表裏一体救世主
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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早朝、私は自室の机に向かい、箱と格闘していた。
驚異の盛況を見せた旗作りから、約一週間。
あれは一日限りだろうな、と思っていた放課後クラス旗制作は、
代わる代わるかなりの人数が集まり、皆、友好的に話しかけて来てくれている。
うっかり反転鏡の世界にワンダーランドしてしまった可能性を考えているものの、
目に見えた異変はクラスメイトたちが友好的に接してきてくることのみ。
そこで思い当たる可能性はただ一つ。レイド・ノクターが何かした可能性だ。
「僕は何もしてないよ」と言葉では言っているが、クラスメイトを先導してくれたに違いない。
本当に感謝している。が、それと同時に彼が「こいつ気に入らねえな」と思えば、
私なんて簡単に消されるのだと実感し、恐怖もある。
ザルドくん関連の地雷に関してより一層気をつけないと、絶対潰されるし消される。
戸籍単位で存在を無かったことにされそうで怖い。
ということで、現在、旗作りや委員会の仕事で後回しにし続けていた、
体育祭のイベント、及び細工に着手しているのだ。
今回、何も私は体育祭の成功の為に委員になったのではなく、
レイド・ノクター及びエリクとアリスの仲を進展させる為に実行委員の手伝いに参加したのだ。
本来の目的の達成の為にそろそろ勤めないと本当にまずい。
体育祭の競技で、いい感じにアリスと接触する機会を作り、疑似イベントを作り出し、
関係を進展させないと逃げられなくなる。
その為の疑似イベントの案のネタは、既に考えてある。
確か前世時代、妹が読んでいた少女漫画で、借り物競走で「大切なひと」を指定された男子生徒が、
意中の女子生徒を抱きかかえ運ぶシーンがあった。
妹はその漫画をつまらないと売り払っていたが、
その漫画には確か実写化しました、という帯がついていた。
実写化したということは、一定の人気がある。
そして人気があるということは、多分いいシナリオのはずだ。
このシナリオを、そっくりそのまま流用する。
借り物競走のお題に、アリスが選ばれるよう細工する。
それにレイド・ノクターやエリクの筋力が足りなかったとて、
手くらいは握るだろう。
さり気ない接触をするといいと恋愛指南書に書いてあったし、
絶好の機会である。
こうなるとレイド・ノクターとエリクを借り物競走の選手に仕立てる問題が出てくるが、
レイド・ノクターは足が速い為、徒競走にしていた。
しかし人数の関係で、
一人二種目走競技をこなさなければいけない人間が男子で一名出た為、
「クラスで一番足が速いので、二つお願いしてもいいですか」
と借り物競走も頼んでいたのだ。本当に良かった。
そしてエリクも、何かする前に最初から借り物競走であった。奇跡である。
さらになんとこの二人、一年、二年のそれぞれの最終滑走だった。
これは、どう考えても神の采配である。
私に「デッドエンド回避の為に細工しな」とお告げをしているに違いない。
借り物競走で、エリクにアリスと一緒にゴールしてもらい、
ついでに主従ごっこ狂いも終わってもらう。
競技ひとつでささやかかもしれないが、
正直大きいことを起こそうとして失敗して地獄を見て、
後に悪影響が出ました、なんてことは絶対に避けたいし、
ささやかに、ちょっとしたことから始める。
目指すは、日進月歩。でも出来れば夏の終わりには劇的に変化してほしい。
後の問題は細工だ。
お題の紙を、アリスの特徴のみに絞る、という手段が最も手軽だが、
そんなことをしてしまえば不正はすぐに疑われる。借り物競走では無くてアリス競争になる。
全学年の借り物参加者が、アリスを求める。狂気の沙汰だ。
いくらこの世界の絶対的ヒロインアリスもトラウマになる。
それに前走者にアリスを連れていかれ、いざエリクの番になりアリス不在のままにでもなれば、
計画が水の泡。
箱自体に何かするという選択肢しかない。
借り物競走時、不正が無いように委員が借り物のお題箱の前に立つ。
勿論周囲に見られている為、そこでは目立った行動は出来ない。
一枚少なく入れて、後から継ぎ足し、なんてしたら一発でばれる。
よって、あらかじめ、箱の中にアリス指定……もといアリスカードを入れておいて、
レイド・ノクターやエリクの番が回ってきた時に現れるような仕組みを考えなければいけないのだ。
二重底を作り、最下層にアリスカードを仕込む、というところまで考えたのはいいものの、
引き抜いた厚紙をどうするか、箱を処分する時解体され構造を知られたら死ぬ。
というところで悩み、今に至っている。
机には、生産と改造を繰り返され続けた無数の箱と、アリスカード。
……さて、どうすべきか。
もう、体育祭員が配るようにしてほしい。
深いため息をつくと同時に、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします、ミスティア様、朝食のご用意が……ミスティア様?」
メロが部屋に入ってきて、箱を抱え考え込む私を心配そうに見つめた。
明らかに、現在私が詰んでいる状況を察知してくれている。
誤魔化さず、メロに助力を求めよう。
「あのさ、メロ、全然勉強とは関係ないことなんだけど」
「何なりとお申し付けください」
「例えば、メロが、特定の人間にだけ、特定のカードを引かせたい時、どうする?
