーツを着せられたから何事かと思った。
時子も……見たことの無いような綺麗なドレスを着ている。
眩しい。眩しすぎて目が潰れそう……。
店の外に出ると、そこにはまた見たこともないようなリムジンが止まっていた。
「ありがとう」とドライバーさんに言うと時子がさっさと乗っていく。え、俺達これに乗るの!?
場所は……もうなんて言って良いか。超高級ホテル。キラキラってレベルじゃねーぞ!
埃が1mmも見当たらないような磨かれまくったガラスに調度品。入口も白くて全ての光を反射している。
「学!」
後ろを見ると、時子がリムジンの出口に座り手を伸ばしている。
エスコートだ!爺ちゃんの教えが活きたな。
慌てて俺は時子の手を取る。時子は満面の笑みで喜んでくれる。
そのまま案内係の人についていき、会場に通される。
ドア係の人がドアを開けてくれて……みんなこっち見てる?すごい拍手に迎えられた。
一番に白髪のお爺さんがこちらに歩み寄ってくる。
いやでけぇな!熊みたいな筋肉してるぞこの人!
横にいた時子が一歩前に出る。
「お爺様!」「時子!」
ガシッとハグをする二人。
いやでけぇから熊に捕食されてるみたいになってるよ!
え?大丈夫?大丈夫?ほっそい時子折れない、それ?
未だに説明を貰えてない俺は混乱の極致にあった。
「お爺様、こちらが私のパートナーの南雲学くんです」
「おお君が!」
と、俺にもハグされるでかいでかいでかい!!!
あ、思ったより柔らかくハグして……痛い痛い痛い!強い強い強い!!!
ぼそっと……
「まだわしは許してないから」
それだけ言われた……。
「お爺様?」
でかい熊が一瞬ビクリと筋肉を揺らす。
助かった時子、あと数秒遅れていたら俺は食われていた……。
「な、南雲学です。時子さんとは真剣な交際をさせて頂いております」
なんとか言ったが爺さんの笑顔が怖い。それを見る時子の笑顔も怖い。ここの空気怖い……。
「さて、本日の主役の登場じゃ!」
爺さんは振り返り会場に向かってそう言った。大きな拍手が返ってくる。……いつの間にか、手にはマイクが。
ふと見ると、目の前にいる数人だけが怪訝な顔をしていた。
「この度、わしは隠居することにした」
ざわっと会場の一部が揺れる。笑顔のままの場所もあるから、知らされていた人間もいるということだ。
目の前の数人が一番驚いていた。
「どういうことか、わかるか?」
爺さんは目の前の数人、中でもその中の2人に視点を合わせ問いかけた。
「親父!とうとう俺に会社を譲ってくれる気になったのか!」
パァッとその数人の雰囲気が和らぐ。爺さんも笑顔で頷く。
「そんなわけないじゃろ馬鹿垂れ」
会場の空気が凍る。
「わしは言った。後を継ぐのはそれに相応しい才覚を見せたものだと」
「わしが用意していた高跳びのバーを、棒高跳びで飛び越えていったものが現れた、それだけじゃよ。ふぉっふぉっふぉ」
「次の北条グループの代表には、北条時子を指名する」
溢れんばかりの拍手が会場を埋め尽くす。
ねぇちょっと待って、目の前の数人もついていけてないけど、俺もついていけてません。
説明!説明してください!お願いします!説明して!
「ご紹介に預かりました北条時子です。仔細についてはそれぞれの会社に別途発信させて頂きますが、これから北条グループを引っ張っていきますのでよろしくお願いいたします」
パチパチパチとまた大きな拍手が鳴り響く。俺も……拍手をするが事態が飲み込めていない。
「ちょっと待て!」
先ほどの男性と、周りの数名。そして十名程度の黒服が時子を取り囲む。
「こんなことは許されない!それに時子は未成年だ。保護者である私が責任をもって見させて頂きます!」
爺さんは呆れる目でそいつを見る。おい、変顔やめろ。
「代理人にはわしがつく。不要じゃ」
「なっ……時子は私達の子供です!お義父様であっても、家族の問題に口を出さないでいただきたい!」
「家族じゃなくて会社じゃもん」
鼻をほじるな。それをこっちに飛ばすな!
ギャースカギャースカ騒いでいるが爺さんは一太刀で切り返す。誰も、何も言い返せない。
ずい、と爺さんよりもデカイ男が前に出る。
時子もこんな手に出るとは思わなかったのか、一筋の汗が顔を流れる。
「え~ちょ~こわ~い。お爺ちゃんお腹痛くなってきた~」
爺さんは手を出す気は無いようだ。チラリと俺を見てくる。べろべろば~してんじゃねぇ!……はぁ。
「申し訳ないですが、そちらが力で来るというなら手加減できませんよ」
上着を脱いで、時子に預ける。
「学、やめて!怪我しちゃう!」
あぁそうか……その場でピョンピョンと数回跳ねる。トンッと強く足元を蹴り、デカ男に向かって拳を突き出してやる。
ブォンッと会場を風が走った……2~3mくらいかな。デカ男さんは吹っ飛んでいく。
時子には教えていなかった。
通信制少林寺拳法の力をな!
黒服どもはあっという間に俺1人に沈黙させられた。
爺さんはつまらなそうにこっちを見ている。「わしがやるつもりだったのに」じゃない!さっさとやれ!
爺さん側の?別の黒服が現れて、倒した黒服を捕縛していく。なんで敵味方わかるの?見た目で全然判別できない。
時子も事態が飲み込めないのか固まったまま俺を見つめている。
……大丈夫?
「なっ……何今の……」
「通信制少林寺拳法の力だな」
「あの……たまに変な修行してた奴……?」
「変とは失礼だな!俺も思ったけど!」
へなへなとその場に座り込んでしまう時子。気が抜けてしまったらしい。
「さぁて、もう反対する者もいないようじゃし?パーティーを再開するかの」
すげぇなこの爺さん。




