怪奇現象
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「では、お願いします」
放課後、鐘が鳴った瞬間に、
逃がさんぞ、という気持ちを込め、ロベルト・ワイズの前に立つと、
彼は神妙な面持ちで「あ……ああ」と返事をし立ち上がった。
これから楽しいクラス旗の画材運びだ。
赤、黄、青、白、黒、茶色の塗料もといペンキ缶と筆、水入れ、絵皿が用意されているらしい。
塗料に関して他の色は、
色の三原則に従い作れ、ということだろう。おそらく茶色は慈悲だ。
とりあえず黒板に
「画材を持ってくるので、クラス旗作成を手伝ってくれる方は教室に待機でお願いします」
と書き残し、ロベルト・ワイズと塗料を委員会室から取ってくるべく教室を出る。
これで帰ってて誰も居なかったら、ロベルト・ワイズに頼み込んで手伝ってもらう。
共に委員会室に向かうと、ロベルト・ワイズは、
クラスに割り振られた六種類の塗料缶を全て手に取った。
「俺が全部持つ、君は、筆と絵皿を頼む」
「いえ、事故が起きたら大変なので半分ずつでお願いします」
比率が違いすぎる。ロベルト・ワイズだけ拷問しているみたいだ。
うっかり階段から、とか、足元が濡れてたとかで転んだら、ペンキ缶六つ分の大惨事が起きてしまう。
二人で半分にすれば、最悪転んでも三つ分の大惨事で済む。被害は少なければ少ない方がいい。
「塗料缶も、画材も二人でしっかり分割して持っていきましょう」
「……では、せめて四つは、俺が持つ」
「お願いします」
どうやら、折れる気はない様だ。そのままお願いして委員会室を後にする。
教室に戻るべく、廊下を歩きながらロベルト・ワイズの様子を窺うと、
彼は、しゃきしゃきと、規則正しく歩いている。
死んだような顔色、というわけでもない。本来のロベルト・ワイズという感じだ。
学校辞めなくて良かった。まだ油断は出来ないけれど。危ういところだった。
……ふと、ロベルト・ワイズの恋愛シナリオは、どんなものがあっただろかと思い返す。
ロベルト・ワイズのシナリオは、確か結構穏やか……というには語弊があるものの、
レイドルートの様に、ミスティアという悪性により命の危機に揺るがされたりすることはないし、
エリクに心を弄ばれたりしない。
ジェシー先生と禁断の恋に身を焦がしたりもしない。
ミスティアに崖から落とされたり、エリクに体当たりでぶつかったり、
校長に呼び出されて教師との関係を追及されたりはせず、命や精神、立場の危機に、アリスは陥らない。
この恋に身を投じていいものか、いけないものかと双方悩み、葛藤するのがメインだった。
他者のシナリオが波乱万丈すぎることで、プレイヤーから休憩扱いされる不憫なキャラクター、
だった気がする。確かレビューサイトには、
「ミスティアにさえ目を瞑れば、
序盤王子キラキラを浴びせられ、進行が深まるとめちゃくちゃお姫様扱いしてくれるレイド・ノクター。
白馬の王子様に迎えに来てもらいたいという願望がある人間にとっては、夢そのもの。
めちゃくちゃ弄んでその気にさせて捨ててくる体験型アトラクションエリク・ハイム。
捨てられる結末が見えているのに惹かれてしまう、と犠牲者が後を絶たない。
鋭い眼差しを持ちながら、ただ口下手。しかし想いが通じ合うと一生懸命自分の想いを伝えようとする、
ジェシー先生。可愛い。恋人としてじゃなくもういっそ出資したい。
でも彼の場合、主人公を見下し、平民に対し差別意識を持つ序盤から、徐々に打ち解けても、
主人公に当たりが強いまま。制作者がツンデレを理解してないのかな?
レイドの真面目さ、ジェシーのクールキャラ路線と色々被ってるし、
最後に残しておくと拍子抜けするかも」
などと書かれていた。酷い言われようである。
ロベルト・ワイズの生真面目すぎて不器用な人柄は好きだったし、
クリア後、このゲームを乙女ゲームプレイヤーがどう感じているか気になり調べ、
これが出た時には、かなり複雑な心境だった。
……?
