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不安の防ぎ方 後編

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


この辺りは石畳だから躓くと危ないですよ、とメロに言われ、

転んだら危ないねえとほのぼのとした会話を繰り広げていると、

横からかかった声。


すごく嫌な予感がする。

錆び切った蛇口のようにぎぎぎ、と顔を上げるとそこに居たのはアリスだ。

開いた口がふさがらない。楽しい意味では無く、絶望的な意味で。


……何故アリスがここに?

幻覚? まぼろし? まやかし?

いや全部一緒だ。意味が分からない。


……忘れていただけでこれもイベントだろうか。

アリスが街へ買い物に行く時間と店を調べあげ、細かな嫌がらせをするミスティア、

アリスがどうすべきかと困っていると、そこに攻略対象が現れ……。

って感じのイベント……は無いはずだ。


レイド・ノクターと、アリスがお出かけしている所にミスティアが現れることはあっても、

街で買い物をしているアリスに突撃するミスティアのイベントは無かったはずだ。

それにノクター家は大型連休中、旅行に行くみたいな話を父がしていた。

レイド・ノクターはこの地域にすらいない。

恐る恐るアリスの右隣に視線を移すと、虚空だ。何も無い。

誰もいない。左隣は壁である。ということは、アリスは単独だ。


「……え、……ミスティア様?」

「……」

「あ、あの……私、」


何か言わなければ、何を言えば良い?

「私、あなたに危害を加えるつもりも無いですし、

 付き纏ってないですし追ってません!」とか突然言われたら確実に通報される。


こんにちは? おはよう?

何を言えば良いのか分からない。

というか、私はここで、アリスと出会っていい存在なのだろうか?

私は。わたしは。


「ひ……」

「?」

「人違いではないでしょ、か、し、ら?」

「えっ」

「私は、ミスティアではありません、わ

 ……も、もしかして、み、ミスティアの学校の方かしら」


秘儀、他人のふり。

もうそれしかない。

ここでアリスと会ったのは私じゃない。

そっくりな親戚の誰かだ。もうそれしかない。

非社交的を振り切った非人道的な振る舞いであるが、

正直今日はアリスに対する対策を何一つしていないし、

完全に気を抜いていた。こんな装備もままならないままボス戦に挑めるわけがない。


「えっ、ええっと」


アリスは、一度も話をしたことが無いクラスメイトの母親と出会い、

「あの子のお友達?」と尋ねられ、どうしていいか分からないクラスメイトの反応をしている。

申し訳ない。


「も、もしかして、み、ミスティアの知り合いの方かしら?」


「え……?」


「私、ミスティアの親戚ですの、遠縁ですけれど」

 

