第二十話 処す
学──
「まず、良い知らせから始めましょう」
テーブルを囲い、お茶を飲んでいたまま、本日の第一部が幕を開けた。
真理愛はまだ顔色が悪いので、俺に寄りかからせている。
「西片、中田ともに、もう私達の目の前に現れることは絶対に無いわ」
ゾクリとする。意味がわかったのは俺だけか。聖奈が半分理解して、真理愛はわかっていないようだった。
北条時子という女が、そういうなら、それは絶対にそうなる、ということだ。
「あ~、それはさ……処された……ってこと?」
ん~~~……と顎に指を当てて、時子は考えるポーズをした。
「それは優しすぎじゃない?」
そして、ニコニコとそう答えた。
「西片は世界の何処かにある絶海の孤島でたった1人のサバイバル生活の配信者」
「中田は世界の何処かにある危険な地下採掘場で作業員兼……、屈強なお友達のいる良い職場よ、うふふ」
「……あの時の、動画は。時子の仕業だったのか?」
つい、俺はお尻を押さえてしまう。
不思議と、聖奈と、真理愛の目が合わなくなる。
「さぁ?彼ら自身がやったんじゃない?うふふ、変な趣味よね……」
……そういうことか。時子がそう言うという事は『そういうことになった』というわけだ。
「彼らの親についても、助けられないくらいの給料で働かせ、彼らが逃げないように監視させているわ。本当は自分達の手でぶち殺してやりたいくらいだとわかっているけど、こういう幕引きで終わらせてほしいわ……」
2人には見えないようにぎゅっと自分の拳を握る時子。
「真理愛はどう?」
聖奈が、真理愛の目を見てどう考えているのかを問いかけた。
「時子さんが言うなら、多分本当にそうなるんだろうなって思うんだけど、でも……また会うんじゃないかって……怖い自分がいるよ……」
「それは大丈夫だ、1mmも心配ない」
「え?」
真理愛がびっくりした顔で俺を見る。
「俺が絶対に守るからな」
意味を理解した瞬間、真理愛はポンッと真っ赤になった。
「時子~なんかこの部屋暑いから冷房いれて~」
「西片と中田の話を学に共有しようと思うのだけど……真理愛さんどうする。無理強いはしない。あなたに決めてほしい」
真理愛は少し迷って、正を見て、聖奈を見て、頷いた。
「お願い。話してください」
「ありがとう、真理愛さん。……学、お願いがあるの」
「なんだ?」
「この後の話を聞いて、どう感じても……真理愛さんを今晩抱いてあげて」
たまに、時子と話していると宇宙を旅しているような気分になる。だいて……とは?銀行業では代手くださいという用語が飛び交うと言う事を聞いたことがあるが、果たして……。
「今晩、抱けって言ってるのよ!真理愛さんも良いわね!!」
俺と……真理愛も宇宙猫状態になっていたようだ……。現実に引き戻された途端、酷く顔が熱くなるのを感じてしまう。
真理愛も同じだ。赤くなって、目が合わない……。
「それだけ、辛い話になると思うの。だから、お願い……」
「良いんだな、時子」
コクリと時子が首肯する。
「わかった」
時子がオホン、と咳をして、場の空気を入れ替える。
「まず、西片は私の幼馴染で、許嫁だった」
時子の目からハイライトが消え、どす黒いオーラが立ち上る。
「この情報を抑えたのも、今考えればミスだった。言い訳だけど、どうせ破棄するつもりだったから」
「中学で西片は中田と出会った。そして女遊びを始めた。見た目とお金、そして言葉で彼に靡いてしまう女性は少数ながら居た。雑なあんな奴でも数による経験を手に入れた」
「高校に入って、女遊びは止めた……ように見えた。ただそれは狡猾になっただけだった。実家と私の親の力を使い、情報を隠して、ターゲットを絞り、そして絶対に生活圏が重ならない人を狙ったの。そのうちの2人が真理愛さんと聖奈だった」
「高1の夏前、学と話して、西片と真理愛さんの監視をしようってなったの。でも真理愛さんのデートは普通の高校生のお付き合いに見えていた。聖奈についても、噂は聞いていたけど、ただ普通の高校生としてのお付き合いに見えていた。明らかに聖奈が主導権を握っていたから。2人とも改心して普通の恋愛をするんだなって思っていた」
「そして……私は私で……1人の男の子が気になって……夢中になって……あとからいろんなことが見えてなかったことに気が付いた。つけていた監視が、正しい情報を私に伝えなくなっていた。それに気づいたのは真理愛さんと西片が付き合い始めたという話を聞いた時」
「あの……」
おずおずと真理愛が手を挙げた。
「はい、何かしら真理愛さん」
「その頃にはもう……付き合い始めてたんだよね……2人」
「そう……ね。8月頃にはお付き合いが始まっていたわ」
「そう……なんだ、今更だけど、おめでとう……だね」
「私は……、私は真理愛さんが居なくなって空いてしまった席を掠め取っただけ……」
「違う!」
たまらず声を上げる。
「俺は真理愛の代わりで君を選んだわけじゃない」
「私も……時子さんのこと寝取り女って呼んじゃったけど……それは違うかな……。その頃、間違った噂を聞かされて、がっくんが時子さんに遊ばれてるって聞いてたけど。喫茶店でデートしてた時のがっくんを見かけて……私に向けたことのないような真剣な目で時子さんを見ていたから……絶対にちがうよ……」
時子の目に涙が溜まるのを見る。ただ、腕で拭って彼女は自分が泣くことを許さなかった。
「ごめんなさい、続きを話すわ」




