表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娘のように、兄のように  作者: 長岡更紗
ロレンツォ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/74

第29話 殴り込んで来たのは

 騎士団本署の厩舎に馬を繋げると、ロレンツォは北水チーズ店に立ち寄った。

 もう夜の九時を回っていたが、北水チーズ店は配達メインなので、実は店舗がない。ロレンツォのように注文しておいて取りに行くというケースは稀なのだ。

 ロレンツォは受け取り口の窓をコンコンと叩いた。すると、中からヘイカーが顔を見せる。


「よう、ヘイカー。頼んでた物を頼む」

「……ああ」


 ロレンツォがここに来た当初はクソガキだったヘイカーも、大きくなった。背が伸び、声変わりをし、クソガキではなくなった。まだどこか子どもっぽさは残るが、それでも大人の男と言えなくはない。もうこの春からは騎士団に入団することも決まっているようだ。


「ロレンツォが帰ってきたってことは、リゼットも……?」

「ああ、さっき一緒に帰ってきた。少し用事をしてから帰ると言っていたから、まだ帰ってないかもしれんが」

「ふぅん」


 そう言いながらヘイカーはチーズの入った袋を渡してくれ、ロレンツォは代金を払った。

 それを持って、ロレンツォは急いでコリーンのいる家に帰る。


(すっかり遅くなってしまったな。最近は滅多に時間外労働なんてなかったから、コリーンの奴心配してなきゃいいが……)


 しかし家に帰るとコリーンはやはり心配していたようで、駆け寄ってきた。

 正直、事情を話そうかどうか迷った。コリーンは明日、受験だ。アクセルの子どもとその母親を救うために奔走していたと言って、無意味にコリーンの心を掻き乱したりしてしまわないだろうか。

 そう思ったが、ロレンツォは結局は真実を告げた。いつかは知ってしまうことだ。変に隠すよりはすっきりするかもしれない。


「……そっか。アクセルに……子ども……」

「……大丈夫か、コリーン」

「なにが? 全然なんともないよ。なんていうか、ちょっと……時は流れてるんだなって思って」


 コリーンはなぜかリゼットと同じ言葉を言って、少し笑っていた。その真意は、ロレンツォには計りかねた。

 ゆっくりと風呂に浸かると、ロレンツォは疲れ果てた体を癒した。

 ザブンと風呂から上がってキッチンに向かうと、コリーンがなにやらテーブルの上の紙をじっと見つめている。なにを見ているのだろうと、ロレンツォはその後ろからそっと覗いた。


「えっ!? ロレンツォ!?」


 コリーンはロレンツォにようやく気付き、慌ててその紙をノートに挟んで閉じようとする。しかしあまりに勢いよく閉じ過ぎたため、その紙はふわりと宙を舞った。それをロレンツォがパシリと手に取る。


「あっ! 返して!!」

「なんだ? 馬券?」


 夏にアルバンに行った時の馬券だと、すぐに気付いた。当然ハズレ馬券だと思っていたロレンツォは、その馬券を見て、目を丸める。


「……アクセルの馬券も、買っていたんだな……」


 当たりの馬券は換金されると破棄される。持ったままだということは、換金しなかったのだろう。思い出として馬券を取っておきたかったに違いない。その意味を考え、ロレンツォはそっとその馬券をコリーンに返した。


「あの……これは、その……」

「明日は入試だってのに、アクセルに子どもができたなんて言うんじゃなかったな。すまん」

「……」


 コリーンはなにも言わずに馬券をノートに挟んでいる。

 そして彼女が何事かを言わんとして、口を開いたその時だった。


 ドンドンドンッ


「おい、ロレンツォッ! 開けろっ!!」


 荒々しいノックの音がし、ヘイカーの声が聞こえた。ロレンツォは驚きながらも扉の鍵を開ける。

 すると憤怒の表情を見せて、ヘイカーが上がり込んできた。


「ロレンツォ! てめ……」


 と言いかけて、ヘイカーはコリーンの存在に気付く。コリーンは何事かわからず、おたおたしている。なぜかヘイカーはそんなコリーンを見て、怒りで顔を赤くさせていた。


「女と暮らしてたのかよ!! てめぇって男は……っ!!」


 ヘイカーはいきなり大きく振りかぶって、拳を突き出してきた。と同時に、ロレンツォはついカウンターを入れてしまう。ヘイカーの左頬を殴り、よろけただけのヘイカーに連携でボディブローをきめる。殴りかかってきたヘイカーを逆に殴り倒し、ドタンと見事な音を立てて彼は床に倒れた。