伝えると、アリスの顔がさっと青ざめた。

本当に申し訳ない。こちらの業を背負わせ、

「知らない人に知人だと思って話しかけてしまった」という恥辱を味わわせている。

本当に申し訳ない。


「そっくりですから

 間違えるのも当然でしょうね、おほほほほ

 同じ年頃の親戚は皆この顔ですのよ」


慌ててフォローを入れる。

咄嗟に口走ったせいで同じ年頃の親戚が、

そっくりそのまま同じ顔という架空の親族がどんどん出来上がっていく。

同い年の親戚が皆そっくり同じ顔とか、もうホラーでしかない。

そもそも私に同じ年頃の女の子の親戚自体いない。

もうすべてがホラーだ。アリスをホラーの世界に引きずり込んでしまっている。

「それでは」と言おうとする前に、アリスが口を開いた。


「あっ、わ、私、アリス・ハーツパールと申します、同じクラスで……、

 いつも、ミスティア様にお世話になってます……!」


まずい、自己紹介の流れだ。

名前を名乗らなければいけない、礼儀である。

しかし私は今、架空の令嬢。


ここは……嘘に嘘を重ねるしかない。


「ティアミス・アイリーンと申します、わ」


誰だよティアミス・アイリーン。

最早泥沼である。嘘偽りの猛毒沼に近い。

メロを巻き添えに嘘を吐かせるのは言語道断だ。

さり気なく近況報告をし話題を強引に流す。


「私たち、今は季節のお買い物をしているところなのよ!」

「そうなんですか!」

「では、私たちはこれで、ごきげんよう」


何だ季節のお買い物って。自分の口から出て来た言葉だが何だ、一体。

いや、こうしている場合じゃない。即時退却だ。

下手にここにいれば、どんどん架空の親戚が増えかねない。

架空の家族が出来上がる可能性すらある。

ささっと立ち去るに限る。


「あの」


踵を返そうとする私を、アリスが呼び止めた。


「……何かしら?」

「……やっぱり何も……、ご、ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう、良い休日を」


会釈して踵を返し、路地に入ると、メロの手を取り、速足で大通りから外れる。

そのまま、ノンストップで街の住宅地に近い通りを抜け、

大通りからかなり離れたところに位置する公園に辿りついた。


ノンストップ早歩きで息を切らしていると、メロは涼しげな顔をしている。

体力の差が違う。メロはすごい。


「えっと……彼女は、クラスメイトで……全く、彼女自体に何の非も無いんだけど、

 ちょっと、諸事情があって……」

「かしこまりました」


メロは、何故偽名を名乗り、逃げたのか、という理由を聞いてこない。

本当にありがたいし、いずれ説明しなければ、とも思う。


「説明は、今できないんだけど、一年後には、絶対にするから……」

「ええ、……失礼します」


メロが私の背中をさすってくれる。

完全に体力が無い。入学式の時に体力つけねば、と思ったけれど、

何だかんだで先送りにした罰が下っている。


「ミスティア様、あちらにベンチが」

「す、座ろう」


私はもたつきながらで、メロは綺麗な歩き方で、

ベンチに向かい、座った。









「メロは何か欲しいものある?」

「いえ、私は特に何も……」


しばらく座っていると、呼吸が整ってきた。

何となくメロに話しかけると、遠慮がちに彼女は俯いたかと思えば、

何かを見つけたらしく、すぐに顔を上げる。


その視線の先には、食器店があった。

位置的には、隠れ家的なお店なのだろうが、

外装は「こんにちは食器店です!」といわんばかりに、

店の扉の四倍はある大きなショーウインドーが設置され、

購買意欲を煽りまくっている。

そこには、新生活……お揃いのティーカップなど、

新婚向けの用品がショーウインドウに飾られていた。


「あー、あの店、嫁入り道具みたいなのも売ってるんだね」

「……拝見しますか?」

「んー、別にいいかなあ」

「……しかし、いずれ、御嬢様に相応しい方の元へ向かわれる際、御入用では?

 今から……」

「でも、かなり先になると思うし、いいよ」


メロが、不思議な食いつきを見せる。

何でだろう。少し切迫したような違和感を感じる。


「それに、婚約者、って言っても、親同士が決めただけだしさ、

 お互いより良い人が出たら変わるだろうし」


「御嬢様は別の方をお選びになるかもしれない、ということでしょうか」


「うーん、将来的にどうなるか分からないしさ」


「……御嬢様は、今の御婚約……ノクターの御子息についてどう思われていますか」


メロが尋ねてくる。先ほどのような切迫した感じは無い。

どちらかというと落ち着いて、不審がるような瞳をこちらに向けている。

そうか、今の態度だとレイド・ノクターと結婚する気ないのかな?

