不安の防ぎ方 前編
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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休日、アリスの隣という死罪投獄地雷スレスレの学校生活を乗り越え、
護身グッズ捜索日、私とメロは街にやってきた。
厳密にいえば馬使いソルさんも一緒だが、
彼は馬車にて待機中である。
久々に訪れた街の景色の余韻に浸……る前に、視界に入るのは人の山だ。
それもそのはず、今は新生活から一月ほど経った時期、大型連休真っ只中。
前世的に言えばゴールデンウイークである。
祝い日の内容は違えど、国民的な休日や祭りの日が繋がり、大型連休を作り出しているのだ。
その為街は人で溢れている。
「ミスティア様、まずはどちらに向かわれますか?」
「護身用品を優先したいな、
屋敷の皆が外出の時に使うような、持ち歩くやつ」
「それらを取り扱う店は、ここの路地を入ったところになります」
「よし、行こう」
滅多にない大型連休という事で屋台は通常の倍の量出ているし、
祭りの装飾もいつもより力が入っている。
こんなお祝いの時こそ、防犯用品店は案外穴場かもしれない。
はぐれないよう気をつけながら歩いていると、メロが口を開いた。
「あの……」
「ん?」
「護身具は……私達使用人よりも、
ミスティア様がお使いになられた方が良いのでは?」
不安げなメロの問いかけ。
五年前のノクター夫人のこともあったし、
今年は今年でネイン家のこともあった。きっと心配なのだろう。
「大丈夫、私も使うよ、だから遠慮しないで使ってほしい……あ」
言ってから気付いた。持ってほしいじゃなくて使ってなんて、
何だかめちゃくちゃフラグじゃないか。
「つ、使わない方がいいけど、
えっと、そう言う目に遭わないようにって意味であって」
「大丈夫ですよ、ミスティア様のお考えは、理解しております
お気遣い頂き、ありがとうございます」
慌てて付け足そうとすると、メロが嬉しそうに笑う。
相変わらず天使。私に対する深い理解を感じる。
メロと祭りや、周囲の景色について話をしながら進んでいくと、
防犯用品店に辿りついた。
窓には警棒や不審者の対処法の広告が貼られていて、
外からは中の様子を確認出来ない。
店といえど中の様子を知らせない姿勢だ、防犯意識の高さがうかがえる。
店内に入ると、警棒や投げて攻撃する武器から、
侵入を防止するためのグッズなどがひしめき合っていた。
入り口すぐの場所には、購入の流れが記された看板が立てられ、その近くには注文書とペンが用意されていた。
大量注文を行う場合は、その注文書に記入し店主に提出する流れらしい。
店主の姿が見えないなと探していると、壁に
「お客様がじっくりと商品を選ぶことが出来るよう、
当店はお客様がお求めになられるまで接客を致しません」
と注意書きがされているのを見つけた。
下に赤文字で「お困りの際はお気軽にお声かけください!」と書かれている。
こっちが話しかけるまで話しかけてこないシステムらしい。
いいな、こういう店。すごくいい。
ゆっくりと店内を見渡す。
防犯、自衛用品……、きゅんらぶのふわっと世界観といえど催涙スプレーは恐らくないだろうし、
スタンガンはもう完全に無いだろう。
となると警棒や武器の類になるだろうが、訓練してない素人が持って、
奪われて逆に武器を与えてしまったら危険度が増す気がする。
とりあえず端から全て見ようと考えているとメロが棚から小瓶を手にとり、差し出してきた。
「御嬢様、こちらはいかがでしょうか」
「ん?」
受け取り確認すると小瓶だ。ラベルに太字で硫酸と書かれている。
メロが取り出して来た棚を確認すると、蓋をしたまま投げて相手にぶつけて割るタイプらしい。
果たしてこれは自衛だろうか、正当防衛の域を完全に超えている気がする。
っていうか、何で硫酸野晒しなの?
普通店の奥に、それも鍵付きとかの棚にあって、
許可証とか身分証明した状態で店主から買わなきゃいけないやつじゃないのこれ?
しかも高濃度って何? 世紀末過ぎない?