「きゃ、きゃーーーーーーっ!?」

「なんなんだ。お前は、いきなり」

「っぐ、げほっ! げほっ!」


 コリーンは慌てながらも、いつかロレンツォにしてくれたように布を濡らして持ってきた。尻餅をついているヘイカーの頬に、その布を当てようとしている。


「放っておけ、コリーン」

「でも……」

「俺の拳なんて、スティーグ殿に比べれば大したことないさ」


 手加減なしで殴ってしまったので、相当の痛みはあるだろうがと心で付け足しながら言った。しかしロレンツォにしても、いきなり殴りかかられて気分のいいはずもない。

 ヘイカーはしばらく息ができなかったようで、顔を歪めて動けずにいる。


「だ、大丈夫?」


 コリーンはやはりヘイカーを気に掛けている。しばらくそのままでいたヘイカーは、のっそりと起き上がり、再びロレンツォを睨んだ。


「コリーン、そいつから離れろ」

「でも」

「いいから」


 コリーンはヘイカーから離れると同時に、ロレンツォの後ろまで下がってくれた。


「さて、人の家に上がり込んできていきなり殴りかかるとは、どういう了見だ? 理由を聞かせてもらおうか」


 到って冷静なロレンツォに、ヘイカーの方は苛立ちを隠せていない。隠すつもりもなかったようだが。


「ロレンツォ、あんた、心当たりがないってのか!?」

「ああ、ない」

「よくもヌケヌケと……ッ! リゼットが今、どんな思いでいるのか、わかんねーのかよ!!」

「……リゼット?」


 予想外の者の名を出され、ロレンツォは眉を寄せた。


「リゼットが、どうかしたのか」

「リゼットとの約束を、すっかり忘れやがって! どれだけ傷付いてると思ってんだ!」

「約……束……」


 なにを約束したのだったか、さっぱり思い出せない。今日リゼットが、酷く傷付いた顔をしたことと関係があるのは確かだろうが。


「まだ思い出せないってのか!?」

「……ああ」

「じゃあ、俺が教えてやるよ! あんたはリゼットにこう約束したんだ! ウェルス様とその恋人が幸せになった時、互いに特定の人物がいなければもう一度付き合おうって!」


 ロレンツォの記憶が一瞬にして蘇り、当時の状況を思い出す。

 言った。確かに言った。なぜすっかり忘れていたのか。

 ウェルスの結婚式の日、なにか言いたそうだったリゼットは、これを伝えたかったに違いない。

 どうして気付けなかったのか。なぜ思い出せなかったのか。


「なのに! あんたは! 恋人はいないとか言ってリゼットに期待を持たせといて! なんだよ、女と暮らしてんじゃねーかよ!」

「あの、私は……」

「黙ってろ、コリーン。わかった、ヘイカー。もう一度リゼットと話をする。それでいいか」

「……っえ」


 ヘイカーと、そしてなぜかコリーンも固まっている。ヘイカーは明らかに動揺して、焦り始めた。


「も、もう終わったことなんだろ?」

「約束を反故にするつもりはなかった。恋人がいないのは本当だ。今後のことを、ちゃんとリゼットと話し合って決めたい」

「……」

「……」


 ヘイカーは絶句し、コリーンはその会話を見守るように聞いている。そんな二人を見て、「いいな?」と確認すると、ヘイカーは横を向きながらも頷いていた。


「……帰る」


 そのヘイカーの言葉を受けて動いたのはコリーンだ。


「送ってくる」


 コリーンの言葉に驚いたのは、男二人である。


「いらねーよ」

「必要ない」

「でも頭を殴られてるし、途中で倒れちゃいけないから。ロレンツォは送りたくないだろうし、あなたも送られたくないでしょ?」


 フラつくヘイカーにコリーンは手を差し伸べる。ヘイカーもこの状態で帰るのは危険と判断したのか、首肯していた。

 そのヘイカーの態度に、ロレンツォは明らかに苛立つのを感じる。


「コリーン、行かなくていい」

「そういうわけにはいかないよ。すぐ帰ってくるから。いってきます」


 そう言ってコリーンはヘイカーと共にアパートを出ていった。

 部屋に残ったのは、顔に苦みを見せたままの、ロレンツォだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