5、関係性の変化
そんな事があった翌日。
俺はゆっくりベッドから起き上がる。
それから盛大に溜息を吐いた。
まさかあれ程に河本が屑とは思わなかった。
というか俺の事はどうでも良いが。
伊藤さんの事を悪く言ったのがどうにも許せなかった。
「...まあもう良いか。赤の他人だしな」
そう割り切り俺は起き上がる。
それから俺は顔を洗い歯を磨いたりして準備をし始める。
冷たい水が染みる。
まあこれで朝起きている様なものだしな。
良い感じではある。
「ふあ」
そんな感じで欠伸をしながら準備をして朝食を食べ。
そのまま表に出る為に玄関を開けた。
すると...伊藤さんが立っていた。
え?
「おはよう、ございます」
「あ、ああ。おはよう。どうしたんだ?」
「私、彼女の代わり」
「は?」
「彼女、の立場。...今だけ友人じゃなくて」
伊藤さんはそう話す。
俺は「...ありがとうな」と言いながら彼女を見る。
伊藤さんは「与えられたものを、返しているだけ」と相変わらずの柔和な顔をする。
その顔に胸を少し撫で下ろした。
一応、伊藤さんは元気そうだ。
昨日の一件があったから心配していた。
「行こう」
「あ、ああ。すまない。行こうか」
それから移動を開始する。
高校まで住宅街を歩いて行く。
すると伊藤さんが「昨日の件」と話した。
伊藤さんに向く。
彼女は落ち込みながら...いやまあそう見えるだけかもしれないが話し始めた。
「佐伯小太郎っていう人は私を捨てた元カレ」
「...なんだって?」
「私に口がトロいって言った人」
複雑な顔をする伊藤さん。
俺は「...そうだったんだな」と話した。
伊藤さんは「...顔が良ければ、なんでも良いの、かも」と言いながら悲しそうな。
悔しそうな。
そんな顔をした。
俺は空を見上げてから伊藤さんに向いた。
「ソイツは発達障害も分からない野郎って事だ」
その言葉に伊藤さんは顔をゆっくり上げた。
それから俺を見据える。
「え?」という感じでだ。
俺は「そんな馬鹿は捨てて良かったよ。伊藤さん。多分信頼を厚くしていたんだろうけど」と肩をすくめた。
そして笑みを浮かべる。
まさにその通り。
ゴミはいつまでもゴミだから。
「鮫島くん...」
「俺はそんな馬鹿とはずっと付き合ってほしくない」
「...うん。ありがと」
それから歩いていると「春風」と声がした。
背後を見るとスーツ姿の女性が居た。
俺は「?」を浮かべながら見る。
美人だが。
俺に警戒した感じを見せた。
「そいつは?」
「私の友人」
「そうか」
その人物は俺に「私は伊藤桜。...春風の姉だ」と自己紹介をする。
それから俺をマジマジと見てきた。
多分...信頼出来るか測っているんだろう。
俺は何も言わずにされるがままで居た。
「信頼しても良いかな君を。うちの春風は知っての通り...」 「お姉ちゃん」
桜さんの話を遮る様に伊藤さんが言葉を発した。
驚く桜さんを見る伊藤さん。
そして伊藤さんは俺をチラ見してから「この人は、特別」と柔和になってから笑みをゆっくり浮かべた。
桜さんは「!...珍しいな。春風がそんな事を言うなんて」と驚きながら伊藤さんに向く。
「彼は、友人、だよ」
「...!...おい少年。名前は」
「あ、俺は鮫島雪穂です」
「...そうか。君が鮫島くんとやらか」
「え?」
「...いや。すまない。色々知っている。君の噂は絶えず聞いている」
それから桜さんは「春風の友人か」と話す。
伊藤さんは頷いてからニコニコした。
俺は伊藤さんと桜さんを見る。
その中で伊藤さんは「まあ内緒もある、けど」と笑みを浮かべた。
目をパチクリする俺達。
なんだろうか。
すると桜さんが「まあ良いけど」と俺を見る。
「私はあくまで春風の悲しい過去を知っている。私の不手際だと思っている。だからこそ私は...春風には今度こそは幸せになってほしいからな」
そう桜さんは言いながら俺を真っ直ぐに見る。
俺はその固い決意を見ながら居ると腕時計を桜さんは見てから驚愕した。
恐らくは時間が無いようだ。
それから「春風!弁当箱忘れていたから!じゃあまた」と手を振ってから。
最後に俺を見た。
「...少年。君には期待している」
それだけを桜さんは言ってからゆっくり笑みを浮かべ手を振り走って去って行った。
俺はその姿を見送っていると「珍しい」と声がした。
伊藤さんを見る。
そんな伊藤さんは桜さんが去った方角を見てから「...お姉ちゃんが...男性にあれだけ期待するの」と呟いた。
そして胸に手を添えた伊藤さん。
「ありがとう。お姉ちゃん」
そう呟いてから伊藤さんは笑みを浮かべてから俺を見る。
俺はその姿に口角を上げた。
それから俺達は学校に行った。
☆
河本とは関係性を断絶したので一切喋らなくなった。
我が人生の最大の汚点だな。
そう考えながら居ると「鮫島くん」と声がした。
俺は「!?」と動揺する。
伊藤さんが話しかけてきた。
正直、驚愕だ。
学校で伊藤さんが話しかけてくるとはこれまでに無い現象である。
当然周りも「え?」となる。
俺はそんな周りを見てから伊藤さんに聞く。
「どうした?」
「黒板を、書き損ねた」
「ああ。まあ黒板を直ぐ消すクソ野郎の世界史だったしな」
「そう。だからの、ノートを貸してほしい」
「成程な。貸すよ」
それから伊藤さんに世界史のノートを貸す。
伊藤さんは表情を崩さないが優しい感じで俺に「ありがとう」と律儀に頭を会釈する様に下げた。
いつもの伊藤さんだが。
正直、そのお淑やかさにドキッとした。
まあでも周りを見ると男子達が不愉快そうな顔でいかにも舌打ちしそうな姿を見せていたが。
そんな関係じゃない。
ただの友人だしな。




