第14話 三つの血筋
天正8年(1580年)12月 近江・長浜城 竹若
三好信吉が長浜に来たのは、秀吉が再び中国地方へ発ってからしばらくしてのことだった。
名目は一門衆の挨拶。
実態は、秀吉の姉の子としての顔見せに近い。
信吉は、秀吉の実姉・ともの長男である。
羽柴家にとっては貴重な血縁のある男子。
さらに武門の名家・三好家に入っているという事実だけで、家中での立場はすでに揺るぎない。
戦国の世では、家柄は力だ。
三好家はかつて畿内を支配し、一時は日本の副王とも称された。没落したとはいえ、その名は今も武士たちの耳に残っている。
秀吉が信吉を三好に入れたのも、情だけではない。
「全国に名を馳せた大身を懐に入れる」
それは、れっきとした政治だった。
だが、当の本人はその重さをほとんど意識していない。
「竹若!」
城内で私を見つけるなり、信吉は大きく手を振った。
「久しぶりだな。背が伸びたんじゃないか?」
「信吉兄上の方が」
「そうか?」
そう言って笑う。
私は10ほど年長のこの従兄弟のことを、昔から兄上と呼んでいる。いや、そのように呼ぶように言われてそのまま使っているのが正確だ。
兄上は、武芸は好きだ。馬も好きだ。
兵法談義も嫌いではない。
だが、
国をどう治めるか。
家をどう継ぐか。
一門の序列がどうなるか。
そういう話になると、途端に興味を失う。
「叔父上(秀吉)は相変わらず忙しそうだな」
「西の方ばかりだ」
「国を取るのが楽しいんだろうな」
それだけだ。
天下という言葉も、跡継ぎという言葉も、彼の口からは出ない。
私は隣を歩きながら、胸の奥がわずかに重くなる。
(この人は……)
史実を知る私には分かっている。
この男は、いずれ三好の姓を捨て、羽柴に戻り、秀次と名を改め、関白にまで上りつめる。
そして、最後は――
秀吉の怒りを買い切腹させられ、一族郎党をことごとく殺される。
罪の多くは、本人の意思ではない。
政争の中で担がれ、座らされ、降ろされる。
彼は、権力を欲した男ではない。
だからこそ、権力の座に座らされる。
それが、最も残酷な運命だ。
だが今の信吉には、その影はない。
「なあ竹若」
「秀吉の叔父貴、相変わらず怖いな」
「怒鳴るし、笑うし、機嫌で話が変わるし」
「でもさ、嫌いじゃないんだよ」
私は少し考えてから頷く。
「私も」
それ以上は言わない。
「お前は城に籠もってばかりだな。たまには馬に乗れ」
「怪我をするのはいやだ」
「それも修行だぞ」
そう言って、信吉は馬場の方へ走っていった。
私はその背中を見送りながら思う。
(この人は、武将として生きる)
(政の中心には向かない)
(……だが、向かない者ほど、座らされる)
それが豊臣政権の未来であり、そして、私が変えようとしている歴史だ。
今は、まだ、このままで良い。
羽柴家の一門衆の今後のあり方、血の残し方をしっかり検討してから、信吉のことを考えよう。
それからでも遅くない。
⸻
羽柴秀勝は、さらに違う。
彼は織田信長の4男。1567年生まれなので竹若より7歳年長にあたる。今は13歳だ。
1576年に羽柴秀吉の養子となった。
主家筋の子息にも関わらず、態度も控えめで威張るような言動もされない。
史実では1586年に18歳の若さで病死する。
実子がいなかった秀吉にとって、信長の血を引く者を養子として自家に取り込み、いずれ羽柴の家を継いで貰いたい。それが羽柴の家名を確実に残す方法だと、そういう思いがあったのではないか。
羽柴秀吉が勝ち取った領国は、ゆくゆくは織田の血が流れる者が引き続ぐ。このような方針を内外に示し、膨らむ羽柴家への嫉妬と批難を抑える。
そして、大きくなった家はいずれ我が子が引き継ぐとなれば信長の猜疑の目もそらせる。
秀吉はこのように考えたのではないか。
本能寺の変の後も、信孝や信雄などの他の兄弟とは異なり、秀吉の養子として側から離れず、共に戦場にでている。非常にわきまえた人物だと言える。
秀吉も遠ざけるような行動はしていない。
おそらく秀勝自身もその意味をよく理解している。
秀吉が大きく育てたものを継承するための存在。
だから継承するまでは、前に出ない。
軍功を誇らない。
政に口を出さない。
私は一度だけ、廊下ですれ違った。
彼は立ち止まり、深く頭を下げた。
「……秀長殿の御子と、伺っております」
それだけだ。
彼は距離を取る。
自分が織田の血であることが、どれほど政に波紋を生むかを知っているから。
⸻
三好信吉
羽柴秀勝
そして私
三人とも、血筋だけを見れば、秀吉に嫡子が生まれない限り「羽柴家の跡取り」の可能性がある。
しかし実態は、
信吉兄上はあまりにも無邪気でそして明るい。
おそらく後継にはむかない。
秀勝様は、害にはなるまい。
元々がおとなしい性分。
その上、18歳で亡くなる。
私が特段の手当てをしなければ史実どおりに….
三つの運命。
交わらないようで、絡み合っている。
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