表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娘のように、兄のように  作者: 長岡更紗
コリーン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/74

第3話 食べたい物を順番に

 アクセルとは、それから幾度か図書館で会った。

 彼はコリーンの存在に気付くと必ず声を掛けてくれ、欲しい本はないかと尋ねてくれる。そしていつもなんの勉強をしているのか確認し、得意な分野は時間の許す限りコリーンに付き合ってくれたり、勉強しておくと役立ちそうなことも教えてくれた。

 一ヶ月に一度ペースだった会う頻度は三週間に一度になり、二週間に一度となり、週に一度へと変わっていく。思い違いでなければ、互いに惹かれあっている、と思う。少なくともコリーンは、優しく誠実なアクセルに好意を持ち始めていた。

 そんなある日のこと。


「図書館で勉強もいいが、たまには別のところで会ってみないか?」


 アクセルに照れながらそう言われて、コリーンも大いに照れた。


「でも、私、勉強……しなきゃ」

「たまには息抜きだって必要だ。どうだろう、今度、食事だけでも」


 アクセルと食事。考えただけで浮かれてしまう。しかし。


「私、あんまりお金を持ってないから」

「俺が誘ったんだ。男の俺が払うのは当然だろう」

「でも……」

「嫌か?」


 その問いに、コリーンはふるふると首を横に振った。


「ううん、嬉しい」


 コリーンの言葉に、コリーン以上に嬉しそうにはにかむアクセル。コリーンは高鳴る胸を抑えるのに必死だった。

 その日、コリーンは初めて洋服を買った。スカート一着だったが、前々から欲しいと思っていた物をとうとう買ってしまった。もちろん、アクセルとの食事のためである。こんな安物のスカートで彼と釣り合うとは思ってはいないが、農作業用のズボンで会うよりはマシだろう。

 ロレンツォ以外の異性との、二人っきりの食事。コリーンには初めての経験だ。


 約束の日が訪れ、アクセルと待ち合わせ場所である図書館で会う。彼はコリーンの服装を見ると、顔を赤らめて微笑んでくれていた。自分なりに頑張ったことが認められたようで、恥ずかしくも嬉しい。


「どこか行ってみたい店はあるか?」

「どこでもいいの?」

「ああ、どこでもいい」

「じゃあ、クランベールっていうお店がいい。知ってる?」

「もしかして、ピンクの外壁にフリルのレースカーテンのか?」

「そう、そこ」

「さすがに入ったことはないな。コリーンはあるのか?」

「服を見にいったことはあるけど、食事はしたことがないから……食べてみたくて」


 とても少女趣味なお店だ。軽食、小物雑貨店といった感じの店で、男性は入りにくいだろう。


「だめならいい。別に、どうしてもってわけじゃないから」

「いや、そこでいい。男子禁制って店でもないんだろう?」

「うん! 割とカップルで入ってるから、大丈夫だよ!」


 カップルという言葉を使ってしまい、コリーンは赤面した。アクセルとは恋人同士なわけではない。なにが大丈夫だというのか。それでもアクセルは嬉しそうに、こちらも赤面しながら首肯してくれていた。

 それでも少女趣味な店に入るというのは、普通は臆するものだと思うが、アクセルという男は一度決めたら堂々と足を踏み入れている。そして興味深げに店内を見て回った。


「中はこんな風になっていたんだな。初めて入った」


 テーブルは窓際に置かれており、商品は店の真ん中に集中している。食べながら商品を品定め出来るような造りになっているのだ。客の出入りが多いため、食事に集中するにはいささか不向きな店だろう。それでも、コリーンはここがよかった。


「コリーンはなにを食べる?」


 席に着くと、アクセルがメニュー表を見ながら問いかけてくる。


「なにを食べてもいいかな……」

「好きなものを選べばいい」

「じゃあ、チョコレートパフェで!」


 ずっとずっと、食べてみたかった物だ。ここに来る度誰かが食べているのを見て、いつかは食べてみたいと思っていた物。アイスの上にチョコレートソース。色んなお菓子が可愛くトッピングされている、豪勢なチョコレートパフェ。それを今日、初めて味わうことができると思うと、幸せ過ぎて涙が出そうだ。


