第十一話 それは突然の…
学──
~10月3週目金曜日~
文化祭
クラスの連中とバカ騒ぎをした。ちょっと先生に怒られた。最後は笑って、先生も一緒に写真を撮った。
写真の俺は良い笑顔をしている。
俺も、アオハルって奴を過ごせているらしい。
写真の中の女子も……クラシカルなメイド服に身を包み、みんなお嬢様のような気品を持っていた。正直に言えば全員可愛かった。
美少女と噂の北条はいつもと違い、メガネに三つ編みしていた。
普段見たこともないその姿に、俺は十秒以上も心を持ってかれた。クラスの男子も皆持ってかれていた……。
今はもう通常形態に戻ってしまっているが、この姿で入学式を迎えていたら俺はきっとイチコロだったに違いない。まぁ俺の方は相手にもされなかっただろうけどね。
そんな言葉にできない思いを写真と一緒に胸ポケットへつっこんで、俺は打ち上げのファミレスに向かってに駆け出した。
真理愛──
私達のクラスの劇は好評だった。
舞台の裏で着替えとか小道具の準備とかして劇を見ていたけど、全部うまくいって最後は嬉しくて泣いてしまった。
少し外の空気を吸いたくて、裏口から体育館裏へ出る。
ひんやりとした空気が涙で濡れた頬をぴりぴりさせた。
スマホを取り出すと、がっくんから『劇、良かったよ』とメッセージが届いていた。
『ありがとう!』だけ返しておいた。
夏休みが終わったあたりから、なんだか私はがっくんを意識してしまっていた。
一緒に登校するのを止めようって言われたから?
クラスメイトとばかり遊んで後ろめたい気持ちに気づいたから?
がっくんも自分のクラスメイトと仲良くなっていることに気づいたから?
がっくんに、私以外の好きな女性が……できたから?
距離が……離れたから?
わかっている。夏休みが終わり、少し大人の雰囲気をまとって……中学の時よりもずっとカッコよくなったがっくんを失うことが惜しくなったんだ。
自分から距離を取ったのに。
横に誰かが来たのに気づいた。
そちらに目を向けると、西片くんがそこにいた。
「……泣いているのが見えちゃって……」
慌ててハンカチを目に当てる。
「えへへ、劇がうまくいったからなんだか安心しちゃって……」
違う。この涙はきっとそれだけじゃない。
ふっと、彼の手が私の頬に当たるのを感じた。
……気づいたらキスされていた。
「あっ……」
「ごめん、俺やっぱり東雲さんのことが好きみたいだ」
西片くんからずっと好意を向けられていた。
ずっと返事は保留で、でも一緒に遊びへ行ったりもした。
彼はただ何も言わずに、遊んでくれた。
私がまだ悩んでいることに気づいてくれていたのだろう。
「ごめん。ごめんね、西片くん。こんな言い方ずるいけど、まだわからないの」
「うん、知ってるよ。ずっと見てきたから」
「俺、待つから……」
そういって西片くんは中に入っていった。
そっと唇に触れる。
キス……された。胸がドキドキしていた。
私は……この好意に向き合わなくちゃいけないんだよね……。
夜、窓から顔を出して外の空気に触れていた。
ずっとキス……されたことを考えていた。
どうしたら良いのかずっと悩んでいた。
パッと目の前が明るくなった。
がっくんが帰ってきたみたい。
これは話した方が良いのかな。
がっくんはいつものようにアドバイスをくれるかなって……。
いつも私が困っていると彼が助けてくれた。
いつも私が悩んでいるときは話を聞いてくれた。
でも、今日のこれは話していいのかわからない。
わからないけど……。
「よっ」
「がっくん……」
迷っていたら、がっくんが気づいて話しかけてくれた。
がっくんはいつもの笑顔だった。
高校に入って、夏休みを過ぎたあたりからとても大人びて見えた。
身長も伸びた。
でも私はぜんぜん気づかなかった。
「なんか悩み事か?元気ないぞ」
がっくんはいつもすぐに気づいてくれる。
小学校の時も、中学校の時も、そうだった。
いつも私を守ってくれた。
「あの……あのね……」
言葉が出てこない。
でもいつもがっくんは私の味方をしてくれたから……。
迷っている間に、話すか迷っていたのに……言葉が漏れた……。
「あのね……今日、西片くんにキスされたんだ……」
学──
「あのね……今日、西片くんにキスされたんだ……」
その言葉は……思ったよりも俺の心を揺さぶらなかった。
いつかそういう日が来ると思っていたから。
「そうなのか、じゃあどうしてそんなに暗い顔をしているんだ?」
「それもわからないの……」
わからない、と言った言葉が真理愛自身を刺してしまっているように感じた。
わからないという状態が、彼に対して不誠実だと感じているのだろう。
ぽつぽつと……口を開く幼馴染の言葉を黙って聞いた。
「西片くんのことは、好意を持たれているって知った時から意識していて……一緒に遊びへ行ったりもしたの……」
「がっくん以外の男の子と遊びに行くのは無かったから、新鮮でドキドキもした……」
「初めて自分のことを好きって言ってくれた人だった」
「でも、私が好きって気持ちがまだわからなくて、答えを出すのを待ってもらっていた」
「キス……されて、やっぱりドキドキしたんだ……でも好きかどうかがまだわからないの……」
静寂が訪れる。
幼馴染は全部出し切れたようだ。
「そうか、話してくれてありがとう」
「真理愛はまだ答えが出せていなくて……ただ待たせることに罪悪感を覚えているのかもしれないね」
「俺からすると……待てるだけ待たせてみていいんじゃないか?」
「突き放すような答えになっちゃうけど、真理愛が答えを出すのを待てないような男には渡したくないな」
真理愛がパッと顔を上げる。
俺の言葉に感じるところがあったようだ。
「だからさ、真理愛はしっかり考えて、しっかり答えを出しなよ。」
「うん、わかった……考えてみる。がっくん。ありがとう」
「おう!」
冷えちゃうから暖かくしろよと伝えて窓を閉める。
ショックは遅れてやってくるのかな。
俺は……幼馴染のための最後の涙で枕を濡らした……。




