表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娘のように、兄のように  作者: 長岡更紗
ロレンツォ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/74

第26話 その鑑定額は

 コリーンが執務室から出ていった後、しばらくは彼女を思ってしばらく突っ立っていた。

 しかし振り切るようにロレンツォも出る。今はぼうっとしている場合ではなかった。

 聴取部屋へと向かうも部屋には誰の姿もなく、イオスの執務室に移動する。するとそこにはすでに、アクセルの姿があった。


「ロレンツォ殿。丁度いい。一緒に聞いてくれ」


 イオスに促されたロレンツォは、彼が座る執務机の前にアクセルとともに並ぶ。


「ロベナー・クララックを逮捕した。罪状は詐欺罪、強姦教唆罪、人身売買罪だ。ロベナーもリゼットの聴取によって自供した。逮捕したあの二人組の話によると、人身売買は何百という数にのぼるそうだ。ファレンテインだけでなく、他の国にも提供していたらしい。その罪だけでも一生壁向こうでの生活だな」


 チラリとアクセルを見ると、彼は難しい顔をしたまま聞いている。


「中央官庁に報告したところ、クララックの家督を剥奪することになった。それとすべての財産を没収。それを売りに出し、被害者たちに充てる」


 なにも言わぬアクセルの代わりに、ロレンツォが口を挟む。


「クララックをこのファレンテインから消し去るってことですか。子どもも、ロベナーの奥方も? そこまでする必要はないのでは?」

「ロベナーはあまりに多くの罪を犯し過ぎた。私としても、罪のない奥方と子どもたちを巻き添えたくはない。が、中央官庁が下した決定事項だ。クララックという名が、貴族という格を落としめることに他ならないという理由からのな」

「……」


 貴族の格などどうでもいいと思ってしまうのは、元農民の準貴族だからだろうか。アクセルは難しい顔をしているが、それに口を挟む気はないようだ。順当な制裁と思っているのかもしれない。ロレンツォはそれについてはもうなにも言えなかった。


「では、アクセル殿。ロベナーの奥方に今のことを伝えてきてもらえるか」

「……わかった」

「俺も行こう」


 ロベナーの妻は、アクセルと付き合っている女性だ。あれからどうなったのかは知らないが、愛する女性に家督を剥奪するなどとは言いにくかろう。


「……すまん」

「いや」


 二人は、クララック家へと向かった。

 ロレンツォはロベナーの家族に、彼が多くの罪を犯していることを告げた。そして家督を剥奪すること、さらにすべての財産を没収するということも。

 やはり、一緒に来てよかったとロレンツォは思う。他人でも伝えるのは心苦しいのだ。その役をアクセルにさせずに済んでよかった。


「では、失礼します」


 すべてを伝え終わると、ロレンツォは家を出ようと扉に体を向けた。しかしアクセルが止まっているのに気付いて、ロレンツォは振り返った。


「おい、アクセル?」

「先に行っててくれ」

「……わかった」


 なにか伝えたいことでもあるのだろうと、そのままロレンツォは家を出る。


(アクセルの奴、どうするつもりだ……?)


 気になりながらも、ロレンツォはその場を去ったのだった。



 その翌日の日曜に、ロレンツォは気になってレリアの元を訪れた。話を聞くとアルバンの街に行くつもりだというので、道中の護衛を買って出る。

 お金もなく、護衛をつけられない状態での女子どもの旅はきつい。アクセルは恐らくレリアの護衛をする気はないだろう。でしゃばった真似かもしれないが、放ってはおけなかった。

 アルバンの街に着くと、レリアが借りたという部屋まで送ってあげる。その部屋の前まで来ると、ロレンツォはハッと気付いた。アルバンの街を拠点に戦争をしていた時、この部屋はアクセルが借りていた部屋ではなかったか。

 ロレンツォは何も聞きはしなかったが、レリアは持っていた鍵で扉を開け、感謝の言葉の後、子どもと一緒に部屋に入っていった。


 それから幾日かの後。

 細かな事件の物証を探すため、ロレンツォはアクセルと共に、元クララック邸にやってきた。中に入ると、ロレンツォは見渡すようにぐるりと一回転する。


「まったく、広い屋敷だな」

「そうか?」

「……ま、お前にはそうだろうな」


 ユーバシャール家に呼ばれたことがあるが、この広い家よりもさらに十倍くらい広い屋敷だった。アクセルほどの資産のある男なら、この家を丸ごと買い上げるのも簡単だろう。しかしそれをしないということは、レリアのことは諦めたのだろうか。


「レリア殿だが……」


 ロレンツォは、レリアをアルバンまで送って行った張本人である。そしてその時、彼女のお腹に子どもがいることに気付いた。聞いてみると間違いなくアクセルとの子で、今はまだアクセルに伝えるつもりはないと聞いていた。


「どうする、つもりだ?」

「……」


 アクセルは無言だった。何でも即決するこの男が、答えないのは滅多にないことだ。それだけアクセルも傷付き、そして懊悩している証拠だろう。


「アクセル」

「……仕事をするぞ、ロレンツォ」


 アクセルは答えず、事件の物証になりそうな物を探し始める。あまりに犯罪が多過ぎて、すべてを立件するのは無理だが、それでも調べられる物は調べるのが仕事だ。

 とある部屋の扉を開けると、絵の具の匂いがした。コリーンがいたらその匂いで卒倒しそうだと思いながらも、一応絵を確認していく。ここはレリアのアトリエだろう。犯罪に絡みそうな物はない。しかし、アクセルが一枚の絵を前に、硬直していた。


