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戦国転生したら秀長の息子でした ~豊臣宰相の子として、戦国日本を国家から作り直すまで~  作者: 丸三(まるぞう)
秀長の子

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第17話 武断派の兄貴分(福島正則と加藤清正)

天正9月(1581年)2月上旬 近江・長浜城

福島正則と加藤清正。

後の世では、二人は揃って「賤ヶ岳七本槍」と呼ばれる。

豊臣家きっての猛将。武功の象徴。武断派の中核。


福島正則の母は、秀吉の母・大政所なかの妹とされ、実家筋に連なる縁者である。

少なくとも羽柴家中では「秀吉の身内」として扱われていた。

秀吉の出世とともに、若き日に世話になった者や一族を引き上げるのは、戦国の作法というより秀吉の性分で、正則は、その最たる象徴である。

生まれは永禄4年(1561年)。私より14歳年長で、今はちょうど20歳になる。


一方の加藤清正も、母方の縁で秀吉に近い。こちらは正則ほど騒がしく表に出ないが、内側で「秀吉の家」に深く結びついている。清正が“子飼い”と呼ばれるのは、実力だけでなく、その結びつきの濃さゆえだ。

生まれは永禄5年(1562年)。私より13歳年長で、今は19歳。



そして、私――竹若との関係

私は秀吉の弟・秀長の子。

秀吉にとっては甥。正真正銘「一門衆」だ。


正則や清正は血筋としてはそこまで近くない。

2人は家中でも「秀吉の一族に連なる者」という扱いで、史実でも“羽柴一門”には含まれない。


そして、私とは、実際の接点もそれほど多くない。

私が生まれて間もなく、二人は羽柴軍の播磨攻略に従って西へ出向いた。

以後、長浜や安土へ戻るのは、戦の合間のわずかな期間だけだ。

それでも、2人のことを私をよく覚えている。おそらく向こうもそうだろう。


それは、ねね様である。


私は幼い頃、秀吉の屋敷に連れられることが多く、ねね様に随分と可愛がられた。

長浜へ戻った折、正則と清正が屋敷に顔を出すと、ねね様は決まって私を呼び寄せた。


「ほら、竹若ですよ」

そう言って前へ押し出す。


ある年、ねね様の部屋に並べられていた砂糖菓子の皿を、正則がひょいと持ち上げ、私の前へ置いた。

「お前は殿の甥だ。全部やる、喰え」

結果、その夜、私は腹を壊し、ねね様が本気で怒り、正則が縮こまり、清正が無言で薬草を持ってきた。


また別の年には、庭で木刀を持たされ、正則に本気で打ち込まれて泣かされ、ねね様が飛んできて、

「あなた達は加減を覚えなさい!」

と怒鳴り、清正が黙って私の前に立った。

二人にとって私は、「秀吉の甥」であり、「ねね様のお気に入り」であり、だから守るべき子供だった。


兄弟のように育ったわけではない。

だが、確かに情は向けられていた。


そして私は知っている。

この二人は、いずれ石田三成と激しく争う。

文治派と武断派の対立の象徴になる。

関ヶ原では徳川に与し、豊臣政権の内側を割る。

史書では、それは「裏切り」と書かれる。

 

