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戦国転生したら秀長の息子でした ~豊臣宰相の子として、戦国日本を国家から作り直すまで~  作者: 丸三(まるぞう)
動きだす歯車

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第32話 天下の城

天正10年(1582年)1月 近江・安土城 竹若

正月の支度が長浜城に満ち始めたころ、長浜城に一通の文が届けられた。


大殿(織田信長)が、新年の挨拶を安土城にて受ける。


それだけなら例年と大差はない。

だが続く文言が、城中の空気を大きく変えた。


諸将のみならず、妻子、近習、商人、さらには城下の町人に至るまで広く登城を許す。

しかも城内は一般に公開し、見物料を取るという。


触れはすぐに城下へ伝わり、小さなどよめきとなった。


「城を見せ物にするなど……」

「守りの要の城ぞ。寺社の開帳ではあるまい」


武士たちは首を傾げ、商人たちは目を輝かせ、町人たちは半ば祭りの噂を聞くような顔をしていた。

奥の間で文を読み終えたねね様は、しばらく無言のまま座っていたが、やがて静かに息を吐いた。


「見物料……ですか」


母・お初は小さく肩をすくめた。

「城を築くにも、兵を養うにも銭は要ります」

「大殿は、それを包み隠さず集められる方なのでしょう」


私は二人の横で文の端を指先でなぞりながら考えていた。

城を見るために金を払う。

威圧でも、脅迫でもなく、ただ“見せる”ことで人の心をつかむ。

武家の常識では思いつかないやり方だ。


「参りましょう」

ねね様が顔を上げた。

「羽柴秀吉の正妻として、この場を欠くわけにはまいりません」

「秀長殿の家としても同じです」


母も頷く。


こうして、正月三ヶ日は安土で過ごすことになった。



天正10年 正月


琵琶湖を渡る船の上から、安土城はすでに姿を現していた。


冬の薄曇りの空の下、湖面の向こうにそびえる一つの山。

その頂に、異様な色の塊が載っている。


重層な石垣の上に、幾層もの色を重ねた巨大な天主。

外観は黒漆喰と白漆喰の対比に金箔が照り輝いている。

岩山そのものが、大きな宝石へと姿を変えたかのようだった。


「……城、というより、山に冠を被せたようですね」

私は、思わず声を漏らした。


ねね様が袖口を押さえて微笑む。

「ええ。大殿のお城という感じがします」


湖上には同じ目的地へ向かう多くの船――諸国の大名の船、荷を満載した商船、僧や職人を乗せた小舟――が浮かんでおり、宝石に引き寄せられるように水面を滑っていた。



城下へ入ると、人の波に呑まれた。

鎧のきしむ音、商人の呼び声、子どもの笑い声で騒然としている。

安土参賀は、もはや、今年の一大行事の様相を呈していた。


登城口に向かうと、関所のような柵が設けられ、銭を納めぬ者は先へ進めない。


ねね様は銭を渡しながら、少し困ったように笑った。

「城に入るのに銭を払う日が来るとは……」


「商人の気持ちが分かりますね」

母が冗談めかして言う。


「銭を払ってでも見たいと思わせるものが、ここにはあるのでしょう」

私は列の後ろを振り返り、大勢の参賀客を見ながら感想を述べた。



石段を登るにつれ、城の異様さはいよいよ際立った。


石垣は高く、反りをつけて積まれ、切り立つ崖のようにそびえ立っている。

矢狭間は少なく、鉄砲狭間も控えめで、防御の城という印象は薄い。


天主の一階に入ると、空気が変わった。

黒漆の床、朱塗りの柱、梁に打たれた金具。まるで寺院の本堂に似た静けさが漂っていた。


二階へ上がると、金碧の世界が広がる。

松に虎、鷹に唐獅子。金地に群青と墨で描かれた障壁画が部屋を囲む。


「まあ……」

 ねね様が小さく声を上げた。

「絵の中に入ったようですね」


「武家の城というより、話に聞く御所のようです」

 母もそう言って見回す。


 私は柱の根元に貼られた金箔へ指を伸ばした。

 冷たい金属の感触。

「本物の金のようですね」


「盗まれないのかしら」

 ねね様が小声で言う。


「盗めても、すぐ捕まってしまうのでは」

母がそう言うと、三人で思わず笑った。



三階は異国趣味の間だった。

赤いガラスの皿、十字架の彫刻、南蛮渡来の地図。

宗教も国境も、この城の中では一つの飾りにすぎない。


四階には甲冑と武具が並ぶ。

だがそれは戦支度ではなく、陳列棚のようだった。

武すら展示物になる城。


五階は畳敷きの居間で、意外なほど質素だった。


そして最上階。金の壁、金の天井、金の障子。

光が反射し、方向感覚を奪う。


(これは城ではない)