ここまでは思い出せるのに、実際のロベルト・ワイズの具体的なイベントが全く思い出せない。
学校主催の舞踏会でドレスを贈って主人公と踊る……といった各ルート共通イベントは思い出せるが、
ロベルト・ワイズ専用のイベントが思い出せない。
でも、アリスはどのルートでも委員会には所属していないし、
体育祭関連のイベントは無いから、大丈夫だろうか。
「お、い」
「はい?」
ずっと無言で歩いていたロベルト・ワイズが、ふと足を止め、前を見る。
視線の方向を辿ると、遠方に、エリクが居た。背中しか見えないが、あの後ろ姿は間違いなくエリクだ。
エリクが、人と会話をしている。
相手は楽しそうにしている。こちらに来る時は基本一人だから、
実はあまり馴染めていないのかと思ったけれど、しっかり馴染んでいる。
「俺が全て運ぶから、話しに行って、いい」
「ああ、別に大丈夫ですよ」
ロベルト・ワイズは気を遣ってくれているのだろう。
でも、近くに行って挨拶をする距離でも無いし、それに人との会話に割って入るほど話すことも無い。
申し出を断るとロベルト・ワイズは驚く。
「いいのか? 俺が全て運ぶから、話してきても……」
「いやいや、大丈夫ですよ、あちらもお話ししていますし、さ、運びましょう!」
そのまま進み、角を曲がろうとした瞬間、ぐい、と身体が意思とは逆らい後ろに引かれる。
転ぶ、と反射的に踏みとどまろうとするが、背中にどん、と何か温かいもの……、
これは人だ、人の身体とぶつかった。
「ご主人、何で睨んでたそいつと一緒にいるの?」
上から声が降ってくる。間違いなく、エリクの声だ。
体勢を立て直し振り返ると、エリクがロベルト・ワイズを睨んでいる。
ロベルト・ワイズは「ごしゅじん……?」と訳の分からない、といった顔をしている。まずい。
エリクが一年生をご主人と呼ぶと悪評が立ってしまう。
「い! 今は体育委員の塗料運びで……、あと、前のことは、双方誤解がありまして、
もう解消されたので何の問題もないですよ!」
「ふーん?」
エリクは値踏みするような目でロベルト・ワイズを見た後、納得したのかこちらに顔を向け、
私の持っている塗料に視線を移す。
「旗作りどう? 僕手伝おっか?」
「いえ、大丈夫ですよ、それにクラス別ですし、
お気持ちは嬉しいです。ありがとうございます」
「そう?」
申し出はありがたいし、受けてしまいたいが、これは学年クラス別の責務だ。
学年の違うエリクに手伝ってもらう訳にはいかない。
「僕もクラス旗、作らなきゃなあ、じゃあね、また明日」
「はい、また明日」
エリクはぽん、と私の肩に触れ、去っていく。
この間のような、様子のおかしさは無いけど、どこか違う気がする。
何かあったなら力になりたいけど、不用意に近づいてイベントを阻害し、
エリクの人生を狂わせてはいけないし、
将来的に手に入れるエリクの幸せを壊してはいけない。
アリスとイベントが進展した変化、というわけでもなさそうだ。
エリクとアリスとの仲が進展すれば、アリスが何とか助けになってくれるだろうか。
……とりあえず、ペンキ缶を運ばねばと一歩進もうとすると、
隣にいたロベルト・ワイズが持っていた塗料缶を落としかけ、ぎりぎりで掴む。
「……悪い」
「いえ、あのやっぱり四つ厳しいのでは」
「少し考え事をしていただけだ、すまない、行こう」
落としかけた塗料缶をしっかりと握り、ロベルト・ワイズは教室に歩みを進める。
自意識過剰かもしれないが、退学のことだろうか。
「あの、退学について考えている、とかではないですよね?」
「その件についてではない、本当に何でもないことだ」
ロベルト・ワイズは、心ここにあらずという顔をしている。
本当に退学のことじゃない……? と半ば疑いながら観察していると、
ロベルト・ワイズは思い出したようにこちらに振り向いた。
「……君はどうして、妹がいることを知っていたんだ?」
それは、ゲームで、と思い、停止する。
そうだ、「妹さんも困るよ」みたいに説得したが、
ロベルト・ワイズとの会話は、「最低だな」「どういう意味ですか」くらいしかしていない。
「俺妹が居るんだ」「へえ!いいですねえ!」みたいな親しげな世間話身の上話をする間柄では無い。
これでうっかり変な反応をして、少女に異常な執着を持つ人間だと認識され、
レイド・ノクターの弟狂い病のようにロベルト・ワイズを妹狂いにしてはならない。
「茶会で、ちょっと、聞いて? と、言いましょうか、ははは。
あの家には妹がいる、あの家には弟がいる、などの全体的な家の広義的な、
兄弟姉妹の人数の話を偶然……」
何かもう、プレゼントを配るサンタクロースとか、地域町内会の運営の会話のようだが、
実際茶会では何も聞いていない。私の虚偽申告で不必要に気苦労をかけさせるわけにもいかない。
「なので、断じて、それ以外の他意はないと言うか、
調べ上げたとかそういったことでは無いです。すみません、不安にさせてしまって」
「いや、そう、なんだな」
ロベルト・ワイズは頷いているが、どういう意図の「そうなんだな」かさっぱり分からない。
終始気まずさを抱え誤魔化しながら歩いていると、教室に到着する。
一人とか、二人くらいはいてくれるといいな……と祈りつつ扉を開く。
「ほ……?」
目の前に広がる光景を見て、間抜けな声が出た。
意味が分からない。学級裁判か、幻想か、
もしくは、幻覚を見ていて、授業中なのにペンキを取りに行ってしまった?
