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令嬢のいない屋敷

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


御嬢様が、春から貴族学校に通っている。

どこの馬の骨かも分からない貴族の子息に目をつけられでもしないか不安だ。

御嬢様の口から出てくる人の名は今のところ担任教師だけ、

そして学校は国内にあることくらいしか安心できる要素が無い。


勿論、不安を抱えているのは俺だけじゃない。

料理長は情緒不安定だし、掃除婦は喪に服す領域に達しているし、

庭師は静かにしているが、何かしら実験を繰り返し最早近づけない。肥料にされかねない。

専属侍女も淡々としているが、何を考えているのかさっぱり分からない。


だから、御嬢様の学校が休みの日というのは、安心と安全の日だ。

そんな休日が連続する連休は、御嬢様の祝い日と言っても過言では無い。


そんな連休の折り返し地点である今日、御嬢様が屋敷を出て、街へ向かった。

御嬢様が屋敷の外に出るという行為は、御嬢様の身を危険に晒すということ。

御嬢様が、外の人間に姿を見られ、そして声を聞かれるということ。


先週、御嬢様が街へ出かける話を聞いてから、使用人たちは一変した。

料理長の作るまかないが全て叩き潰しすぎた食材を使ったスープやペーストになり、

掃除婦たちは清掃を何周も何周もし、

庭師は御嬢様が行きそうな店の従業員の素性を調べ上げるなど、

屋敷の使用人たちは荒れに荒れた。

唯一心穏やかにしていたのは、同行出来る専属侍女と御者のみ。


日々、俺たち使用人は、屋敷を快適にすることで、

御嬢様が自主的に屋敷に留まるよう、外に出ない空間を作り上げている。

それは皆、屋敷の中に、俺たちの仕事があるからだ。


しかし御者のソルだけは、御嬢様の通学の馬車と護衛を担っている為、

学校付近で待機することが仕事、屋敷の「外」に仕事がある。

俺達と違い、御嬢様が学校で何かあった時、

最も早く駆けつけられるし、外へ出ても傍に在れるのだ。

羨ましい。


……御嬢様も、まだまだ若い。


外に出ることだって必要なことではある。

それは理解しているのだ。

今日、御嬢様が街に出た理由が、

他ならぬ俺たちの為だと言うことも、知っている。


でも、自衛用品を揃えるより、屋敷の中にずっとずっと居てください。

屋敷の外は危ないですよ。

そんな風にも、思ってしまうのだ。


本日七回目の執事室書類整理をしながら、ため息を吐き、

御嬢様は帰ってきていないだろうかと窓の外の景色を眺める。

すると、何やら門の近くで庭師と門番が、大きな麻袋を抱えて歩いている。

肥料か何かが届いたのかと見ていると、

袋から手のようなものが見えた。


「嘘だろ……っ!?」


反射的に部屋を飛び出し、門に急行すると、庭師が気怠げな瞳をこちらに向けた。


「こんにちは、どうされましたか?」


「どうしたもこうしたもねーよ、何だよその袋、人だろ!?」


「ああ、そうですね、広義的にいえば、人の定義にはあてはまりますね」


駆けて来た勢いのまま問い詰めると、庭師は落ち着き払った様子で肯定する。


「いや、誰だよ、どうしたんだよそいつ」


「門番から、屋敷を伺う怪しい人間がいると連絡が来まして、

 様子を見ていたら侵入しようとしたので、俺が捕まえたんですよ。

 恰好からして、恐らく物盗りだと思います、中見ます?」


「いや、待ておかしいだろ! 何でお前に連絡が行くんだよ!