(信長という存在を祀る神殿だ)

私は感嘆の息を漏らした。



控えの間で、ねね様は丹羽長秀と挨拶を交わしていた。

「長浜はよい地と聞いております」

穏やかな老将だった。


ねね様が挨拶を終えると、その傍らに控えていた若武者が半歩進み出た。

先日、長浜で対面した、堀秀政だ。


「丹羽様」

「こちらが、羽柴秀長殿の嫡子、竹若殿です」


丹羽長秀は私にゆっくりと視線を向けた。

「……なるほど」

低く呟き、私に向き直る。

「これが秀長殿の子か」


私は膝を正し、頭を下げた。

「羽柴竹若にございます。お初にお目にかかります」


「年はいくつにおなりかな」


「7つになります」


 丹羽はわずかに目を細めた。

「7つで、この城を見て平然としておれるか」

「たいした胆だ」


堀が淡々と補足する。

「城下での人の多さにも、動じておられませんでした」


私は正直に言った。

「……あれほどの人が、皆、銭を払って登ってくるのが不思議で、人の多さに気が向きませんでした」


丹羽の口元が、わずかに緩む。

「そこに気づくとは」

彼は、床板を軽く踏みしめた。

「この城の肝は、石垣でも天主でもない、銭だ」


私は顔を上げた。

「銭、ですか」


丹羽は頷く。

「大殿は、人を“集めて”おられる。軍勢としてではなく見物人としてだ」


堀が続ける。

「城を見せると言って、銭を取る」

「人は、自ら進んで集まり、銭を差し出し、その上で“殿の大きさ”を見る」


丹羽が言葉を継ぐ。

「武力で従わせれば、恨みが残る」

「恩賞で縛ろうとしても、限りがある」

「しかし、自分の金で見た権威は、人の胸に残る」


私は思わず尋ねた。

「権威……ですか」


丹羽は即座に否定しなかった。

「大殿は、城を“権威を見せつける場”にされた」


堀が短く言う。

「この城は、武器です」

「刀よりも、槍よりも、よほどよく人を従わせる」


私は城内の金箔や彩色、遠くの天主を思い浮かべた。

「……この城を見た人は、もう逆らえない」


丹羽は静かに頷いた。

「そうだ、強いからではない」

「“あれほどのものを作れる相手”だと思ってしまうからだ」

「戦う前に、心で負ける」


私はしばらく黙ってから言った。

「国とは、そうやって作っていくものなのでしょうか」


丹羽の眉が、わずかに動いた。

「城の話から、国の話に飛ぶのか。それはどういう意味かな」


私は続ける。

「城で権威を見せても、長くは続かない気がします」

「人は飽きる生き物でしょうから」


丹羽は、声を出さずに笑った。

「秀長殿は、ずいぶん変わった子を育てられた」

「大殿も、これで全てが解決するとは思っておられぬと思うぞ」

堀を見て言う

「久太郎、お主が紹介したくなるわけだ」


堀は小さく肩を動かしただけだった。


丹羽は私に言う。

「権威を借り、権威を纏おうとする者は多い」

「だが、権威の使い方をわかっている者は少ない。」

「目に見える風景が、どういう意図で仕組まれているか……それに気づけるとはなかなかの者よ」


私は深く頭を下げた。

「恐れ入ります」


丹羽はねね様と母にに向き直り、穏やかに言った。

「よいお子です」

「武でもなく、威でもなく、国の仕組みを考えられる」

「得難い才です」


それだけ言って立ち去った。

やがて人の流れは本丸へ向かう。


遠くに、織田信長が見えた。


豪奢な衣、笑み、見物人を値踏みするような視線。

銭を集めさせ、城を見せる。


(天下を取る者ではない)

(天下そのものになろうとする者だ)


夕刻、城を出る。

金の天主が夕日に染まり、山全体が燃えているようだった。



帰りの船は静かだった。

櫂の音だけが夜の湖に響く。



(やはり、織田信長という男は、この時代の異端児だ)

(権威の作り方、使い方。世の中を支配する手法が尋常ではない)

(権威を果てしなく高めていく先は、信仰または崇拝……)

(しかし、この国には遥か昔から、権威の頂点であり権力の源泉とされる方がいる)

(誰もが織田信長のあり様を認められるわけではない……)


その思いが、胸の底に重く残っていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は連載を続けながら、表現や構成を見直しつつ推敲を重ねています。


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― 新着の感想 ―
今回ゎ竹若たんと一緒に安土城を拝観(脳内VR)した感じwで、楽しかったです( *´艸`)♡♡♡
この辺りがキンカンさんとのすれ違いになるのでしょうか。 決して感謝してなかったわけではなかったとおもいます。 フロイスの評価はボロクソですが……。
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