このロベルト・ワイズは、もしや幻覚では……?
でないと、おかしい。この光景は、異常だ。
……何で、クラスにこんなにも人が、集まっている?
教室には、人、人、人。
ほぼクラス全員いるんじゃないかと思うほどのクラスメイト達がいる。
するとレイド・ノクターが、クラスメイトの集団の中から現れる。
「ああ、塗料運びお疲れ様、じゃあ、はじめようか、どんなふうに塗ればいい?」
停止した思考が、レイド・ノクターの言葉によって再起動する。
「えっと、完成図はこちらになります、教室の座席、廊下側列の方は、青色、
窓際列の方は赤色、中央列の方は黄色をお願いします。混色の色は後から塗ります
今から塗料と、絵皿、筆を配ります、それぞれ列になってください」
完成図を広げ、
ロベルト・ワイズに黄色の塗料缶、レイド・ノクターに赤色の塗料缶を渡し配ってもらうよう頼み、
私は青色の塗料を絵皿と筆と一緒に配っていくことにした。
並ぶようお願いし、順に配っていく。
並ぶ列には、アリスもいた。手伝いに来てくれているようだ。
塗料を配りながら、人でにぎわう教室を見渡す。
……この、集合状況。
もしや、きっとクラス集まらないだろうから、自分だけでも行かなきゃいけない、
という考えで集まり、このような結果になっているのでは。
朝の通夜の空気は間違いなく「絶対誰も来ないな」という雰囲気だった。
もし、私がクラスメイトの立場なら、物言いの腹立つクラスメイトといえど、
行かねばという使命感にかられる。
おそらく、そうして集まったクラスメイトたちが自分たち以外に参加者を見つけてもなお残留してくれていたのは、
レイド・ノクターが熱心に説得してくれたおかげだろう。
ありがとうレイド・ノクター。本当に、いつも無礼なことばかりしているのに。
絵皿を配り終え、レイド・ノクターに近付く。
「本当にありがとうございます」
「え?」
「クラスの招集を代わりにしてくださって、この御恩は、必ずお返しします。
実は本当にどうしようかと思ってまして」
お礼を言うと、レイド・ノクターは何言ってんだ?という態度を取る。
あれか、皆クラス旗の為に自主的に集まったから僕のおかげじゃない、という謙遜か。
「本当、助かりました、集めてくださり」
「違うよ、皆、ミスティアの為に自主的に集まったんだよ」
「いや、そういう慰めは不要ですよ、自分の立ち位置はしっかり、良く理解していますから」
流石にレイド・ノクターの優しい気遣いも、ここまで来ると酷だ。
自分の立ち位置はしっかり理解している。
「ああ! ミスティアは皆に、嫌われていると思っているの?」
レイド・ノクターがなるほど! とでも言いたげに「嫌われている」とはっきり発音する。
声が大きい。教室に響いている。
何でそんなこと言うの? もしかして、断罪イベントの一種か?