 普通こっちに連絡が来るだろうが!」


「いいえ? 雑草は大抵庭を通りますからね、庭は俺の管轄ですし。

 ……で、どうします? これの処分」


「とりあえず、執事長に言って、警察隊にー……」


庭師は仕方が無いから意見を聞いてやる、というような語り口で、麻袋を軽く蹴る。

とりあえず警察隊に引き渡すことを提案しようとすると、それを遮るよう後ろから声がかかる。


「焼却炉だな、御嬢様は街に居る、今始末しておけば目に入らず済むだろ」


料理長が、普段とは全く異なる冷たい声色で話す。

くそ、事態がややこしくなってきた。


「そうよ、屋敷に侵入者がいた、なんて言ったら御嬢様が心配しちまうし、

 それに泥棒で、後ろ暗いことやってたんだろ? いなくなっても分かりゃしないよ」


何かしらの異変を察知してやってきたのは料理長だけじゃない、

掃除婦長までいる。


「俺もそう思います。役立たずに引き渡すより、

 このまま燃やして、何も無かったことにするほうが早い。

 ……またこの屋敷に侵入し、御嬢様の前に姿を現すかもしれませんし

 それに、貴方も知っているでしょう? 最近この近辺に不審者が出ている話」


「いや、事を荒げようとするなって」


俺が説明している間にも、料理長が庭師の掴んでいる麻袋に近付く。


「生きてんのか、これ」

「ええ、生け捕りです、ただ薬品を嗅がせて昏倒させただけです」

「ならいいけどよ……」

「今日は御者が居なくて、命拾いしましたね、これも」


そう言って庭師が麻袋を軽く蹴る。

確かに、御者だったら、下手をすれば半殺し状態でご対面だった。

奴は専属侍女と同じく、御嬢様以外と会話をしようとしないし、愛想も無く無表情。

冷静……というより何も考えていないようにも見えるが、その内面は、酷く凶暴だ。

街で御嬢様に心無い言葉を投げかけた男を相手が虫の息に達するまで殴り続けていたこともあった。

強さを見込まれて、御者兼護衛という職についているし、

強い分だけ御嬢様の安全が確立されるから、悪いことではない。

それにそういった凶暴な面を御嬢様には絶対見せない為、俺は奴に対しとやかく言う気もないが、

話すのが苦手という体で御嬢様の近くに存在する狡猾さも持ち合わせている為、いまいち信用できない。

御嬢様を守る存在として信頼は出来るが、気を抜いたら間違いなく消される。


「これ、突然暴れだしたりしないのかい?」

「一応暴れないように骨でも折っとくか?」

「いえ、既に関節を外したので大丈夫ですよ」


掃除婦長と料理長の質問に、庭師は落ち着いて答える。

嫌、駄目だ、庭師駄目だ。やり方がえげつない、頭が痛くなってきた。


「あ! じゃあ、焼却が駄目ならお前がちまちま作ってる植物の研究の材料にしろよ!」

「別に構いませんけど」

「いや、だから殺さない方向でー……」


庭師と料理長が勝手に話を進めていくのを、慌てて止める。

すると掃除婦長が俺に問いかけた。


「穏便も何も、これは屋敷に入ってたかもしれない奴なんだよ、

 御嬢様とたまたま会ってても、あんたはそんなこと言えるのかい?」


「いや、そうしたらもう殺してますけど、

 でも今は、御嬢様に害は無いじゃないですか」


もしも御嬢様に出会い、害を加えていたなら殺している。

でも、今は御嬢様は街に居る。会っていないのだ。

だからわざわざ手を汚す必要なんて無い。

この場を、この事態をどう収束させるか頭を抱えていると、

執事長がゆっくりとこちらに歩いてきた。


「待ちなさい、君たち、その麻袋から離れて」


執事長の言葉に、あれだけ殺意を発していた使用人達が、

口を閉じ耳を傾け、言う通りに麻袋から離れる。


俺が執事長に状況を説明しようとすると、執事長はそれを制した。


「説明はいらない。訳は聞いている。この麻袋は、私が預かろう、

 私が責任を持って、しかるべきところに引き渡す

 ……罪というものは、生きて償わなければいけないからね」


執事長は、俺に目で合図する。

運べ、ということだ。

どこかは分からないが、執事長についていけば分かるだろう。


「それに、御嬢様は望まないだろう?」


執事長の言葉に、使用人たちが徐々に落ち着きを取り戻し始めた。

助かった……執事長が来なかったら、完全に屋敷で血が流れていたことだろう。

これで麻袋に入ってる人間の身の安全も保障された。

麻袋を掴み、執事長の後を追うと、執事長はぼそりと呟いた。


「私は……望むけれどね」


冷たい声色に息をのみ立ち止まると、執事長はゆっくりと振り返り、笑う。


「ははは、冗談だよ、知人に引き渡すだけだ。

 長い付き合いでね、きっと役に立ってくれるはずだ」


そう言って笑う執事長だが、その目は全く笑っていない。

光を映していないのに、鋭く瞬いている、狂気と怒りの目。


ああ、きっとこの袋の中身は、殺されはしない。生きているだろう。

けれど、おそらく引き渡し先は真っ当な場所じゃないし、辿りつくのは牢獄ではなく地獄だ。


庭師も料理長も掃除婦長も御者も侍女も、

皆この屋敷の人間はいかれてる。

そして、表には出さないだけで、この目の前にいる執事長も、

相当いかれているということをすっかり忘れていた。


御嬢様は、俺たちを心配して自衛用品を求めに街に出たと言うが、

一番危ない奴らは、こうして今、屋敷の中にいる。


そのことに、御嬢様は全く気付いていない。


……やっぱり俺がしっかりしてないと駄目だな。



布袋の重みを感じながら、俺は執事長の後をついて行った。


●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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