もしかしてレイド・ノクターはめちゃくちゃ嫌な奴なのかな、と思われて当然だ。


「レイド様はいい人だよ、気配りが出来て、社交的で」


……そう、本当に、弟狂いさえなければレイド・ノクターは善良な人間だ。

クラスをまとめ上げ、席替えを提案したり、率先してリーダーシップをとったり。

そんな善良な人間を、うっかり妹思い出し萌えにへら笑いをしたことで、

弟狂いに突き落としてしまったのだ。


……絶対更生させねば。


そしてふと、未来の自分について考える。


「家、私が継げたらなあ」


女として生まれた以上、結婚は必須。というのがきゅんらぶ世界観、そしてこの時代。

前世の現代と違って結婚に対する自由が全く無い。それは勿論承知している。

ということはもし辺境の地とか、かなり遠くの方の土地に嫁ぐことになったら、

慣れ親しんだ屋敷を出なければいけないし、屋敷に帰るのが年に一回あればいい、くらいになるかもしれない。

仕方ないことだと理解しているし、そうなったら抗おうとは思わないけれど、

寂しさは感じる。


男に生まれていたら、長男だし、ほぼ確実に家が継げたはずだ。

アーレン家は、そういったものは無いが、

いくら長男に生まれたと言えど、家を継ぐのに条件や決まりがある家もあるらしい。

当主になる者は一年間留学すること。

厳しい儀式を受けること、必ず武功を残す事。

そういった慣例は公爵家や侯爵家、辺境の辺りに多く、勿論無い家もある。


幼い頃、

「今は何も無いけど、前は一年騎士として働かないと

 当主になれない時代もアーレンにはあったんだよ」と父は言っていた。


「お父さんは騎士してないの?」と尋ねると、「あははははどうだろうねえ!」

と笑って立ち去られた為、真相は定かでは無いし、

事実だったとしても曾祖父の曾祖父の前の前あたりの、

途方もなく遡った時代のことだろう。


男として生まれていたら。

そもそもレイド・ノクターとの婚約の話は絶対出ず、

完全に安全が保障された状態で生まれてきたわけで。

死罪投獄なんて絶対に無い……安全地帯のはずだったし、

慣れ親しんだ屋敷に、ずっといられたのに。



……そうだ。その手がある。


そうだ、男だ。男になればいいのだ。

本当にどうしようもなくなって、使用人の皆を一斉解雇、再就職させた後に馬で逃亡する時、

髪をばっさり切って、男装して逃げれば、いいのだ。

そうすれば、逃亡成功確率が飛躍的に上がる。


自分の閃きながら、すごくいい閃きだと思う。

そうしよう、と考えていると、

長い間黙っていたせいでメロが不安そうな表情をこちらに向けていることに気付いた。


駄目だ。こんなことを考えている場合じゃない。

何か状況を変えなければ……と考えて、あることを思い出し、鞄から包みを取り出す。


「メロ、これ」


そう言って、包みをメロに差し出す。


「開けてみて」


メロが包みを解くと、花と蝶をモチーフにしたアクセサリーパーツが現れた。

緊急時の笛紐に装着すると、いい感じになると思いつき、

紐を買うときにさりげなく買っておいたのだ。


「笛つける紐に、丁度良さそうなの見つけたの。実はお揃いです」


包んでない、自分用のパーツをメロに見せる。

メロとは色違いだ。ちなみに手作りで、同じものは無いらしい。

メロに悟られないようお会計をするのは至難の業で、

「ごめんメロ、今外の天気どんな感じ!?」と、かなりわざとらしいことを言ってしまった。

五年前も同じ誤魔化しをしていた気がする。


「ありがとう……ございます……! 大切に保管します……!」

「笛紐に、つけてくれれば嬉しいかな」

「はい!」


メロは嬉々としている。


「あのね、メロ、私は結婚が嫌ってわけじゃなくて、

 私の目標というか将来設計は、両親と、メロと、

 使用人の皆と仲良く幸せに、現状維持的に生きることに特化してるっていうか、

 大丈夫だよ。ちゃんと誰かしらとは結婚するし、私は頑張るから、メロは心配しなくて大丈夫」


メロに話すと、メロは私を見て静かに微笑む。

この笑顔を、失わせるわけにはいかない。かけがえのない、私の友達で、家族。

メロの為に、両親の為に、使用人の皆の為に、

そして自分の為に、死罪投獄は回避する。

何があろうと、それだけは絶対に全うする。


五年前、夕焼けの中でした約束を思い出しながら、

私は心の中で、しっかりと誓った。





●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか今まで読んだ物語とは違っていて、破滅が待っていたらそんな風に行動しそうだなぁと思いながら読んでいます。 物語ではありますが、ストレス具合が面白過ぎます。 [気になる点] あまりに悲…
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