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移ろう転変

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


アリーさんのおかげで塗料缶が手に入り、クラス旗も無事完成した。

レイド・ノクターは私が盗んで来たと思ったらしく、入手経路について詳しく尋ねてきたが、

用務員さんに処分品を貰ったことを熱心に伝えれば納得してくれた。

クラス旗が完成したとき、クラスメイトたちはテンションが上がったらしく、

盛り上がっていた。漠然とその様子を眺めていると、何故か中心に引き込まれ、

「何か一言!」と求められた為、丁度いい機会だと思いクラスメイトの皆に感謝の言葉を口にすると、

その言葉ですら盛り上がった。

一瞬、「あれ、もしや今日が体育祭だったのでは?」と錯覚したが、そんなことはなく。

朝も委員会、昼も委員会、放課後も委員会と委員会漬けの日々を過ごし、

とうとう体育祭、前日がやってきた。


授業は午前で終了、一般生徒は下校だが、実行委員は帰れない。

体育祭実行委員主導の元、生徒会役員を除いた各種委員会、

運動部、有志の手伝い皆で校庭に競技の器具を出したり、

観覧用の椅子などの設置をする、前日準備をしなければいけないのだ。


ということで現在私はフィーナ先輩と一緒に、競技の記録をしたり、救護テントで用いる作業机を、

校庭へ運んでいる最中だ。

といってもひとつ運び終わり、また校舎に運ぶ机を取りに行くので手ぶらである。今だけは。


歩きながら、周囲を見渡すと、

絶望的な、まるで屍のような顔色で運んでいる生徒も多々見られ、

ブラック労働、という言葉が、頭をよぎる

自立が校訓といえど貴族の令嬢、子息だ。

椅子や机を運ぶことは、日常的な動作では無い。普通にしんどいはずだ。


慣れない労働に苦しむ生徒とは対照的に、

運動部らしき生徒たちは嬉々として重そうな用具類を運んでいる。

「鍛えるぞ、おー!」と掛け声を上げ、笑っている姿は青春そのもので眩しい。


そんな嬉々とした運動部たちが用具を運ぶ奥では、レイド・ノクターの指示のもと、

生徒たちが椅子を出していた。

いや、レイド・ノクターも生徒に違いないのだが、

指を差し、何か指示を出しては、人の波が動いている様相は、

どう見ても「レイド・ノクターと生徒たち」としか形容出来ない。

レイド・ノクターが統率しているのは、おそらく一学年の学級長たちと他の委員だろう。

カリスマ性に感心、そして恐怖していると、

フィーナ先輩が私と同じ方向を見て、口を開いた。


「ああ、彼はノクター家の……。

 彼、すごいわねえ、学年主席で、人望もあって、

 確か……ミスティアさんと同じクラスでしょう?」

「そう、です」


流石レイド・ノクター、顔が広い。名門ノクター家ということもあるだろうが、

彼は全てにおいて優秀だし、名も顔も知れ渡るのだろう。


「次期生徒会役員候補者として、調べたのだけれど、

 非の打ち所が無い人って、きっとああいう人のことを言うのでしょうね」


フィーナ先輩が、感心したように話す。

レイド・ノクター、まだ入学して二か月も経ってないのに、生徒会役員候補者とは。

怖い。影響力が怖い。もうあれじゃないか。

「あいつ、アリスと僕の恋路に邪魔だし、弟を変な目で見るし、どうにかしないと」

なんて思われたら死ぬ。間違いなく、消される。


そう考えて、ふと思う。

フィーナ先輩のお兄さんは生徒会役員。

お兄さんの手伝いをしていると、先輩は言っていたし、

実際候補者として調べたりしている。

ということは、現在フィーナ先輩は、生徒会の役員であるお兄さんのお手伝いと、

体育祭実行委員の仕事、両方しているということだ。


……すごい大変だな。お兄さんの手伝いと、体育祭委員の両立なんて。


「本当、お疲れ様です、フィーナ先輩」


「え?」


「フィーナ先輩、体育祭委員の仕事もあるのに生徒会のお手伝いもしているなんて」


「ううん、小さい頃から兄の手伝いをしているから、

 習慣というか、当たり前みたいなことよ」


「そうなんですか?すごいです、掛け持ち

 かっこいいです」


「かっこいい……?」


「はい、手伝いをすることって、

 作業や、作業をする人の事も把握していないと出来ないことじゃないですか

 体育祭委員の仕事をしながら、生徒会のお手伝いをするっていうのはとても大変なことだと思いますし、

 かっこいいなあと思います」


言ってから、フィーナ先輩がさっきから止まっていることに気付く。


「あ、いえ、決して失礼なことを言う意味では無く、言葉のままというか!

