7、片隅にでも
俺達は歩いてから地下街にやって来た。
この町は地下鉄がある。
地下鉄に乗ってから都心部に行く事も出来る。
俺はそんな地下街で何をするんだろうと思いながら伊藤さんを見る。
伊藤さんは「この地下街に美味しいお菓子屋さんがある」と話した。
「その場所は私以外知らない所」
「そうなのか?」
「うん。私以外に誰も知らない。君が初めて」
そんな会話をしながら歩く。
すると行き着いた場所があった。
それは地下街の西側にあるお菓子屋さん。
パンとか売っていた。
甘いものも売っているらしい。
「伊藤さんはこのお店の商品で何が好きなんだ?」
「私、この店の...」
そう話していると「あ。春風ちゃん」と声がした。
俺は「?」となりながら声の聞こえた方を見てみる。
そこに女性が居た。
若い感じの店員さんだ。
年は30代ぐらいか。
俺は「知り合いか?」と伊藤さんに聞く。
「うん。知り合い。...田中ひろ子さん」
「宜しくね。お友達?」
「ん」
それから田中さんというその女性は伊藤さんの反応を見てから「そうなのね」と言いながら俺を見る。
俺は「初めまして。俺は...鮫島雪穂です」と頭を下げて言う。
すると田中さんは驚愕した。
え?
「そっか。君が噂の」
「...え?...知っているんですか?」
「うん。春風ちゃんの友人だって。喜んでいたわよ。春風ちゃん」
そう言いながら俺を見る田中さん。
知り合いが沢山居るんだな...伊藤さんって。
凄いじゃないか。
想いながら俺は「伊藤さん。君凄いね。知り合いが沢山じゃないか」と言う。
すると伊藤さんは「私は凄くない。...あくまで...その。お知り合いになっただけ」と恥じらう。
その姿も可愛らしかった。
「アハハ。...何度もこの場所に来てくれるから。...でも知り合いを連れて来たの初めて見たね」
「そう。...私の...大切な友人だから」
「そっか」
その様子を見つつ田中さんは「そっか」ともう一度呟く。
それから「...良かったね。春風ちゃん」と話した。
伊藤さんは嬉しそうにはにかむ。
そんな姿を見ている田中さんは厨房から呼ばれた。
「あ。呼ばれているね。じゃあまた後で」
「はい」
それから田中さんは慌てて去って行く。
すると伊藤さんが俺を見た。
「話の途中だった」と俺に言う。
俺は「ああ。そうだったな。で。何が好きなんだ?」と聞く。
伊藤さんは「うん。私、あんぱんが好き」と回答する。
「この店。あんぱんが美味しい」
「そうなのか?」
「うん。小豆は北海道の小豆。...美味しい」
「じゃああんぱんを食べるか」
「ん」
そして俺達はイートインであんぱんを注文した。
あんぱんと抹茶オレ。
伊藤さん曰く。
最高の組み合わせだそうだ。
「じゃあどこで食べる?」
「ん。お気に入りのスペースがある」
「どこだ?」
「奥の方」
それから俺達は歩いて行く。
そして奥のスペースに行くと...。
障がい者が描いたと思われる絵が飾られているコーナーがあった。
俺は「!」となりながらそのコーナーに足を踏み入れる。
「月一で...飾られている絵が代わっていく」
「そうなんだな。...凄く綺麗だ」
「近所にある作業所の障がい者が描いた」
「...凄いんだな。障がいを持っている人って」
「ん。才能だと思う」
驚愕だと思う。
何故なら個性がしっかりしている。
世にある絵を否定する訳じゃないが千切った折り紙を並べて絵にしたり動物の絵を色鉛筆で描いてある。
モネとかダリとかゴッホとかも勿論素晴らしいが。
こういう絵も進化した絵だった。
「私のお気に入りのスペース。...実はこの店の店長さんも発達障害がある」
「...そうなんだな」
「ん。だから私、この店がお気に入り」
それから俺は椅子に腰かける。
すると先程の田中さんと...男の人が来た。
なんだかパン職人っぽい男性。
俺は「?」を浮かべる。
「やあ。鮫島くん」
「...えっと。どちら様ですか?」
「あ。初めましてだね。僕はこの店のオーナーの鈴木卓也だ」
「!...初めまして」
「いやはや。春風ちゃんが彼氏を連れて来たって言ったから」
「!?...ち、違う」
赤くなる伊藤さん。
それから俯く。
俺はその姿を見ながら田中さんを見る。
田中さんも鈴木さんも笑みを浮かべていた。
「僕はADHDがある」
「...え?...そうなんですか」
「落ち着きがないんだ。...それで物事を良く忘れる」
「...そうなんですね」
「実は僕はその絵の作業所ホープの出身なんだ」
ホープか。
素晴らしい名前だ。
そう思いながら絵を観ていると田中さんが「ここ良いかしら」と横の席を指さしてから伊藤さんを見る。
伊藤さんは「ん」と言ってから返事をする。
それから田中さんと鈴木さんが腰かけた。
え?仕事は...。
「仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ。必要な事はしている。今だけさ」
「そうなんですね」
「君とは一度話をしてみたくてね。鮫島雪穂くん」
そう言いながら鈴木さんが俺を見る。
俺は驚きながら「え?」となる。
田中さんはニコニコしながら俺達を見る。
「...君は知っているかどうか分からないけど...彼女は同年齢の男性が苦手なんだ」
「...はい」
「それで君は何故...その中でも春風ちゃんの特別になったのか是非知りたくてね」
その言葉に田中さんと鈴木さんは俺を見る。
俺は考えていると伊藤さんが「彼は...良い人だから」と返事をした。
それから俺達を見る。
「彼は特別」
「...そうなんだね」
「ん」
俺は「彼女とはクラスが一緒で知り合いなんです」と笑みを浮かべる。
田中さんと鈴木さんが「そうだったんだ」と納得する。
それから「実は鈴木さんも結婚はクラスが一緒だったからってのもあるわよ」と俺達にウインクした。
鈴木さんは「いやー」と言いながら恥じらう。
「そうなんですね」
「いやまあ僕の話は今はいいよ。...僕じゃなくて春風ちゃんだよね」
「そうそう。幸せになってほしいわ」
どうしてここまで深く関わってくれるのだろうか。
そう思っていると「どうして?って感じの顔だね。...僕は言っての通りADHDを持っているんだ」と答えた。
それから「僕は...同じ障がいを持つ人達を主に100パーセント。全般的にサポートするのが夢なんだ。このパン屋さんでも3割は障がいを持っている人が働いて居るよ」と言う。
俺は「!」となる。
「ホープと提携を結んでいる部分もあってね」
「...そうだったんですね」
「特に彼女。...つまり春風ちゃんは思い入れが深いのさ」
「...」
俺は伊藤さんを見る。
伊藤さんは恥じらいながら俯いていた。
俺はそんな2人に「凄いですね」と言う。
「何も知らなかったです」
「まあそうだね。...学校ではあまり習わない事だと思うからねぇ」
「...」
「...でも障がい者もあまりその知られない中で一生懸命に生きている。その事を片隅でも置いておいてもらえれば。それが幸せだね」
「はい」
それから俺は伊藤さんを見る。
伊藤さんはモジモジして俺を見る。
その姿に少しだけ笑みを浮かべてから俺は絵に顔を向けた。