だが、私はそうは思わない。

彼らは、徳川が好きで付くのではない。

武功しか知らない者が、帳面と法度の国の中で居場所を失う恐怖に耐えられなかっただけだ。

槍の価値が、帳面より軽くなる世界。

それを「時代」と言って切り捨てるのは簡単だが、当事者にとっては、生き方そのものを否定されるに等しい。

だからこそ。

私はこの二人を、三成の敵にはしない。武断と文治を割らない。



天正9年(1581年)2月上旬。


中国方面へ出ていた秀吉が、久しぶりに長浜へ戻ってきた。

年賀の挨拶に来られなかったため、挨拶と状況報告、相談のために安土の織田信長を訪問し、その後に、長浜に立ち寄ったのだ。


父に伴われて秀吉様の屋敷へ行くと、すでに二人の姿があった。

「おう!」

 正則が真っ先に声を上げる。

「竹若じゃねえか! でかくなったな!」


「背が伸びた」

 清正が短く言う。


私は礼をした。

「ご無沙汰しております」


ほどなくして秀吉が現れ、広間の空気が一気に変わる。

「おおーっ、竹若!」

 頭を撫で、頬をつまむ。

「ちゃんと勉強しておるか。武芸も怠るのではないぞ」


「はい」


「だが槍ばかりなって、こいつらみたいになっちゃいかんぞ?」


「誰がだ!」

 正則が叫び、清正が鼻で笑う。


だが秀吉は長くは居られない。報告と差配が山積みだ。

「お前ら、竹若に変なこと教えるなよ!」

そう言い残して父・秀長を伴って去っていく。


広間に残ったのは、私と二人だけだった。

正則が座り直す。

「で、お前。最近、何してんだ。いろいろ噂を聞くぞ。」


「父の仕事を、少し」


「政の話か?」

清正が眉を寄せる。


「はい」


正則が鼻で笑った。

「つまんねえな。戦の話は?」


「ありません」


「戦がねえなら武士は食えねえぞ」

私は否定しない。

「だからこそ、政が必要です。


正則が腕を組む。

「政の話ばっかりして、面白えのか」


「面白くはありません」

私は正直に答える。

「でも、必要です」


清正が言う。

「戦が終われば、また次の戦だ。それが世だ」


「……ずっと、ですか」


「ああ」


「ずっとは嘘です。いずれはなくなります」


正則が笑う。

「お前、変なこと言うな」


「それに、戦に勝っても」

私は続ける。

「田畑が荒れて、町が焼けて、人が逃げたままだったら、また戦になります」


清正が低く言った。

「確かにな」


「正則殿や清正殿が強いから、勝てます」


「おう」


「でも、勝ったあとに元に戻し守る人が必要です」


正則が首をかしげる。

「守る?」


「悪い人が出ないように」

「盗みが増えないように」

「子どもが腹をすかさないように」


清正が黙る。

正則がぼそっと言う。

「……それは、槍じゃできねえな」


「はい」


「でも、槍がないと始まらねえ」


「はい」

私はうなずく。

「だから、両方です」


二人は顔を見合わせた。

正則が笑う。

「お前、戦のこと、意外と分かってるな」

清正が言う。

「……達観しているな」

「……だが、そのとおりだ。必要なのは帳面の力か」


「はい」


正則が舌打ちする。

「三成みたいな書物に齧り付いている青瓢箪を認めるのは癪だ」


私は首を振る。

「そんな毛嫌いをすることはないと思います」


二人が同時にこちらを見る。

「三成殿は、武者を邪魔にしたいのではないと思います」


「じゃあ何だ」


「国を守りたいという一途な想いなのでは?」


清正が黙り込む。


「槍は敵を倒すための道具です」

私は続ける。

「帳面は味方を飢えさせないための道具です」


正則が腕を組んだ。


「攻める戦いと守る戦の違いということか」

清正がぽつりと言う。


「はい」


正則が笑う。

「お前、一味違うな」


清正も頷く。

「殿のように先の話をする」


私は胸の奥で、静かに息を吐いた。

この二人は、将来、三成と争う。

だが今はまだ、分岐点の手前だ。


私は文治と武断の「かすがい」になる。

私にならできるはずだ。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本作は初めての投稿作品のため、誤字脱字や表現の拙さ、設定の不整合などがあるかもしれません。

日々推敲しながら加筆修正をしていく予定です。


ブックマーク・評価・感想をいただけますと、

今後の執筆の大きな励みになります。


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― 新着の感想 ―
頑張っ竹若たん(*´∀`*)尸"
本当に憎んでいた相手なら半島に置き去りにされたでしょうが、三成は必死に救いました。 しかし、そのほとんどが敵になってしまったのが皮肉すきますね。 後10年秀長に寿命があったら、あそこまで内部分裂しなか…
毎回楽しみにしています。
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