ちなみにその特定の人が、カードを引くのは最後で……」
構造を考えやすくするため、断面が見える箱もどきを差し出すと、
メロは、箱を受け取るとすぐに一本の刺繍糸をポケットから取り出し、
二つに折った、折れた方を下にし、箱の側面に糊と紙で糸をとめはじめる。
そしてアリスカードを糸と側面で挟んだ。
「こうして、カードを側面に貼りつけるよう糸を折り返して、接着し、
側面に穴をあけ端の二本を外に出し、時期が来た時に糸を引き抜けば……」
メロが糸を引き抜いた瞬間、側面に固定されていたアリスカードが、支えを失い、落ちた。
「糸を箱の底面、もしくは外装に擬態させ、長さを調節すれば、
第三者に認知されることはまずないかと思われます。いかがでしょうか」
淡々とメロが説明するのを、興奮しながら聞く。
すごい。手品みたいだ。これなら絶対ばれない。
こうすれば二重底なんて作らなくていいし、糸なんて遠目から見えない。
持っていたとしても、何かのほつれ程度にしか思われないし、
箱が回収され、中を覗かれても小さな穴なら分からない。
っていうかめちゃくちゃ早い。
考えてから実行に至るまでの速度が尋常じゃなかった。
爆速だった。
「メロ天才だよ、すごいよ! これで絶対大丈夫だよ!
ありがとうメロ!」
「ミスティア様のお役に立てることが出来、光栄です」
メロは嬉しそうに顔を綻ばせてくれる。天使だ。
後光がさして見える。
メロ、頭がいいし、気が付くし、天使だし、本当に最高の侍女だと思う。
最高の侍女のおかげで、借り物の細工問題はひとまず解決だ。
これで借り物でレイド・ノクターとエリクにアリスを連れて行ってもらい、
ささっとゴールしてささっと進展してもらえればささっと完璧である。
何としてでもレイド・ノクターとエリクをアリスと進展させ、
恋の力で更生してもらわなければ。彼らの人生が狂ってしまう。
そして、更生後すぐ私は休学する。
書類が無い為留学が出来ず留年という形になることは確実だが、
死罪、投獄、一家使用人離散友人の悪評の重さを考えれば痛くない。
静養する名目で避難し、レイド・ノクターからの
「申し訳ないけど好きな人が出来たから婚約解消したい」みたいな内容の手紙を待てばいい。
留学ならまだしも、「婚約者の静養中に好きな人を作ってしまった」という己の心を、
正義の化身レイド・ノクターが許せるのかという不安は残るが、
こちらから頃合いを見計らって「静養中に気になる人が出来ました」
という内容の手紙を送っておけば、
「まあ、お互い名ばかりの婚約だしね、仕方ないよね、元は親同士の決めたことだし」
と自然な流れで円満に解消できるはず。いける。
「よし、朝食食べに行こう!」
私は、未来への明るい希望を胸に抱きながら、細工した箱を片付けた。
それから、朝食をとり、支度をして出発。
学校に到着し、トイレに出たり入ったり、授業をこなし、
教室から立ち去ったり立ち去らなかったり、
レイド・ノクターやアリスを警戒することを繰り返し、ようやく放課後。
旗作りの時間である。
……それにしても今日は疲れた。身体も疲れているし、精神的にも疲れている。
この疲労の原因は、今日の一限と二限をたっぷりと使った、
全クラス体育祭の予行練習のせいだ。
予行練習、つまり体育祭の本番の練習だ。
練習と言えど本番ということで、走競技などでは勿論フルで走ることを求められる。
「ここで入場します、退場はこうです、あそこ走るんですよー」では終わらない。
本番と同じように集合、入場、競技を行い、退場するのだ。
その為障害物競走では、競技に使う道具をしっかりと準備し、設置した。
そして自分の参加しない競技も体験する、という授業方針の元、
徒競走と借り物競走も体験した。
私自身、走ること自体は構わなかった。
徒競走は公開処刑だが、それは仕方ないから諦めるとして、
借り物競走はお題を探すほうが多い競技。
徒競走は普通に予定通りの公開処刑を受け、予想通りの結果であったが、
借り物競走は本当に地獄であった。
最下位になったわけでも、競技中転倒した訳でも無い。問題は、引いたお題。
私が引いたお題は、まさかの「自分のクラスの学級長」だったのだ。
借りるのが気まずいようなものでは無く、人。
