双子兄妹の変革
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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夜、広間にいる兄の元へ向かう。
「お兄様、今日、ミスティア・アーレンさんと、お会いしてきました」
そう伝えると、お兄様はゆったりとこちらを振り返る。
「どうだった? 彼女は」
「どことなく、不思議な方でした。
本来、同じ爵位と言えど、そこの家の娘を助けたならば、
自分の功績や恩恵に対するものに関心を持つはず、それが、全くない、
むしろ早々に切り上げようとするくらいで……」
ミスティア・アーレンさん。
学校で襲われた私を助けたのは、
教師でも、職員でもなく、紛れもなく同じ制服を着た生徒だった。
痛みと熱で薄れゆく意識の中、その生徒……彼女がこちらに向かい駆けて来た。
私を台車にのせ、流し場に運び、処置をしてくれた。
自分の服が汚れることも気にせず、私を医者に運んでくれた。
そんな彼女は、アーレン家の令嬢だった。
アーレン家といえば、この国でも有数の伝統を誇り、血統を重んじる名門伯爵家。
あの家と繋がりを持つことは、家の繁栄に直結するとも言われ、
繋がりを持ちたがる家は多い。
有名な家だからこそ、その令嬢は注目され、その一挙一動は人々の話題をさらっていくもの。
けれど、アーレン家の御令嬢は、本当に目立った噂を聞かない。
どんな性格なのか、誰も知らない。
一度、私が十一歳の頃、茶会に出席した彼女を見たことがあったけれど、
話しかければ答え、お茶を飲む。
普通と言えば普通で、人を拒絶しているようには見えず、
何を考えているのか全く分からない、
感情が無いような、表情が無い令嬢。
家同士の繋がりを持つ為、話しかけるか迷っている間に彼女は消え、結局話すことは無いままだった。
その印象が、少し前に、全て覆された。
私を運び、全力で駆ける横顔。
馬車の中の、私を見る心配そうな顔。
医者についた時の、安堵した顔。
よく見れば、彼女にはしっかりと感情があることが分かる。
お礼の手紙を送り、返ってきた手紙には、
家の繋がりなんて、全く考えていない、こちらの回復を祈る言葉の数々。
一瞬、それが相手の思惑ではと穿った見方をしてしまったけれど、
実際に会ってみれば、むしろ早々に話を切り上げてくるくらい。
それに、家の繋がりなんて一切気にしていない、考えてもいないようだった。
「お兄様……私は、彼女と、友達になれるでしょうか、
家の繋がりの為では無く、ただの……お友達に」
気にしないで、そう言われたけれど。
私は、私は、彼女と話がしてみたい。彼女を知りたい、と思う。
一度、彼女に話しかけようと思った。
家の繋がりの為に。あの時は、勿体ないことをしたかもしれないと思ったけれど、
今は話しかけなくて良かったと、心の底から思う。
今度は、家ではなく、人として、
私は、彼女と、友達になりたい。
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「きっとなれるよ」
そう伝えると、僕の妹は、安心したように笑って、自室へと戻っていった。
一年生の入学式の次の日に襲われた妹は、もう、自分の足で歩く。
寝台に横たわることも無く、学校に通えるようにまでなった。
全て、妹を助けてくれたアーレン家の令嬢のおかげだ。
彼女には、感謝してもしきれない。
彼女が駆けつけて来て、処置をしてくれたおかげで、
妹は今を生きているといっても過言では無い。
それほど危ない状況だった。
そんな妹を襲った間者を仕向けたネイン家と敵対する家。
ゴート家が、取り潰された。
一家全員、牢に入れられ、異例の速さで裁判が行われ、死罪が決まり、執行された。
こちらとしては、良い報せだが、妙な流れだ。
首謀した当主では無く、一家全員が牢に入れられることも、
間者を送った罪で死罪というのも。全てが妙だ。普通の流れじゃない。
全く関係ない力が、ゴート家を消そうと働きかけたようにしか思えない。
自分の家の娘が関わったことで、火の粉がかかることを恐れて、
アーレン家が働きかけた可能性を、僕も、僕の父も考えた。
しかしアーレン家にはそうした様子も動きも見られず、真相は見えぬまま。
ただ、アーレン家に関係する何かが働いたのは確かだ。
今までネイン家の被害の訴えは、全て無かったことにされてきた。
よくある同列貴族間の諍いとして片付けられてきたのだ。
それが、アーレン家が関わった途端、止まっていたものが動き出した。
その何かが、どういう意思で動いているのか……。
一度、アーレン家の周囲について、調べたほうがいいかもしれない。
今こそ、アーレン家を守るような動きをしているが、
もしかしたら、その逆を目的として動いている可能性もある。
彼女の身に危険が迫れば、今度は、僕たちが手を差し伸べる番だ。
窓に目を向けると、星空がしっかり見える。
けれど、かすかに雷鳴が聞こえたような気がした。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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