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娘のように、兄のように  作者: 長岡更紗
コリーン編

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第9話 騎士様たちの凱旋に

 コリーンがロレンツォに働きたいと言ったのは、アクセルに別れを告げられてから半年が経った頃だ。

 ロレンツォら騎士は今までトレインチェを拠点としていたが、戦況の変化に伴いアルバンの街にその拠点を移していた。忙しい合間を縫ってロレンツォが帰ってきてくれた時に、コリーンから切り出したのである。

 最初ロレンツォは渋っていたが、結局は了承してくれ、職場の世話までしてくれることになった。

 そんな話をしていた時である。不意にロレンツォが聞いてきたのは。


「アクセルともなかなか会えなくて寂しいだろう。大丈夫か?」


 そう聞かれ、コリーンはロレンツォを見上げた。

 アクセルはロレンツォにはなにも言っていないということがわかって、少しホッとする。と同時に、当時のことが思い返され、コリーンは目を伏せた。


「別に、アクセルとはなにもないし」

「……付き合ってたんじゃなかったのか?」

「付き合ってないよ。付き合ってなんか、ない」

「……そうか」


 ロレンツォは、もうそれ以上聞いてこなかった。それが礼儀だとでも言うように。

 ただ一言、「残念、だったな」とロレンツォが口にした瞬間、コリーンの目からは勝手に涙が溢れた。

 本当は、さよならなんかしたくなかった。ずっと、ずっとアクセルと一緒にいたかった。戦争さえなければ、ばれずに市民権を得られていたかもしれない。そうしたら、胸を張って恋人だと言えたかもしれないというのに。

 ポロポロと涙を流しながら「うん」と答えると、ロレンツォはそんなコリーンを優しく抱き寄せ、その手で包んでくれた。

 ロレンツォの手は優しくて温かくて、いつまでもコリーンを守るように癒してくれていた。



 ***



 コリーンはヴィダル弓具専門店というところで働き始めた。

 仕事内容は買い付け、帳簿、店番、集金、その他もろもろである。朝は九時から夕方五時までで、店の主人のディーナがいない時は夜八時の店仕舞いまで働いている。土曜と日曜は客が少ないので、コリーンは出勤していない。

 給料は月に六万ジェイア。働く日数が少ないので仕方ないが、それにしても安い。聞けば、知り合いに借金をしてしまっているので、早く返したいということだった。借金を返し終えて店が安定すれば月に十万は払うと約束してくれ、コリーンは納得した。

 コリーンは読み書きができないというディーナに、文字を教えることにした。申し訳ないが、実はこの店で何十年も働くつもりはない。コリーンが必死に勉強してきたのは、ファレンテイン市民権を得られなくても生きて行けるほどの、お金を得るためなのだから。

 もう市民権は目の前だが、もしもロレンツォがこの戦争で死んでしまえば、すぐに死別と処理されて市民権は得られなくなってしまう。

 しかしそこまで考えて、コリーンはハッとした。


(ロレンツォが、死ぬ……?)


 コリーンは背筋が凍るのを感じた。

 今まで、何度も何度も感じてきた恐怖。ロレンツォが家に帰ってこないのは、戦争に行っている時だ。コリーンはそれを何度も経験している。特に言葉も通じぬ時期に、いきなりロレンツォにいなくなられた時には、恐慌し、狼狽し、悩乱した。その後も常に不安がコリーンを襲っている。


 家族がいなくなる恐怖。

 一人で生きて行かなくてはならない恐怖。


 最近は新聞を読むたび、その恐怖が襲ってくる。戦争は激化し、戦況は厳しいものであるという記事を読むたび。戦死者の欄を読むたび。

 戦死者の欄にロレンツォの名がないのを確認すると、ようやく少しホッとした。それを毎日毎日繰り返す日が続く。


 戦争は長く続いた。

 冬が過ぎ、マーガレットが咲き出そうという季節に差し掛かった頃だった。

 配達に出ていたディーナが、店に戻って来た。ディーナは元恋人に当てた手紙を持って、アルバンの街に行ってきたはずだ。その彼女が、なんだか少し元気がない。


「ディーナさん、お手紙、渡せませんでしたか?」

「コリーン……ううん、ちゃんと渡せたんだけどね」

「どうか、しました?」

「あんな手紙渡して、今生の別れになっちゃわないかな……」

「……え?」


 聞けば、アルバンの街は最後の戦とばかりに、出兵していったのだとか。あれだけの数は、今まで何度もアルバンに行ったが見たことがない、きっと今まで以上の戦死者が出るとディーナは言った。


