エピローグ 家族になる幸せ
東京の生活も4年が過ぎ、早いもので明日は大学の卒業式。
素晴らしい大学生活だった。
大学の授業にバイト、そして学友達と過ごした楽しい日々。
この時間を生涯忘れる事はないだろう。
「準備出来た?」
「ええ」
祐介さんの声に振り返る。
化粧ポーチを鞄にしまい、鏡台の椅子から立ち上がる。
紗央里さんの手ほどきで化粧も随分上達したと思う。
服装や髪型も、4年ですっかり変わった。
自分でいうのもおかしいけど、田舎から出てきた頃の私とは別人みたい。
「その服、似合ってるよ」
「ありがとう、祐介さんもね」
「そうかな?」
祐介さんは照れた笑顔を向ける。
彼もすっかり都会の人になった。
特に今日はスーツ姿だから、凛々しさも加わっている。
「中身は変わってないよ」
「それは私も」
どれだけ身なりが変わろうとも、本質は変わらない。
昔も今も、ずっと私達は同じ。
都会に流されず、しっかり自分を持ちながら日々を過ごして来た。
「…そのネクタイ」
「お義父さんが初めて僕に買ってくれたネクタイだよ」
祐介さんの胸元に締まるネクタイ。
4年前、大学の入学式にお父さんがプレゼントしてくれた思い出の品。
祐介さんはここ一番の時、このネクタイを使って来た。
「これは一生の宝物だから」
「そうだね」
今日もお父さんは喜んでくれるだろう。
最後に忘れ物が無いか確認して、家を出る。
向かうは世田谷、お父さんの住む家。
今日は大切な1日になる。
「やっぱり緊張するな」
「大丈夫だって」
緊張した面持ちの祐介さん。
新宿駅で小田急線に乗り換える。
東京に来た頃は迷ってばかりだったけど、今は大体の路線は頭に入ってる。
電車を降りてお父さんの自宅へ向かう。
いつも思うけど、私達が住んでいる渋谷と雰囲気が全く違う。
大きな道路にはゴミが一つも落ちてない。
立ち並ぶ邸宅は全て庭付きの豪邸ばかり、高級住宅街と言われる地域だけの事はある。
「よし行くか!」
歩くこと10分。
お父さんの家の前で、ネクタイを締め直した祐介さんがインターホンを押す。
初めてお父さんと会った時の事を思い出しているんだろう。
「いらっしゃいませ!」
「待ってたよ」
玄関を飛び出して来る二人の女の子、10歳の詩織ちゃんと6歳の香織ちゃん。
私の可愛い妹達。
「さあ上がって」
「さっきからパパとママも来るのを待ってるんだから」
二人に手を引かれ、私達は家の中に。
吹き抜けの玄関を通り過ぎ、一際大きなリビングへ入る。
お父さんと、紗央里さんは静かな笑みを浮かべ、私達を待っていた。
「さあ座って」
「今日もゆっくりしていってね」
「ありがとうお父さん、紗央里さん」
「今日は失礼します」
ソファーに腰掛けると、柔らかいクッションに身体が沈みそうになる。
紗央里さんが温かい紅茶を淹れてくれた。
「…いよいよ明日は卒業式だな」
「は…はい」
緊張で話せない祐介さんに、お父さんの方から口を開いた。
何回もこの家には来ているけど、今日の祐介さんは特に緊張している。
「祐介君、司法修習の申し込みは済ませたかな?」
「は…はい」
生返事を繰り返す祐介さん。
彼は弁護士を目指し勉強を重ね、昨年見事に司法試験を合格した。
卒業後は司法修習生になって、1年間の修習が始まる。
2回の修了試験に合格すると、いよいよ弁護士としての活動が始まる予定。
「頑張ってくれよ、楠本さんも祐介君に期待しているんだ」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
祐介さんが弁護士を目指したのは、4年前に遡る。
あの養育費返還裁判で、母が起こした乱入事件。
その時沈着冷静な対応をみせた祐介さんが法学部の学生と知り、楠本先生は弁護士になる事を勧めた。
「ねえパパ、そろそろいいでしょ?」
私達のやり取りを見ていた詩織ちゃんは焦れた様子で会話を止めた。
「それは…そうだな」
「早く、祐介兄ちゃんも」
「う、うん」
香織ちゃんにも言われてしまった。
困り顔の祐介さん、そろそろ覚悟を決めてね。
「お…お義父さん」
私達はソファーを降り、カーペットの敷かれた床に正座をした。
「なに…かな?」
お父さんは背筋を伸ばす。
その声は裏返っていた。
「む…娘さんと結婚させて下さい」
「よ〜し!」
「やったね兄ちゃん!!」
ようやく言えた祐介さんの結婚挨拶。
お父さんの返事がまだなんだけど、詩織ちゃんと香織ちゃん既に飛び上がって喜んでる。
「…やっぱり言わなきゃダメか?」
「あなた当たり前でしょ」
紗央里さんは呆れ顔。
「良いに決まってるだろ」
「あ、ありがとうございます!!」
お父さんの言葉に祐介さんは満面の笑みで顔を上げた。
これじゃ茶番劇…
いや、今日祐介さんが結婚の挨拶をしに行くと事前に言った時点で、お父さんは『今更だ』と言ってたから茶番劇には違いない。
「美愛を頼むぞ、幸せにしてやってくれ」
「はい、命に代えても」
お父さんは祐介さんの手を握りながら語りかける。
二人共、なんか自分の世界に入ってない?