「わかった、デザートにはそれを頼もう。だが昼食なんだから、ちゃんとご飯になるような物を選んでくれるか」


 アクセルに苦笑いされ、慌てて適当な物を頼んだ。コリーンは昼食がチョコレートパフェでも、まったく問題はなかったのだが。

 食事はテーブルに一品ずつ並んだ。テーブルを食事で満たすのが正式なファレンテイン流なので、これは正式とは遠くかけ離れている。が、ただの昼食なのでアクセルからなにも言われることはなかった。聞くと、騎士団本署に入っているレストランもこんな感じなので、慣れているらしい。レストランというより、食堂と言った感じのようだったが。


「この店は、いい香りがするな」

「二階に、お香とかアロマオイルとか、香水とか置いてあるの。香料原料も置いてあって、オリジナルの香水も作れるんだって」

「へぇ。それは面白いな」

「アクセルも、よく香水つけてるよね」

「ああ。まぁ、身だしなみとしてな」


 正直、アクセルに今の香水は似合っていないと思う。少し甘めのシトラス系。悪くはないが、もっと大人の風格ある香水の方がいい。童顔な彼がそれを付けることによって、ぐっと大人の魅力が引き出されるに違いない。


「不快だったか? なら香水をつけるのはやめておくが」


 どうやら顔に出てしまっていたらしく、コリーンは慌てて首を振った。


「違うよ。ただ、ちょっと似合ってないかなって」

「コリーンは、どういう物が俺に似合うと思う」

「うーん、言葉じゃ言い表せられないかな。もっと男くさいっていうか、落ち着いたっていうか……そういう感じ、かな?」

「じゃあ後で、香水選びに付き合ってくれるか?」

「うん、ぜひ!」


 丁度食事を食べ終わり、念願のチョコレートパフェがきた。結構大きなパフェだが、全部食べきれるだろうか。


「いただきます」


 ソースのかかったアイスの部分を、そっと口に運ぶ。幸せの香りが鼻を抜け、口いっぱいに甘さが広がる。ゴクリと嚥下すると、その冷ややかな心地よさが、体全体に染み入るようだ。


「うわぁ……美味しい」


 大袈裟ではなく、コリーンは涙が出そうになった。こんな幸せな食べ物がこの世に存在しているなんて。この幸せを一人で噛み締めるのはもったいない。誰かと共有してこそ価値がある。

 コリーンはアクセルをチラリと見た。


「一緒に食べない?」

「っな?」

「一人だけ食べるっていうのもなんだし、すっごくすっごく美味しいから、アクセルと一緒に食べたいんだ」


 そういうとコリーンはパフェをひとすくいし、アクセルの前に差し出す。


「はい、どうぞ」

「な、ななな」


 アクセルは躊躇し、コリーンは首を傾げる。


「甘い物、苦手?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「いっぱいあるし、ね?」

「……じゃあ」


 促すと、アクセルは顔をスプーンに寄せる。そしてパクリと口にした後で、顔を赤く染めていた。


「アクセル?」

「……うん。美味しい」

「でしょ!?」


 そう言いながらそのスプーンでもう一度パフェをすくい、今度は自身の口に入れようとする。


(あ、これ、間接キスだ)


 唐突にそんなことが思い浮かび、しかし唇の閉じるスピードの方が速く、パクリとスプーンから舐めとる。途端に顔が、カッと火が出たかのように熱くなった。


「……どうぞ」


 コリーンは、再びアクセルの前にスプーンを差し出した。一口だけで終わらせられなかったのだ。いっぱいあると言ってしまった手前。実際食べきれるかどうかわからず、残してしまうのも申し訳ない。

 アクセルは再び躊躇しながらも食べてくれた。次はコリーン。その次はアクセル。

 二人とも異常に頬を紅潮させながら食べ進めている姿は、少し異様な光景であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