第六話 計算違い
学──
~7月3週目金曜日~
また北条から話しかけられた。北条は本題に入るのを躊躇して手近な椅子に座って俺の様子を伺ってきた。
「……大丈夫?」
「……あぁ」
返事だけする。大丈夫なわけない。北条も空気を読んで何も言わないでくれる。
10分ほど無言の時間が流れた後、北条がポツリと一言呟いた。
「ねぇ、今週作戦会議してないね……」
「……そうだな。……それなら今日親が出かけていて、うちなら空いてるけど」
「……え?」
何の変哲もない普通の一軒家。今日は親が二人ともいない。連絡によると二人で出張してホテルに泊まって明日デートしてから帰ってくるらしい。
確か40行かないくらいだったはず……我が親ながら若い……な。弟とか妹はいらないです。はい。
「コーヒー紅茶抹茶に煎茶……ほうじ茶もあったわ。なに飲みたい?」
振り向くと不自然に部屋の隅に寄っている北条に話しかける。
「ほうじ茶、久しぶりに飲みたいかも」
「おけ」
ケトルに水を入れてスイッチを入れる。その間にお茶の準備をして、ティーポットとカップとお盆を用意する。
カチリと音が鳴ってお湯が沸いたのでティーポットにお湯と茶葉を入れた。
「ずいぶん手馴れてるのね」
「爺ちゃんが喫茶店やっていてさ。その手伝いでバイト代もらってるんだ」
ティーポットとカップふたつをお盆に乗せて……。
「んじゃ2階いくか」
「んん!?」
「え、俺の部屋……」
「んん!?」
北条さんが顔を赤くして固まってしまう。
「いや作戦会議用のノートとか、資料は俺の部屋のPCに入っているからそっちの方がいいと思ったんだが……」
「アーーーー!ソウイウコト、ソウイウコトネ。ソウナンダソウナンダ」
なんだか彼女の様子がおかしい。なんだ、俺はなにかおかしなことを言ってしまったか?これは擦り合わせが必要だ。
「えっと、俺の部屋は入りたくないか?」
「ソ……」
「そ?」
「ソンナコトナイヨ?」
声が裏返っている。どうやらここに問題点がある。
「普通に幼馴染も入っているし、母ちゃんとかも入ってくるから変なもんは置いてないぞ?」
「ソウジャナクテ」
なんだか俯いてもじもじしてる。なんだこの北条は、かわいいな。
「そうじゃない……とは?」
「年頃の男女がどっちかの部屋に行くって……なんか!そ、そういうことでしょ気づけバカー!」
ポカポカと俺の肩を殴ってくる。ちょ……熱湯持ってるからちょっと待って!
「……いやそれなら俺と幼馴染はとっくにカップルだろ……ハハッ」
泣けてきた。
「つまり、君は男子の部屋には入ったことないし、少女漫画知識では男の部屋に入るイコール朝チュンだと思っていたと言う事か」
真っ赤になって頬を膨らませ、首肯する彼女。
「君らのところの家族は過保護なんだね……」
「あなたのところの家族が緩すぎるのよ!」
この部屋にだって幾度となく幼馴染が入ってきているし、俺の帰りが遅くなる時なんかは先に部屋でくつろいでいるときもあった。えっちーな資料なんかは全部パソコンに入れて鍵かけてるし、見られて困るようなものは置いていない。
ただ、年頃の女性を自分の部屋に連れ込もうとした点は、確かに反省すべきだな。
「あーそのー、なんだ。ごめんなさい。俺は特に何も考えていなかったが、たしかに言われる通りだ」
「私もごめんなさい。過剰に反応しすぎたわ」
茶をついで北条に渡す。二人でズズズと茶をすすり一息ついた。
「そういうことは同意なくしないと誓おう。だから安心してくれ」
「……わかった」
珍しくか細い声で彼女は答えた。
少し悩んだ後で彼女は口を開いた。
「もし……同意したら……どうするの?」
いきなり爆弾をぶち込んできた彼女。
俺の気分はそう、宇宙猫だ。
彼女の目は俺とお茶を行ったり来たりだ。
「まず……」
俺の一言に彼女は息を飲んだ。
「コンドームを買ってこなくちゃな。俺の部屋にはないし」
「コッ!(コンドーム!?)」
少し俺から距離を取る北条。
「いや待て、俺たちはそもそも付き合っていないな。付き合うところからじゃないか?」
「ツッ!(付き合う!?)」
さらに少し俺から距離を取る北条。
「いやいや待て待て、俺たちは未成年だ。お互いの親にあいさつも必要じゃないか」
「ケッ!(結婚!?)」
さらにさらに少し俺から距離を取り壁にぶつかってしまう北条。
「……なんてな」
彼女を揶揄うのが楽しくなりすぎてしまった。彼女の顔は照れるを通り越して茹で蛸だ。これは大いに反省。
「すまない、少し遊んでしまった。安心してくれ、今日この時に限っては君に手を出すことは絶対にない。そういった約束もなしに連れ込んでしまったからな」
北条が少しだけ緊張を緩めたように感じた。
「もし手を出したい時がきたら、そうだな。しっかりとそのことを説明した上でこの部屋に連れ込むと思う。君に同意を取った上でなければそういうことはしないと誓う。これで安心してもらえるか?」
部屋の隅で顔を赤くし俺の言葉に小さくコクコクと何度も彼女は頷いた。その彼女に強く愛おしいという感情を抱いてしまった。
しばらく互いにお茶をすすりながら、今の会話の粗熱を冷ましている。俺もどうやら顔に血液が巡っているようだ。
だが、なぜだろう。なぜ俺はこんな気持ちを抱いているのか。
答えは、熱いお茶を冷ましながら飲み切った後でやってきた。
「すまない、北条。2つ、いや3つ計算違いがあった」
まだお茶を飲んでいる北条に向けて俺は言葉を投げかけた。
「なに?」
何を言うのだろうと困惑する表情の彼女が言う。
「1つ目、俺は幼馴染のことが諦められないと思っていた」
「へ、へぇ……」
俺は立ち上がり一歩二歩と彼女に近づく。北条は次に何を言うのだろうという顔で俺を見上げている。
「2つ目、君を西片から奪ってやろうと思っていた」
北条の隣に片膝立ちで腰を下ろす。
「3つ目は君がこれほど可愛らしい女性だと思っていなかったと言う事だ」
彼女の顔がまたポンッと赤くなるのを見た。
「本題だ。俺の方がどうやら君に惚れてしまっているようだ」
油断していた彼女の顎を持ち上げて口づけをした。




