未来への挨拶
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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馬車に乗り、家庭訪問としてミスティアの屋敷に向かう。生徒の屋敷へ訪問するのだから、屋敷訪問だろと思うが、家庭訪問らしい。家の様子を見て問題があるか判断したり、学校での様子を保護者に伝える、教師としての大事な仕事だ。
だがそれは、あっさり終わった。元々俺のクラスには問題児だの王族みてえな生徒だのはいねーし、成績が酷い生徒もいねえ。
学内唯一の平民の生徒。アリス・ハーツパールの家は、貴族と比べてしまえば貧しさはあるものの、しっかりと健康的な生活をしている。唯一の家族である母親との仲も良好で安心した。
車窓を眺めれば、アーレンの屋敷に近い所まで来ていることに気付く。よく見ていた景色だ。だが、ミスティアの屋敷に行ったことは今までで一度もない。誕生日パーティーは、秘密の関係である以上出席は無理。屋敷での逢引は、関係が暴かれる可能性を考えて今まで出来なかった。
今日は、いい印象を残して、将来俺が挨拶に来た時、「こいつなら娘を任せてもいい」と思われるようにしねえとな。
手土産のひとつでも持っていきたかったが、今回は娘の恋人ではなく、生徒の担任教師として屋敷に入る。学校や他の保護者の手前、断念した。
アーレンの屋敷に到着し、馬車から降りて、ぐるりと周囲を見渡す。
ハンカチ返す為に……毎日毎日、礼を伝えにここまで来て、屋敷に行けず、手紙も出せずこの門を見ていた。まるで付き纏いみたいだったな、と懐かしみながら門番に名乗り、屋敷へと通される。屋敷の敷居を跨いだ時、感慨深いような、歓喜の衝動が沸き起こった。ああ、俺はここまで来たんだ。教師としてで、恋人じゃねえけど。遠くないうちに俺は、ここをミスティアの恋人として跨ぐ。
アーレンの屋敷に入る、この屋敷で、ミスティアは生活しているのだと考えると、ただの無機物でも愛おしく思えるから不思議だ。執事に客間へと通される。そこには伯爵と夫人、ミスティアの母親と父親、そして俺の未来の家族がいた。
挨拶もそこそこに、座るよう促され椅子に腰かけると、伯爵は神妙な面持ちで口を開いた。
「あの、先生、どうですか、ミスティアは……学校で、いじめられたりしていませんか……?」
そんな奴いたら殺してます、なんて言える訳がねえ。ミスティアの様子は、教師としても、恋人としても注意深く見てる。思い返しても、虐められている様子は無い。
「そういったことはありませんが……何か気になることが?」
「いえ……、あの子は、本当に優しい子で、人に気を遣って行動できる子なのですが、何分難しいところがあるといいましょうか、人と積極的に関わろうとしない子なので……」
そう言って、伯爵は目を伏せる。ミスティアは優しい。そして気遣いが出来る、本当に良く出来た恋人だ。俺なんかには勿体ないくらいの、恋人。
ミスティアは優しく、気遣いが出来て、俺との将来を考えて育児本を読んだり、将来を見据えた行動がとれる聡明さもあって、度胸もある。その魅力は人を惹きつけるし、その分妬まれることもあるだろう。もしかしたら、今まで嫌な目にもあったことがあるのかもしれねえ。
それに思えば、エリク・ハイムや、レイド・ノクターなどクソガキ二匹に困らされてるところならよく見た。そしてその後、ミスティアは疲れた顔をしてる。伯爵は、ミスティアのそういう様子を見て、いじめと思って心配したのか。
「あの」
伯爵の目を見ると、伯爵が一瞬たじろいだ。いけねえ、気張ったせいで目つきが悪くなっちまった。
「あの、ミスティアさんは、俺がしっかり見ています。今までも、これからも。ミスティアさんがいじめに遭う、なんてことがある前に、俺が絶対に、必ず、必ず対処します、俺が、ミスティアさんを守ります。ですから、どうか安心してください」
教師として、一人の男として、恋人として、そして、旦那として。学校でも、学校を卒業しても、ずっと、永遠に。
「それに、ミスティアさんの優しく、気遣いの出来る人柄を、周囲の生徒も理解していますよ。ミスティアさんと仲良くなりたい、と考え慕う生徒も多いです、私自身、彼女はとても素晴らしい……、……生徒だと思っています。」
そう、最近ミスティアは生徒の話題に上るようになったのだ。道を教えてもらっただとか、荷物を運ぶのを手伝ってもらった、体調を崩していると保健室に付き添ってくれた、など男女問わず。そしてミスティアに何かしてもらった人間は、改めてお礼を伝えたいと思っても、ミスティアは休み時間はすぐに教室から立ち去り、教室への滞在時間が極端に少ない為、どうお礼を伝えればいいのか分からない、という相談を既に数件受けている。
相手は生徒と言えど、男には、邪な目で見て手でも出してみろ、ぶっ飛ばすぞと思うし、ミスティアの良いところは俺だけ知っていればいいと思う。しかし、ミスティアが褒められる嬉しさも確かにある。
「娘が……」
伯爵は目を見開いた。ミスティアはあまり自分の話をしない方だ。俺の事もあるし、あまり学校生活について話をしていなかったのだろう。それに、ミスティアは人助けをすることを当然と捉えている節がある。何かしても火傷の応急手当くらい大事じゃないと両親に報告はしないのだろう。俺もミスティアに何かしてもらった奴らから相談されるまで知らなかったし。なんて考えていると、伯爵と夫人が俺の手を取った。
「先生、どうか、どうか娘をよろしくお願いします……!」
二人は感極まったように俺に懇願する。
