手を差し伸べる者
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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授業が終わり、別棟に避難を繰り返し、昼の鐘が鳴る。
ようやく昼だ。正直、今までの八倍の疲労感に襲われる。
今までは精神的疲労のみだったが、肉体的疲労もすごい。
授業中の視線を黒板と机という二点のみに集中しなければいけない為、目の疲れもすごいし、
肩も何かもう痛い。
それに何故かここ二週間、授業中のアリスの指名率が異常に高く、
乙女ゲーム主人公あるある補正の為かアリスはよく考え事をしており、
読む場所が分からない、答えを解いておらず分からないとの窮地が多発し、
その都度メモ書きで伝えている為、精神疲労もぐんぐん増えている。拷問である。
いっそ放置すべきかとも考えたが、己しか平民がおらず周囲は貴族に囲まれている。
もし私がアリスであったら、心細さの極みだ。アリスはどう感じているか分からないし、
「いったるで!」と思っているかもしれない。けれど、「環境変化怖い、死にたい」と思っていた場合、
授業で指名され、「分かりません」と答えクラスの注目を浴びるのは大ダメージであり、
放置は心苦しい。
一瞬関わりを持っていることになるのでは?と考えたが、
業務連絡しかしていないし、私は基本机と黒板しか見ていない。
アリス的に私の印象は、
「常に机と黒板に視線を固定してるよく分からない奴」程度の認識になっているはずだ。
流石によく分からないだけで死罪投獄の流れにいくことは無いだろう。
しかし疲れた。
アリスが隣でさらにレイド・ノクターがいないだけまだ幸運と考える方がいいのだろうが、
正直一日でもう辛いし、もう休みたいし、もう早退したい。
だが今日欠席早退したところで明日も明後日も、
隣がアリスという死罪投獄一家使用人離散爆弾であることに変わりはないのである。
別棟ランチをする為、渡り廊下を歩いていると、窓の外、
校庭に見覚えのある姿が視界に入る。
フィーナ・ネイン先輩だ。
先日、先輩から、手紙が来た。
かなり豪華な菓子折りと共に。
正直、「接点ないし、関わることはもう無いだろうな」と思っていたから盲点だった。
そして、その手紙には、友達になりたいという旨が記載されていた。
友達。
勢いのまま、承諾してしまったけれど、友達を作っても、いいのだろうか。
いずれ来るデッドエンド、
使用人の皆は、解雇して新しい就職先を見つければいい。
家族は一緒に連れて逃げればいい。
エリクはミスティアがバッドエンドに向かう際、
必然的にアリスサイドに行く為無問題。
だけど、普通の友達は違う。
私が、投獄死罪を受けた場合、
巻き込んでしまう恐れがある。
その場合、心も家名も傷つけてしまうかもしれない。
もしかしたら、あらぬ疑いをかけてしまうかもしれない。
かといって、一年後、投獄死罪が落ち着いたら、なんて返事が出来る訳が無い。
自分勝手すぎる。
どうするのが、一番いいのだろうかと考え、返事が出せていない。
明日の街歩きで、菓子折りのお礼を選ぶまでには答えを出さなければいけないのに。
正直、友達になりたい、と言ってくれる人が現れるなんて全く考えていなかった。
元々非社交的でクラスから浮くような性格をしているし、
前世時代も今も変わらない暗い性格、口を開けばユーモアのひとつもまぶせない会話。
極少範囲の人間関係。
恩を感じているからか、社交辞令かとも思ったが、
手紙からは熱量が感じられた。
どうすべきか、何が正しいのだろうか。
考えながら空き教室を目指し歩いていると、ふと、背中に視線を感じる。
……クラウスか? と振り返ると誰もいない。
大丈夫か、と思いまた前を向くと、アリーさんが立っていた。
「ミスティアさん……?」
「アリーさん」
「どうされました……? 体調が優れないようですが……」
アリーさんがこちらの顔色を覗き込む。
「保健室行きますか? 僕で良ければ付き添いを」
「いえ、体調不良じゃないんです、だいじょ……」
「では、何かお悩みがあるんですか?」
アリーさんが、心配そうに首をかしげる。
前髪に隠れて目は見えないが、確実に心配をかけていることは分かる。
「……僕には、話せませんか?