恐る恐る教室を見ると全員ぽかんとしている。
そうだよ、慈愛と正義と気遣いのレイド・ノクターが、
こんな空気読めない発言したら誰だってこんな顔になる。
「ミスティア様が嫌われている……?」
アリスが、きょとんとした顔をする。
やめてくれ、居た堪れない空気にしないでくれ。
「でも、皆も、ミスティアに軽蔑されたと思っているよね?」
「いや、そんな訳ないじゃないですか、あの、声大きいですし、
本当これ以上クラスから浮いて羽ばたく訳にはいかないんですよ」
「と、ミスティアは言っているけど」
レイド・ノクターが集団に問いかけると、集団がざわつき始めた。
「本当、ですか……?」
「軽蔑、していない……?」
「どういうこと……?」
え、何だこれ。
レイド・ノクターの発言でこうなっているのか、
さっぱり分からないほど、クラスが混沌としている。
「あの、これは一体」
「ミスティアと同じことを思っていたんだよ、皆は」
「は?」
「アリス嬢を、糾弾してしまった皆を、ミスティアは軽蔑していると、皆は考えた。
ミスティアは、自分の言い方が良くなかったから、良く思われていない、と考えたってこと」
レイド・ノクターが大きな声で話すと、クラスメイトから緊迫とした空気が消える。
は? 軽蔑?
確かに、アリスを糾弾したことは良くないが、憤るのはアリスの正当な権利だ。
それに、ある日突然、予想だにしていないことが起きて混乱する気持ちも分かる。
その状況で、ドヤ顔で物を言ったことが気に障ったの……ではないの……か?
「怒っていないのですか?」
「怒っていない……」
「ミスティア嬢は、俺達が、ミスティア嬢を嫌っていると思っているのですか」
「え、はい」
「教室にあまりいらっしゃらないのは、私達の顔が見たくないからですか?」
「え! いや、そ、そんなことは、絶対に無いです、あの、個人的な、理由があってのことです!」
クラスメイトの問いかけに答えると、どんどん教室の空気が柔らかくなっていき、
穏やかなものになっていく。少なくとも、通夜では無い。
というか、あれか。教室にいないから、「何だこいつ」じゃなくて、
人嫌いか何かだと思われていたのか。確かに人嫌いだと思っている人間が前に立てば緊迫する。
そういうことか。
「そうだったんだ、ミスティア嬢、思ってた通りの方だったんだ」
「あはは、良かったあ」
「よし、旗作り頑張りますか!」
クラスメイト達は、各自納得したように、自分の持ち場につきはじめていく。
え、思ってた通りの人って何?
どういうことだ? 周囲は緊迫とした通夜の空気ではなく、
団らんとした空気に包まれている。これは一体なんだ?
「あの、良ければここ、一緒に塗りませんか?」
呆然と立つ私に、クラスメイトの一人が声をかけて来てくれる。
「あの私、この間ミスティアさんにノートを運ぶの手伝ってもらったのです
その節はありがとうございます」
「ああ、どうも」
促されるまま、筆をとると、隣にいた男子生徒が、こちらを向く。
「俺はこの間、道を教えて貰ったんだ、ありがとう」
「あ、そうなんですか」
「実はずっと話をしてみたくて、いいかな?」
「え、ああ、私で、良ければ」
頷くと、楽しそうに男子生徒は笑う。何だこれ。
「あ、ずるい! ミスティアさん、私もこの間落とし物を拾って頂いて」
「私はこの間黒板掃除手伝ってもらったんです、あの時は……」
嬉々としたクラスメイト達から矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。
? 何だこれ。理解が出来ない。もう「あっ」しか言えない。
いや、道は教えたし、ノートも運んだけれど、
こんなに友好的に接される理由は、一体。
何か、変な虚像とか、集団幻想が見えている気がしてならない。
ずっと圧迫した空気を作り出したせいで、違うものが見えているのでは?
もしかして、架空の私が見えている?
身を引くと、いつの間にか真後ろにレイド・ノクターがいた。
全知全能のレイド・ノクターに聞くしかない。この混沌を何とかしてもらうしかない。
「あの、これ、どういうことですか、どういう状況ですか?」
「皆、ミスティアと仲良くなりたいんだよ」
「何故」
そう言うとレイド・ノクターは困ったように笑い、作業を開始する。
いや待って、勝手に解決したことにしないでほしい。
クラスメイト達は、何故か吹っ切れたように話しかけてくる。
私は何が起きているか、完全に把握できないまま、
呆然とクラスメイトの言葉に返答し作業をした。
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