 すみません、ご、ごめんなさい、違うんです」


まずい、まずいまずいまずいまずい。

これは、せっかく話しかけてくれたり、

話をしてくれているフィーナ先輩の気を完全に害してしまったのではないだろうか。


「……ねえ、ミスティアさん」


「は、はい!」


「これからも、よろしくね」


「え、あ、はい! こちらこそよろしくお願いいたします」


どうやら、気分を害しては居ないようだ。

本当によかった。











フィーナ先輩と楽しく話しながら準備作業をすること三時間。

青かった空は茜色に染まり、校庭は各種委員会や有志の手伝いによって、

ただの校庭から体育祭開始前の校庭に姿を変えた。


現在私は得点ボードの汚れを雑巾で拭いている。

フィーナ先輩は生徒会の招集がかかり、出動していった。


汚れで得点を見間違え、誤審に繋げてはならない。

なるべく綺麗に、目の錯覚を起こさないように隅々まで拭う。


「ご主人」


振り返るとエリクが立っている。


「手伝うよ」

「ありがとうございます」


エリクが予備としてかけていた雑巾をとり、

隣の得点ボードを拭く。


「……何か、嫌だな、体育祭終わっちゃうの」


ぽつり、とエリクが呟く。

まだ始まってもいない。そんなに体育祭が好きなのだろうか。


「そうなんですか?」

「だって、ご主人と一緒にお昼食べられたし、放課後は一緒に帰れたのに」


前日準備、主導しなければいけない体育祭実行委員会は、体育祭当日だけでは無く、

体育祭前日の準備の流れも把握しなければいけない。その為、連日、

昼休みと放課後招集されていた。


ということでここ最近のお昼はずっと委員会で……、もといエリクやフィーナ先輩と食べ、

放課後は途中まで一緒に帰っていたのだ。


体育祭実行委員会では、アリスとエリクのイベントに遭遇することは無い。

よって比較的安心しながら昼食をとれた。

フィーナ先輩も加わり、三人で楽しいおしゃべりをして、

友人二人との会話に和み、癒され楽しい時間を過ごしていたのだ。


「体育祭終わったら、ご主人とまた会い辛くなるでしょ、教室にもいないし」

「僕、ご主人ともっとお話ししたいのに」


エリクが俯く。胸が痛いが、これはエリクが幸せになる為だ。

実際、今もなおエリクは私を「ご主人」と呼ぶ。

主従関係でも無い、友人、それも年下に対してだ。

彼は、アリスと関わることで「本当の幸せ」を見つけ、愛を知る。

逆に言えば、アリスと進展しなければ、本当の幸せや愛を見つけることは出来ない。

悪役をご主人呼びしている暇は、本来ならば無い。

私がシナリオを壊してしまったせいで、こうなってしまっている。


「ご主人の屋敷でさ、使用人として働けないかな、

 夏休みの間だけとか、専属執事、みたいな感じで」


「いやいや」


冗談だとは思うが、現状主従ごっこ狂いのエリクが言うと笑えない。

思えばエリクは町づくりの頃から本格を求めるタイプだった。

駄目だ。冗談でも「いいよ」なんて言っちゃいけない。


「ほら、当主になるため、

 一定期間奉公に行くっていうのもあるらしいし」

「いや、ハイム家にそんな決まりは無いはずですよ」

「無いなら作ればいいんだよ、一緒にいられる時間が増えるよ!

 ……もしかして、ご主人は嫌なの? 僕と一緒にいるの」


さっきまで無邪気だった声色が急に冷えたような気がして、

エリクの目を見るが、にこにこと笑っている。


「いえ、エリク先輩と一緒が嫌なのではなくて、私が言いたいのは、

 友達の屋敷に仕える、というのは良くないのでは、ということでして」

「……なら、いいけど……」


エリクが私の後ろを見て、露骨に嫌な顔をする。

振り返ると、遠方でレイド・ノクターがこちらに目を向け足を止めていた。

会釈をするが、気づいていないらしい。

そのまま冊子類を持った生徒に声をかけられ、踵を返して去っていく。


「……あいつやっぱり邪魔だ」


エリクが、レイド・ノクターの背中を睨みつけながら呟く。

おそらく、エリクは今もなお、レイド・ノクターのことを、

私との「友情関係を脅かす脅威」として見ているのだろう。

そしてレイド・ノクターは、エリクの事を、

「盤石な婿入り先を脅かす脅威」として見ている。


エリクとは主従ごっこ狂いによって距離感がおかしくなっているだけで、

恋愛関係にはなく、友人でしかない。それにエリクはアリスに恋をする。

よってエリクは、レイド・ノクターの未来計画……、

アーレンに婿に入り、ザルドくんにノクターを継がせる計画を破壊する要員にはならない。


レイド・ノクターはレイド・ノクターで、弟狂いによって、

伯爵家を安定した婿先と考えており、私の友人の座を狙っている訳では無いし、

むしろ私のことは不貞予備軍、そして幼き子供に異常な愛情を抱く人間として見ている。

私と友人になりたいなんて微塵も考えていないはずだ。

それにレイド・ノクターはアリスに恋をする。


挟まれるのは、私では無い。二人が挟み、取り合うのは絶対的ヒロイン、アリスだ。

何も婿入り先や、友人の座では無い。


早く、二人の弟狂い、主従ごっこ狂いを更生させ、

この歪んだ相互認識を補正しないと。双方には、真実の愛を見つけてもらいたい。

その為に、明日の体育祭も、その恋愛イベントも絶対成功させないと。


そう心に決めながら、私は雑巾を手に取ると、

得点ボード拭きを再開した。



●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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