「……大丈夫ですよ、きっと。ウェルス様は騎士隊長の一人なんですから……」


 そうは言ったが、コリーン自身も不安に駆られる。騎士隊長と言っても、ロレンツォもアクセルも普通の人間であることをコリーンは誰よりわかっている。敵にやられることだって、十分にあり得る話だ。


(お願い……二人とも、生きて帰って……)


 コリーンは、祈るように数日を過ごした。

 そんなある日、ディーナがコリーンに早目の店仕舞いを提案した。騎士たちが出兵して、仕事があまりないからだ。

 家に戻ったコリーンは、やはり恐怖で満たされた。新聞の死亡者欄にはロレンツォの名前もアクセルの名前も載ってはいない。しかし遠くまで戦いに行っているのであれば、新聞に載るのも遅れるだろう。

 もしかしたら、もうロレンツォはこの世にいないのではないか。そう思うと、コリーンは胸が押し潰されそうだった。

 コリーンは自室に入ると、私物を見て回る。ロレンツォが初めて買ってくれたミュール。お気に入りで何度も履いた。普通サイズのベッド。買ってくれた服に洋服ダンス。今でも使っている辞書。アシニアースに着ていった上等なワンピース。選び取ったコリーンセレクトロレンツォヴァージョン。


「お願い、ロレンツォ……家族を失うのは、もう嫌だよ……!」


 コリーンは部屋でうずくまって震えていた。ロレンツォの無事を祈りながら。

 しばらくすると、街がざわめき始めた。なんだろうとアパートの窓から覗き見る。皆が一様に家から出て、どこかに向かっているようだった。


「なにか、あったんですか?」


 コリーンはどこかに急ぐ、近隣の住人に聞いた。


「知らないの!? 戦争に勝ったんだよ! そろそろ騎士様が凱旋なさるんだ!」

「えっ!?」


 それを聞いて、慌ててコリーンも飛び出した。町の入り口であるイースト地区から、センター地区にある騎士団本署まで、いつの間にか色取り取りの装飾がなされてある。人々が押し寄せていて、にわか警備員が凱旋ルートを保持している。

 コリーンもたくさんの群衆に紛れて、騎士たちの凱旋を待った。

 騒がしかった群衆が徐々に緊張に包まれ、不気味な静寂が訪れる。固唾を呑む、とは、こういう時に最適な言葉だなと思いながら、コリーンもご多分に洩れず固唾を呑んだ。


(もしロレンツォがいなかったら、どうしよう……ううん、そんなこと考えちゃ駄目だ。ロレンツォは、きっと、必ず、帰ってくる。帰って、きて……!


 その時、イースト地区の方で大きな歓声が上がった。騎士たちが戻ってきたのだろう。騎士団本署近くにいたコリーンには、まだ彼らの姿は見えない。


「お願い、お願い……」


 手を胸の前で交差させ、誰に祈るでもなく願った。やがて人影が見えてくる。最初に見えたのは、騎士団長のアーダルベルト。そしてその後ろに。


「ロレンツォ様ーーー!」


 誰かが叫んだ。ロレンツォがその声に応えるように、手を振っている姿が見える。


「ロレン、ツォ……よ、か……生き……」


 その先は、もうロレンツォの姿を見られなかった。

 コリーンは胸の前の手を、自身の顔に移動させて泣いていた。



挿絵(By みてみん)

漫画/遥彼方さん

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ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


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若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
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政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

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イラスト/遥彼方さん
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エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
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▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
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聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

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ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
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婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
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私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
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急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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