やり取りが芝居じみてるぞ。
「それじゃ次は私達ね。
祐介兄ちゃん私達の部屋に行こ、明日着ていく服を見てほしいんだ」
「あ…まだ、お義父さんに」
「もうお父さんにプロポーズは終わりでしょ、だから」
「いやお義父さんにプロポーズした訳じゃないんだけど…」
「いいから香織も服を見て欲しいの!」
祐介さんは、苦笑いで詩織ちゃん達に手を引かれ立ち上がる。
二人は祐介さんが大好き。
頼りになる優しいお兄ちゃんだから。
「それじゃ私も、後は二人でゆっくり」
紗央里さんも立ち上がる。
なんだか気を使わせちゃったかな。
今日はこのまま泊まって、明日の卒業式には家族揃って行く予定。
この家にあるゲストルームは私達が泊まる度に使わせて貰っている。
「…改めて、美愛おめでとう」
「うん、ありがとうお父さん」
なんだか照れてしまうけど、気分は決して悪くない。
「幸せにな」
「私はずっと幸せだよ」
「そうだ…祐介君が居たからな」
「もちろん」
祐介さんは私のヒーロー。
彼が居たから、私は不幸にならなかった。
「しっかり彼を支えなさい」
「はい…」
次は私の番。
司法修習生の報酬は月13万5千円と安い。
3万ちょっとの家賃補助を入れても生活は大変。
だから私も就職した会社で頑張って家計を、そして彼も支える。
お父さんは援助をすると言ったが、遠慮した。
4年間の大学費用、殆ど全部みてくれた。
奨学金を使わずに済んだので、もう充分。
「祐介君もいつか地元に…」
お父さんは祐介さんが東京を去る日が来るのを心配してるけど、今のところ大丈夫。
「考えてないみたい、由美香さんも再婚したから」
祐介さんのお母さん、由美香さんは2年前に結婚した。
相手の方は由美香さんが勤める介護施設の施設長。
私も会ったが、凄く優しそうな人だった。
「祐介君も驚いたろうな」
「そりゃもう、目を丸くしてたよ」
『アンタが巣立つまで長い事我慢してたんだから、もういいでしょ、これ以上待たしたら悪いから』
祐介さんに言った由美香さんの言葉。
まだ由美香さんは44歳、人生これから。
「河合さん達は…」
「おじいちゃんとおばあちゃんは、まだまだ元気だから心配いらないよ」
70歳を過ぎたおじいちゃんとおばあちゃんは、今も元気に農作業をしている。
身体が動かなくなったら、地元の高齢者施設に入ると決めているそうだ。
頻繁には帰れないけど、これからも定期的に顔を出そうと思う。
「もう患いは無いか」
「まあ…今のところはね」
最後の心配事は母の事。
4年前の逮捕時、初犯だった事もあり執行猶予になった。
療養施設を出た母は薬物依存リハビリ施設、ダルクへ入所した。
そこで私や、おじいちゃん達に謝罪の手紙を寄越したり、仲間と語り合う事で薬物依存からの脱却を感じさせたが…
「クスリって怖いね」
「そうだな」
母は昨年、また薬物に手を出して捕まった。
今度は執行猶予の無い、5年の実刑判決。
かなりの頻度で乱用していたらしく、長い懲役刑となった。
お父さんが手を回していたおかげで、私の身辺に悪影響は出なかった。
「どうしようもない人…」
「うむ…」
母は本当にどうしようもない。
刑務所からたまに手紙が来るけど、中は読まず弁護士を通じ、返して貰っている。
本心から反省なんかしてないだろう。
「私は母のようにならない」
「美愛…」
「だから安心してね」
「もちろんだ…」
絶対に母のような人間にならない。
自堕落に生き、本心から人を愛さず、自分の本能に従い人生を歩む。
その生き様は醜悪でしかない。
「美愛は…アイツと人間の本質が違うよ」
「お父さん…」
「私は決して誇れるような父親でなかった。
だが、真っ直ぐに育ってくれたじゃないか。
自分を信じなさい、祐介君と手を取り、素晴らしい人生を歩むんだよ」
「ありがとう…お父さん」
私は恵まれている。
愛する家族に囲まれて…
「みんなに会えて、私は本当に幸せ」
心の底から思った。
おしまい!