説明を読んでいると最後に「この見本の中身は水です、購入される方は店主まで」と書かれていた。
その下には購入の流れが記され、身元を証明しつつ、色々記入も必要らしい。
しっかり手続きをした上での購入だ。
……いや、安心出来ない、自衛で硫酸とは。
「これ、危なくない……? 相手、死んじゃわない……?」
「? 御嬢様に害成す者ならば当然の末路では?」
きょとんとするメロ、可愛いけども物騒過ぎる。
硫酸瓶とか買って帰ったら、料理長とか掃除婦の皆は怯える。
掃除婦の皆はよく「平和が一番です」とまったりしてるし、
料理長は渡しても恐怖のあまり箱とかにしまって絶対持ち歩いてくれない。
「ほらでも、間違ってこっちにかかったら危ないし、
ちょっと、死なない程度のものがいいかな」
硫酸ビンを棚に戻すと、丁度その隣に失神ビンが置かれていた。
嗅ぐと強烈な眠気により昏倒させるらしい。
ハンカチに染み込ませて眠らせる的なやつの瓶をぶつけるバージョンだ。
「失神ビン……」
「しかし、これでは殺せませんよ?」
メロは抹殺を所望している。
ふざける性格じゃないから確実に本気だし、目も澄んでいて一点の曇りも無い。
心配性と過保護を極めさせすぎてしまった。あまり心配をかけないようにしなければ。
「でも、ほら自衛の域超えると色々ね、あれだから、うん、
これ買おう、とりあえず屋敷全員分と予備で五十くらい注文しよう」
注文書に記入して、顔を上げると、色とりどりの何かが視界に入る。
「笛か」
緊急時を知らせる笛。便利かもしれない。
これ自体は危ないものじゃないし、紐とかつけて首からぶら下げていれば、
邪魔にならないし、すぐ使える。
これもう即決だ。買おう。
とりあえず多めに買って、色は後で選んでもらえばいいか。
「メロ、メロはどんな色が良い?」
いくつか手に取りメロに見せる。
メロは、黒が好きだけど、たまには別の色が良い……とかもあるかもしれない。
「? 私ですか?」
「そう、メロの好きな色」
「……黒がいいです」
「黒、じゃあこれだね」
笛と言っても五十単位、注文だけれど、
私とメロの笛は今買ってしまおうと、まず黒い笛を手に取った。
「黒は、御嬢様の色ですから好きです」
黒い笛を見て、メロが慈愛に満ちた柔らかな笑みを浮かべる。
この笑顔を見ると、どんなに心がささくれていても穏やかな気持ちになる。
「じゃあ私はメロの色の白にしよう、お揃いお揃い」
「お揃い……」
メロが嬉しそうにしている。
その様子を眺めていて、ふと気づいた。
笛があっても、笛を首に下げる紐が無い。
「ねえメロ、笛をこう、首にぶら下げる紐を買いに仕立て屋に行きたいんだけど」
「仕立て屋……ですか?」
「……おそらく、洋品店の方が、取り扱いがあるかと……」
「あ、そうだ、ごめん勘違いしてた!じゃあ、
一通り買い物が終わったら、洋品店行こう!」
「かしこまりました」
あれ、何で仕立て屋に行こうと思ったんだろうか。
完全に勘違いしていた。
危ない危ない、迷走するところだった。
迷走し、個数を間違えないよう落ち着いて、笛の個数を注文用紙に記入していく。
それから他にも色々と注文し、用紙を店主に渡して、
白と黒の笛を一つずつ包んでもらい、防犯用品店を後にした。
洋品店へ行き、様々な色の紐を買うこと二十分。
私たちは、現在小物屋さんに来ている。
店内には、インテリア雑貨、キッチン雑貨、紅茶やクッキーなど、
いつものお買い物、というより贈答用を目的とした品物が並ぶ。
そう、贈答品。ネイン先輩に何か贈らなければいけないのである。
「友達になりたい」と言ってくれた先輩に、
返信の手紙と共に、何かを贈る。
私の前世時代、雑誌の収納特集で、
他人からの贈答品は最も処分に困ると載っていた。
気持ちのある手前捨てられないし、かといって邪魔なものは邪魔だと。
お礼、お詫び、お祝いの品で困らせるのは、本末転倒だ。
私は毎回、他者への贈り物は消えもの一択。
残るような物は両親やメロ、使用人の皆にしか贈らない。
熟考し、本当に欲しいものを見極めること前提だが、身内への甘えである。
もう甘えに甘えまくっている。
「美味しそうだったから」とか、「何となく」とかで平気で贈る。
ということで先輩たちのお祝いは、消えものだ。
「よろしくお願いします」という返事の手紙と共に贈る。
花は、おそらく退院祝い、お見舞いなどでめちゃくちゃ貰っているだろう。
ネイン家は、大きいと聞く。
「うちとは色々違うし、
結構特殊だけど、ネイン家って結構大きいからさ、うちほどじゃないけど」
と父は話していた。花はどっさり貰っているだろう。
となると食べ物だなーと店内を見まわす。
メロは少し離れたところで、熱心に何かを見ている。
何を見ているんだろう、とメロを遠目に眺めていると、ふと気付いた。
私は、先輩両者の好みも、嫌いなものも、何もかもを知らない。
そもそも回復したと言えど、好き勝手食べられる状態か分からない。
消去法どころじゃない、すべて選択肢が消去された。
真っ白だ。
え、じゃあ花?
どっさりの中に、花……?