僕は絶対誰にも言いませんし、話をするだけでも、楽になるかもしれませんし、
もしかしたら、お力になれるかも」
「えっと」
「用務員室へ行きましょう。
紅茶もあります、水筒より、温かい淹れたての紅茶の方が、きっと落ち着きますよ」
アリーさんが提案してくれる。
このまま、大丈夫だと言っても、多分余計に心配をかけるだけかもしれない。
私は、用務員室に向かうことにした。
「あの、うまく説明できるか、分からないんですけど」
「大丈夫ですよ、悩んでいる時は、誰しもどう話していいか分からないものなので」
用務員室のソファに座り、前置きするとアリーさんは、
穏やかな笑みを浮かべた。
アリーさんの目は、前髪に隠れ見えない。
目が合っていないというのに、安心する笑顔だ。
「た、例えば、ですよ
自分と仲良くすると、相手に悪影響を与えてしまうかもしれない状況で、
友達になりたい、と言ってくれる人が現れたら、どうしますか」
考えず、すんなりと悩んでいることが口から出て来たことに、自分でも驚く。
「悪影響……とは?」
「最悪、相手に悪評を与えてしまいかねないような……、すみません、抽象的で」
投獄や、死罪にかかった人間の友人とは、流石に言えない。
「あの……もしかして、ミスティアさんは、それを、
正しいか、正しくないかで判断しようとしていませんか?」
「! はい」
「そして、答えが見つからなくて悩んでる」
アリーさんが、まるで私の心をそのまま見て来たかのように言い当てる。
その通りだ。どうするのが一番正しいか、分からない。
「デメリットがあるかもしれない以上、申し出を受けていいものではないと思っています。
けど、そうならないかもしれないし、友達になりたいと言ってくれた好意を、
無下にすることが、正しいか分からないんです」
「それは当然ですよ、正しいか、正しくないかで判断することじゃない、
ミスティアさんが、したいかしたくないかで選ぶべきことですから」
正しいか、正しくないかで判断することが、間違っている?
だから答えが出ない?
「したいか、したくないか、ですか?」
「はい、ミスティアさんは、友達になりたいか、なりたくないか、
好きな方を選ぶんです、ミスティアさんが望むままに
ミスティアさんは、その方とお友達になりたいですか?
それとも、なりたくない?」
「……なれれば、いいなとは、思います」
なれればいいと、確かに思う。
まだどんな性格かも、分からない。
しかし、「友達になりたい」と相手は思ってくれたわけで。
その想いに、応えたい。
「それに、進むかもしれない未来ということは、進まないかもしれない、ということでしょう?
分からない未来の為に、何かを得たり、準備することは大切ですが、
その為に、何かを切り捨てなくてもいいんじゃないですか?」
進まないかもしれない未来。
もしかして、と考えていたけれど、考えすぎて、悲観しすぎていた面もあったのかもしれない。
悲観しすぎて、見えていない、見ようとしていなかったものも、あるかもしれない。
「ミスティアさんの今は、もう戻らない、時間は巻き戻せない、
だから、切り捨てるんじゃなくて、沢山楽しんで、幸せになるべきなんですよ」
そうだ、死罪投獄があるから、この一年はそれだけ、と思っていたけれど、
この一年は、もう二度と無い、過ぎたら返ってこない一年でもある。
この一年を、切り捨てない形で、死罪投獄も、回避する。
友達も、家族も、メロも、使用人の皆も、切り捨てないように。
「それに、きっとミスティアさんはきっと大丈夫ですよ! ……絶対に」
「そうですね……頑張ります、ありがとうございます!」
アリーさんの言葉に、どんどん心の底から活力が沸いてくるのを感じる。
そうだ、山登りだって上手くいった。今から決まった訳じゃないんだ。
身体に安心が満たされていくのを感じる。
「さ、お昼を食べましょう、ミスティアさん、顔色がだいぶ良くなりましたからね」
そう言えば、顔色が悪い、とアリーさんは心配してくれたけれど、
それは、顔に出ていた、ということだ。
今まで自分はあまり顔に出ない人間だと思っていたけど、
もしかして、めちゃくちゃ顔に出ていたのでは。
考え込むと、アリーさんが「あああ」と声を漏らし、慌て始めた。
「え、や、ただ、何となくそんな感じがしただけで、
あのずっとじーっと見てた訳じゃないですよ、違いますっ!」
「大丈夫です、そういうの疑った訳じゃなくて
むしろ自分では、あまり表情に出ない方だと思っていたので」
「なるほど……でも接していれば段々と……って感じなので、
大丈夫ですよ、露骨に出ている訳じゃないです、安心してください」
え、じゃあ接していれば分かるということでは、
と考えているとアリーさんが思い出したように立ち上がる。
「あ! 紅茶、淹れますね」
「ありがとうございます、紅茶も、悩みについても!