「どうした、アクセル」


 ロレンツォも彼に寄り、共にその絵を見る。いまいちよくわからない絵だが、これはマーガレットの花だろう。それ以外理解できない絵の前で、アクセルは小難しい顔をして立っている。

 マーガレットの花というのがどこか引っかかった。コリーンがなにか言っていた気もするが。


「この絵を、もらうわけにはいかないだろうか」


 アクセルの呟くような言葉に、ロレンツォは目だけを向ける。


「財産として没収される絵だからな。鑑定額以上の値段で買い取れば、問題はないはずだ」

「そうか。なら、俺はこれを買いたい」

「いくらくらいするもんなんだ? 絵画の価値はさっぱり分からんが」

「おそらく、七十万ジェイアといったところだろう。もし一千万だとしても、俺は買う」


 ロレンツォに一千万なんてお金は、どう捻り出そうとしても出てこない。

 さすが資産家の言うことは違うなと思いながら、別の部屋に行くと。そこには金銀財宝がしまってあった。


「これは、相当な財産を持っていたな。これだけあれば、被害者への見舞金も……」


 と言いかけて、今度はロレンツォが硬直した。

 見たことは無い。しかし、何度も話に聞いたことはある。コリーンの、宝物。


「ロレンツォ? その腕輪がどうかしたのか」


 一対の銀色の腕輪が、ロレンツォに握られた。もしかして、これがコリーンの両親の形見ではないだろうかと思うと、胸がドクンドクンと鳴り続ける。


「……アクセル。俺はこれを買い取りたい」

「お前にこんな大きな装飾の趣味があったとは、知らなかったな」

「一対で二十万くらいか?」

「見せてくれ」


 アクセルに見せると彼は「すごいな」と一言漏らして返してくれた。


「土台はプラチナ。これだけで百万近くする上に、宝石が各所に散りばめられている。ちゃんと鑑定しないと分からないが、二百万はするんじゃないか?このデザイン性も鑑みると、二百五十はするかもしれん」

「にひゃ……一対でか?」

「いや、ひとつでだ」

「となると、ふたつで最低四百万ジェイア……」


 とんでもない金額である。一対で二十万ジェイアくらいと言っていたのはどこのどいつだと思ったが、コリーンはイミテーションを作るつもりだったのだろう。本物の価値はとんでもない。


「どうした、ロレンツォ。金が足りないようなら、いくらか貸すが」

「あ、ああ……もしかしたら頼むかもしれん。悪いな」

「それは構わないが……そこまでして欲しいのか?」

「ああ、欲しい。借金してでも」


 とは言ったが、なるべく借金はしたくない。特にアクセルから借金をするとなれば、コリーンには絶対言いたくない。


(ユーファのための貯金が百万、バートへの貯金が百万、コリーン用の貯金が百万、俺用の貯金が百万。合計四百万ジェイアは何とかあるが、みんなのために貯めていた貯金が全部なくなるのは痛いな。そんなことを言っている場合じゃないが。もし鑑定額が五百万だったらどうする?やはりアクセルに借りるしかないのか……)


 そもそも本当にこれがコリーンの腕輪なのか、確認をしなくてはいけない。

 ロレンツォはイオスに許可をもらい、その腕輪を家に持ち帰った。

 夕飯の支度を済ませると、丁度コリーンが帰ってきて、ロレンツォは彼女を迎える。


「おかえり、コリーン」

「ただいま、ロレンツォ! 今日のご飯なに?」

「夕飯の前に、少し確認してほしいものがあるんだが」

「え? なぁに?」


 ロレンツォは首を傾げるコリーンに、腕輪を見せた。

 その腕輪を見たコリーンは丸く目を広げ、そして徐々に涙目になる。


「う……そ……こ、これ……」

「形見の腕輪で、間違いないか?」

「うん……うん……っ取り返してくれたの……? ありがとう、ロレンツォっ」

「いや、その……」


 うわあ、とコリーンは滝のように涙を流し始めた。これは、必ず手に入れなくてはなるまい。ある程度コリーンが落ち着くと、ロレンツォは言った。


「すまん、コリーン。一度返してもらえるか。実はまだ、その……返却手続きが終わってなくてな。これがコリーンの物かどうかを確認しただけなんだ」

「え……あ……そっか、わかった……」


 コリーンは名残惜しそうに、それでもロレンツォに戻してくれる。


「すまんな、すぐ手続きを終えて、また持ってくるから」

「うん、ありがとう。戻ってくるってわかっただけで、十分だよ」


 コリーンのこの笑顔を裏切るわけにはいかない。


「ところで、コリーンの村ではこんなに豪華な腕輪を用意するのか? 相当な額になると思うが」

「これね、実は結婚する時に長子が親から譲り受けるの。その時に新しい装飾を足していくから、どんどん大きく立派になるんだ」

「なるほど、それでこんなに高価なんだな」


 コリーンに取って、これは親の形見というだけではないのだろう。いうなれば、コリーンの家の歴史が詰まった、真のお宝だ。見つけ出せてよかった。後は買い取るだけだ。


 ロレンツォは次の日、仕事に行く前に鑑定屋に寄った。

 アクセルの審美眼が間違っていることを祈った。が、彼はやはり大したものだ。

 鑑定額は、二つで四百八十万ジェイアであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