花屋に行った方がいいのかと考えていると、鮮やかな缶が目に入る。
先週発売されたばかりとうたい文句がついた紅茶缶だ。
梱包の見た目も美しく、華美過ぎず、わりと小ぶり。
後は味が冒険しておらず、先輩が紅茶が大丈夫なら完璧だった。
……いや、紅茶なら日持ちもするし、来客時に人に飲んでもらうことも出来るし、
駄目なら人にあげられる。
いいじゃないか。紅茶。
希望が見えて来たと手に取ると、空いた隙間から棚ごしに金色の瞳と目が合い息を飲む。
「え」
「よう、ミスティア」
棚や紅茶の化け物ではなく、人間のクラウスだ。
クラウスがこちらを見ている。
怖すぎる。一瞬ホラーの世界に迷い込んだのかと思った。
「んだよ、叫んだりしろよ死体かてめえは」
「お店の迷惑になりますから、……むしろ驚きすぎて声も出なくてですね」
クラウスがこちらにやってきて隣に陣取る。
最悪だ。最悪な状態である。
「では」
「おい、逃げんなよ」
立ち去ろうとするもクラウスに腕を捕まれ逃げられない。
「い、一体……今日は一体何をしに……」
「あ? ただの買い物だよ、強盗にでも見えんのか?」
「そうですか、ならごゆっくりどうぞ、私はこれで……」
「んー? 紅茶ぁ……? こりゃ、贈りもの……だなあ?」
直球ヒットである。
言葉に詰まった私の顔を見て、クラウスは口角を思い切り上げ、
悪そうな笑みを浮かべた。
「やめろよ食い物なんてつまんねーもん、物にしろ、
アクセサリーとかにしろよ、残るもんにしろ、最高に楽しくなるぞ」
何故残るものを贈ると楽しいのか。何の裏がある……?
しかし思い当たるものがない。
するとクラウスはおどけた様な表情を見せた。
「疑うなよ、ただのやさしー助言だろ?
俺はしばらくやさしークラウス・セントリックだから安心しろって」
「はい?」
「お前のおかげで、ゴミつまんねー山登りで、最高のもん見せてもらったからなあ」
話している間にもクラウスは思い出し笑いをする。
一体どういうことか、問いただした方がいい気もするが、
関わらないほうが身の為だ。
「……おめでとうございます、では」
「逃げんなよミスティア、仲良くしよーぜ、
ほーら怖くない怖くない」
「いや充分怖いんで、本当もう、贈答品選ばなきゃいけないので、これで」
そう言って立ち去ろうとすると勢いよく腕を引かれクラウスが顔を近づけてくる。
「聞けって、ミスティア。それに、本当に怖い奴ってのは、
お前が怖くねえと思ってる奴だぜ、お前が」
「どういう意味でー……」
聞き返そうとした瞬間腕を離される。クラウスの様子はいつもと変わらない、
相変わらず道化じみた笑みだ。
「まあ、どうせお前が気付いた時には間違いなく手遅れだろうなぁ……」
「怖い奴って、誰のことですか」
「気付かれたらぶっ壊れてつまんねーことになっから言わねー……。
……お前はずぅっとそのまま螺旋の中に居て、俺を楽しませてくれよ、な?」
そう言って、クラウスは「ひひひ」と笑ってこちらを指差す。
「まあ、ひとつだけヒントをくれてやるなら?
お前のくそつまんねえゴミみてえな模範的な考えや、常識的な考えは、
結局全部、お前の首を絞める枷にしかならねえってこと、だな」
ぽんとクラウスは私の肩を軽く叩き、店を出て行く。
え、結局何も買わない……?
何しに来た……?
半ば呆然としながら扉を見ていると、隣にそっとメロが立つ。
心配そうに、こちらの顔色を窺っている。
「ミスティア様……」
「大丈夫、さっきの人は、学校の他のクラスの人だよ、
セントリック家の……。
基本あんな感じだし、何もされてないよ」
「はい……」
メロは、わずかに目を伏せる。
「あ、外であの人見ても、近付いちゃだめだよ、むしろ逃げてね。
関わらない方がいいというか、面白いことの為なら魂を売るような感じだから」
「承知致しました」
余計心配をかけてしまうかもしれないけど、
一応伝えておいた方がいい。むしろ倍速で逃げて欲しい。
クラウスはあまりにも何をするのか、言うのか分からない。
メロは私の言葉を聞き、何か考え込むようにしていた。
まずい、今日はものすごい勢いで心配をかけている気がする。
「とりあえず、このネイン家の贈り物はこれにするってことで……、
家具でも見ようか」
メロは、インテリア用品が好きだ。
何故ならば、メロの部屋はきっちりと整頓されている。
机には写真立てが置かれ、
本棚には、私から貰ったものコーナーと、毎日つけているらしい日記が収納されている。
一番端の一冊目だけ白で、後は赤色の日記など、
背表紙に記入しなくても、こうすればスタート位置がすぐ分かるようになっていたりと工夫がされ、
文房具の類は基本引き出しに収納、と実用性と見た目の洗練性が高い部屋。
あまりメロは口に出しては言わないが、収納品とかは、結構好きだと思う。
街に出ていると、よく引き出しや棚を見ているし。
少しでも気分が転換されればと、紅茶缶を購入し店を出て、家具屋に向かうことにした。
店を出て家具屋に向かうべく、大通りに出た、その時だった。
「……ミスティア様?」
呼びかけられた方向に目を向けると、
そこにはアリスが立っていた。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846
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