その、本当に元気出たので、お話しできてよかったです」
「気にしないでください、お役に立てることが僕の喜びですから」
前髪に隠れ、あまり表情は見えないけれど、
アリーさんは優しく微笑んだように見えた。
アリーさんと昼食を終え、
用務員室を後にして歩いていくと、廊下にエリクが立っていた。
「また用務員室?」
「ええ」
エリクの問いかけに答えると、エリクは何だか腑に落ちていない表情をした後、
用務員室を振り返る。
「あの人、去年いなかったよ」
「そうなんですか」
アリーさん、今年から働いているのか。
となると入って間もない時期で学校全体を任されているということだ。
過酷すぎる……。前に「一人でも大丈夫ですよ!」みたいなことを言っていたけど、
めちゃくちゃ過酷だ。もしかして、用務員を極めた用務員さんって感じの、
用務員界隈で名を轟かせているようなすごい人なのでは。
「仲良い?」
「何度か窮地を救ってくれまして」
「へえ……」
アリーさんには助けてもらってばかりだ。
処置活動のとき助けてもらって、お昼ご飯の場所を提供してくれて、
こうして相談にものってくれた。本当に感謝してもしきれない。
「ご主人はさ、嫌なことがあった時、おうちの人に相談する?」
「え?」
エリクが思い出したかのように尋ねてくる。
前も、嫌なことがあったら言って、と言われた。
今日、顔色が悪い、とアリーさんが話をしていた。
もしかして今日、死神みたいな顔つきになっているのではないだろうか。
「嫌なこととか、何かされたりとかは全くないよ」
私ならぬミスティアは、加害者サイドの人間だし、
今のところアリスが隣席という事実に一方的に疲弊しているだけで何も無い。
それにアリスからしたら「よく分からない奴が隣にいる」という精神的疲労を与えてしまっている。
「なら、あいつは?」
「え?」
「さっきから、ご主人のことずっと睨むみたいに見てるんだけど」
ロベルト・ワイズである。
ロベルト・ワイズが、本校舎へ向かう為の渡り廊下の手前に立っている。
このまま行くと、彼の前を通り過ぎて渡り廊下を通り、本校舎に向かわなければいけない。
「同じクラスの人ってだけだし、目つきとか、視力の問題じゃないかな」
「……じゃあ、あいつが一方的にってだけかあ……」
エリク一人納得したように呟くと、私の肩を掴み抱き寄せるように歩きはじめる。
「え、ちょっとエリク?」
「何かあいつ、すっごい危なそうだから、ごめんね?
このままあいつの前通り過ぎるまでこのまま、普通に会話をしながら歩いて」
「普通の会話って」
「じゃあ、勉強のこと、ご主人、今どんな授業受けてるか、僕の質問に答え続けてて」
そのまま、肩を抱かれたまま歩き、エリクの質問に答える。
誰か他の人間に見られてはいないだろうかと考えながら周囲を気にすると、
丁度誰もいない。
そのままロベルト・ワイズの前を通り過ぎる。丁度エリクが間に居た為、
ロベルト・ワイズの顔は伺えない。
そのまま本校舎の廊下の角を曲がると、エリクが私の肩から手を離す。
「よし、もう大丈夫……あーいうのって、思い詰めたら何するか分かんないタイプだし、
ご主人を見る目つき、ちょっとおかしかったからね、強引なことしてごめんね」
「いや……こちらこそありがとう」
エリクは、私を守ってくれていたのか。
ロベルト・ワイズに嫌われているのは知っているし、お互い関わり合わない方向で、
という話の後、崖落ちを心配してくれていたから、特にそのままでいいかと思っていたけど。
わりと憎悪を向けられているのだろうか。
嫌われている本人ではなく、おそらく初見の第三者から見て「ちょっとおかしい目つき」
って、相当な憎悪なのでは無いだろうか。
「どうする、僕があいつも消しちゃおっか?」
「え……? だ、駄目だって」
エリクの発言に目を見開く。いや、そんな気軽な感じに消すって。
すると取り乱した私を見て、エリクはくすくすと笑う。
「冗談だよ、本気にしちゃったご主人も可愛い。
ほら、階段のぼろ?」
エリクに促され階段を上る。あまりに自然に
「消しちゃおっか」なんて言われたものだからつい本気にしてしまった。
そのまま上り、一年の階につくと、昼休憩の鐘が鳴る。
「あーあ、踊り場のあたりで、まだまだお話ししたかったのになあ、
鐘鳴っちゃった、またね」
「今日はありがとう、ございました」
エリクは二年だから一つ上の階だ。
階段を上るエリクを見送ってから、私は教室に戻った。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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