すぐ連れてくることが出来る、人だ。
いわゆるサービス問題ならぬサービスお題だと思うが、
私にとっては地獄サービスである。
レイド・ノクターを連れゴールまで走る最中、
視界の端に満面の笑みを浮かべるクラウスを見た。
一瞬「お前か」と思ったが、箱を引く時特に不審な点は見られなかったし、
私の運が絶望的に悪いだけだろう。まさしく修羅の道だった。
……まあ、工作の予行練習の礎にはなった。
家に帰ったら、ばれないように糸を引くコツをメロに教わり、細工を完成させる。
こんな地獄とはもうお別れだ。
旗を完成させるべく、クラスメイトと水入れに水を汲みつつ、何となく周囲を見渡すと、
どこのクラスも旗作りの為水を汲んだり、筆や絵皿を洗っている。
今日は旗作り最終日、明日、委員会に提出しなければならないのだ、
どこのクラスも佳境だ。
こっちも大変だが、皆も大変だ、ぼんやり眺めつつ水を汲んでいると、
隣に居たクラスメイトが「あっ」と声をあげた。
「ミスティア様、大変です!」
クラスメイトが指を差す方向、というか私の手元を確認すると、
紙片ががふよふよと水入れの中を水流に合わせ漂っている。
つまみ上げて、確認すると、体育祭の観覧招待用チケットだった。
貴族が集う学校、ということで「地域の皆さんどうぞ」と開放は出来ない。
保護者であっても、保護者と偽り部外者が入ってこないよう、
観覧招待用のチケットが配布されるのだ。
チケットは生徒一人につき一枚配布され、近親者、または使用人を三人まで招待できるのだと、
朝ジェシー先生が説明し、一人一枚配った、チケット。
私はチケットで、両親とメロを招待する予定であったのだ、が。
それが、観覧招待用チケットが、今まさに、ずぶ濡れになっている。
「あの……これ、もしや、私から出て来てたものですか」
「ええ、何かハンカチを落としたのかしらと見たら、それで……」
恐る恐るクラスメイトに尋ねると、彼女は複雑そうな表情で肯定する。
ならば、間違いなく私のチケットだ。
何でこんなところに出て来てしまったのか、
朝は、確かにしまっていたはずだが……。
でもまあ乾かせばいいし、と考え、はっとした。
このインク、水性である。
ふわふわと、まるで留学書類が死んだときと同じように重力に沿い、インクが流れていく。
この世の終わりを実感するのも束の間、
ぱたぱたと後ろからこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。
「ミスティア嬢大変だ! 塗料が無い」
「え?」
顔色を真っ青にしたクラスメイトが、教室に戻るよう促してくる。
何だこれは、大変が重なりすぎている。
塗料缶を使い切ったとか、ぶちまけてしまった、
見つからない、と言う事だろうか。
死んだチケットを折り畳んで回収し、
呼ばれるまま教室に急行すると、教室は、
中央を囲むようにしてクラスメイトが集まり、騒然としていた。
「塗料缶が無いって、どういう……」
中央に向かいながら言いかけ、停止する。
その中央には、確かに塗料缶があった。床にぶちまけられてもいない。
クラス旗もしっかりある。
しかし、その隣にある、蓋が開いた塗料缶の中身は、塗料が一切無く、
まるで最初からそうであったかのように、空のまま置かれていた。
とりあえず、近くにいるレイド・ノクターに訳を聞く。
「あの、これは、一体」
「皆で塗ろうと、開いたら、こうなっていたんだ」
「使い切った、ってことでは、無いですよね……」
「ああ」
昨日、塗料缶を閉じる際、使い切った、なんて話は出なかったし、
そもそも無くなったら困ると、無駄遣いはしないようにしてきた。無くなるはずが無いのだ。
……何かが起きたことは確かだが、まず今は調達に考えを巡らせなければ。
「他のクラスから分けてもらうのは」
「さっき掛け合ったんだけど、何処も駄目だったよ」
レイド・ノクターが首を横にふる。
塗料缶に関しては、委員会室で受け取る時、クラスでしっかり配当分が決まり、
予算はあっても注文するのが大変だから、大切に使って、と念を押されていた。
当然の対応ではある。
「塗料、美術室にあるんじゃないかな」
「でも、旗作りには協力しないって美術部表明していなかった?