あ、これ、駄目だ。とうとうミスティアを嫁に貰える時が来たのだと、うっかり勘違いしそうになっちまう。落ち着け俺、これは、家庭訪問。まだ俺は挨拶に来ていない。教師として、家庭訪問に来たんだ。
……よし、落ち着いてきた。
「はい!! 勿論です! 俺が、責任を持ってしっかり娘さんを、ミスティアさんをお預かりします……!」
そして、一生幸せにします。だから安心してください、お義父さん、お義母さん。
俺は二人の目をしっかり見て、力強く頷いた。
それからしばらくして、校外学習が行われた。そこでミスティアは、山へ向かう馬車は俺と一緒が良いとお願いしてきたのだ。なんて可愛いお願いだろうか。「体調不良の生徒で埋まっていなければ」と前置きしてのお願いが、何ともミスティアらしい。隣のクラスの担任も同乗して居た為、会話も何も出来なかったが、五回目が合った。最高だ。
途中、生徒が怪我をしていたと報告があり、急いで向かうとミスティアがその生徒、ロベルト・ワイズを介抱していた。ロベルト・ワイズは足を捻挫しているらしい。
このまま下りるよりも、登って頂上の医者に診てもらう方が早い、そこから使いをつかって運んだ方がいいだろうと考え、ロベルト・ワイズを背負い頂上に向かうことにした。
山を登りながら、昔の俺とミスティアを見てるみてえだな、と思った。ロベルト・ワイズも、あの時の俺と同じようにミスティアを睨むように凝視していた。もしかしたら恋に落ちたんじゃねえのかと不安に思っていたが、ミスティアに何となく山の伝説の話をしている時に、ミスティアに愛の告白をされた。
願いが無いのか、俺が尋ねた時、「あります、でも、絶対叶えなきゃいけない願いでもあります」と、俺の目を見てはっきり伝えて来たのだ。
ミスティアはまた、俺の不安を見抜いてくれていた。そして、ロベルト・ワイズには分からないように、俺達の未来は絶対だと、俺に想いを伝えてくれたのだ。
俺の恋人、そして嫁は本当にすごい。勇ましさすら感じさせる。毎日毎日惚れさせ続けて、人間の死因に惚れ死があるとしたら俺は毎日死んでるし、ミスティアは毎日俺のことを殺している。ミスティアになら殺されてもいい。いや、でもミスティアは置いていけねえ。それに俺が死んだら悲しませる。嫁を悲しませるなんて旦那として絶対しちゃいけねえことだ。
頂上に到着して、ロベルト・ワイズを医者に診てもらい、説明をしたり、山のふもとまで連絡が伝わるよう手配していると、下山の時間。
登りは係のこともあり、ミスティアを置いて行ってしまった。が、今回はクラスで集まって下山出来るということで、ミスティアを呼び止めロベルト・ワイズのお礼を伝えつつ、他愛も無い話をして引き留め、自然な流れで一緒に下山できるよう仕組んでしまった。俺の思惑なんて簡単に分かっているらしい。ミスティアは帰りの馬車でも俺に「ちょっと帰り不安が……」と同乗を求めて来た。
俺の嫁、本当に世界一可愛い。
俺は浮かれていた、だから、ギリギリまで気づかなかったのだ。クソガキの魔の手が、ミスティアのすぐそばまで迫っていることに。
「入学して結構経ちますし、席替えをしたいと思うんです」
昼、授業変更の告知をする為に教室に向かうと、学級長であるレイド・ノクターがそう言って来た。特に断る理由もなく承諾し、昼休憩を終えた授業で、席替えをすることになった。
レイド・ノクターが仕切りのもと自由にさせていると、奴は俺に自分のくじを引かせた。紙は薄く、引く前は箱に入っているから番号が分からないものの、引いた後は周囲の光で透けて見え、十三と書かれていることが分かる。
こんな薄い紙なら、ただくじを引く時、そばにいるだけで誰がどの番号を引いたのか分かる。クラス全員の番号を記憶することは不可能だろうが、どうしても離れたい、近づきたい一人の番号を把握して、操作することはたやすい。
対象の人間が引く順番が、最後なら、特に。
もしかして、あいつ、席替えで自分のいいように動かす気じゃ……、嫌な予感がして、レイド・ノクターが回った順路を確認し、そこから次に行く順路を辿っていくと、最後にミスティアが辿りつく。
クソガキ、ミスティアと隣の席になろうとしてやがんな。
頭が痛むほどの苛立ちをミスティアの顔を見ることで抑える。ミスティアは不安そうにしていた。大丈夫だ、ミスティア。俺が守ってやるから。
しかし番号が分からねえ。今からミスティアの近くに行って、番号を盗み見るかと考えると、丁度クソガキがミスティアにくじを引かせた。ミスティアの口が、「ろく」と小さく動く。
やっぱり運命だ。俺達の邪魔は誰にも出来ねえように出来てる。
「僕が数字をふっていくけど、気に入らない席にだったら、ごめん」
そう言って笑うクソガキの手からチョークを取り、黒板に数字を書き込んでいく。ミスティアは、前と同じ席にしておく。本当は最前列が良いが、そこまでしたら職権乱用だし、あの席は廊下後方から帰ってくると自然に会話が出来る。
後はしっかりばらばらに、混ざる様に番号を書いていくと、十三番。クソガキの番号だ。てめえの思惑は分かってんだよ、それに番号もな、とミスティアの席と正反対の位置に番号を書いた。
全ての番号を黒板に記入して、また教卓の方に向き直ると、ミスティアは嬉々としていた。大丈夫だ。俺が守ってやるからなと想いつつ、移動を促すと生徒たちは移動していく。ミスティアは動かない。見過ぎだと考え視線を手前に戻すと、クソガキ……、レイド・ノクターは静かに、そして確実に探るような目を俺に向けていた。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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