備品が無くなるから、って」
「今日はその張り紙無かったかもしれない、見ていないよ」
クラスの雰囲気が、これ以上ないくらいざわついている。
実行委員として、この場の空気を何とかしなければ。
「では、私は、白い塗料を探しに、美術室、委員室と総当たりして来ますので、
他の方は、全員、白色以外の箇所の作業をお願いします」
とりあえず、あたかも「平気ですよ、何とかしますよ」という顔を作り、
教室から出て、扉を閉める。
……まずい、これはまずい。
大変なんてレベルじゃない。大惨事だ。
皆が集まって作業をしてくれたのに、白い部分だけ未完成です、なんてそんなことあってたまるか。
とりあえず、駄目元で一度別棟の美術室に行って、その後委員会室に掛け合おう。
それかもういっそ、街に出る……? 街に出た方が速いか?
しかし、全く同じ塗料を探すとなると、時間がどれだけかかるか分からない。
学校で配られた塗料缶は、一般的なものなのか?
今後の方針を考えつつ渡り廊下を駆けぬけ、角を曲がると、
突然目の前に何者かの足元が現れたことに驚き停止する。
いや何者でもない、人だ。
ぎりぎりのところで停止した為ぶつかりはしなかったが、
危うく衝突し相手にけがをさせてしまうところだった。
「ご、ごめんなさい、怪我はありませんか?」
謝り相手の様子を確認すると、アリーさんがびっくりしたように口を開けていた。
「アリーさん、ごめんなさい! 大丈夫ですか?
怪我していませんか?」
「ああ、僕は大丈夫です。すみません、僕も急いでて、
ミスティアさんこそ、お怪我は?」
「私も大丈夫です、本当すみません、アリーさんに怪我無くて良かったです……」
アリーさんの手には、箱がある。
何かを運んでくる途中のようだ。本当にぶつからなくて良かった。
ぶつかっていたら、
怪我をさせるだけじゃなく、箱の中のものをどうにかしてしまっていたかもしれない。
安堵していると、アリーさんが首を傾げた。
「……何があったのですか?
急いでるようでしたけど……」
「……ちょっと事故が起きて、塗料を探しに行く途中で」
「塗料? クラス旗のですか?」
「はい、中身だけ無くなってて……、
このままだと完成が危うくて」
そう説明すると、アリーさんがそれなら、と手に持っていた箱を徐に開ける。
「良ければこれを使ってください」
アリーさんが開いた箱の中には、塗料の缶があった。
それも、配布された全色の、塗料缶が。
「これは……?」
「丁度余った塗料の処分の為に、運んでいたところなんですよ、
そういうことならこれを使ってください」
「い、いいんですか?」
「勿論です! 処分をする前にミスティアさんに会えてよかったです。
沢山あるのに、勿体ないなあと思っていたんです、でも、
用途が無くて……使ってもらえて嬉しいです」
全色、まさか手に入るとは。
驚きつつ、箱を眺めていると、アリーさんが箱を床に置いた。
「……あ! あとこれを! お渡ししたいと思っていて……」
アリーさんはポケットから一枚の紙を取り出し、私に差し出す。
「これは……」
紙は、間違いなく、体育祭の観覧招待チケットであった。
「あのー、ですね、僕、連れて行きたいと思う相手もいないどころか、
当日参加しないんですよ
だから、ミスティアさんにお渡ししようと持っていて
……良ければ一緒に受け取ってください」
救世主がいる。間違いなく、救世主だ。
アリーさんベストタイミングすぎる。何だろう、神の采配か?
最早アリーさん、神様なのでは?
「ありがとうございます!
実は、これ、駄目にしてしまっていて……ありがとうございます、頂きます」
「そうなんですか? それは丁度良かった、
こちらこそ、貰ってくださってありがとうございます」
「いや、本当、何から何まで、助けて頂いて、ありがとうございます
本当……困ってて……」
アリーさんが居なかったら、今頃どうなっていたことか。
塗料問題が、教室から出てこんなすぐに解決するとは。
それにチケットまで。感謝してもしきれない。
「当日は行けませんが、僕、ミスティアさんの事応援してます、ずっと」
アリーさんは、柔らかに笑う。目は、前髪に隠れて見えないけれど、
この笑顔をみていると、不思議と落ち着くし、元気が出てくる。
「ありがとうございます、頑張ります!」
「……では、僕はこれで」
「本当にありがとうございました! 失礼します」
お礼を言ってチケットと塗料を受け取り、再度アリーさんに礼をしてから、
私は教室へと引き返す為、駆けだした。
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