思惑交差点
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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それから三人でしばらく会話をすると、昼休憩終了の鐘が鳴った。アリーさんにお礼を伝え、用務員室を後にし、フィーナ・ネインさんと共に教室へ向かう。
貴族学校は、昼休憩終了の鐘が鳴った後、五分空き時間を挟み、五限目の授業開始の鐘が鳴る。いわばこの五分は、「今のうちに自分の教室に戻れ」という移動猶予時間だ。
階段に差し掛かり、ふと隣を歩く彼女を見る。……そう言えば、何処のクラスなのだろう。考えながら階段を上っていると、彼女は一学年の階の踊り場で立ち止まった。
「どうしました?」
「残念ですけれど、ここでお別れですわ」
「もしかして、早退ですか……? まだ身体の調子が……?」
「いえ? 自分のクラスに戻りますの」
え? じゃあこの階じゃないと戻れなくないか? もしかして別棟を経由して自分のクラスに戻る、とか複雑な事情があるのだろうか。彼女は実際、襲われたのだし。すると、彼女は閃いたように目を見開いた。
「ああ、きっとミスティアさんは勘違いなさっておりますわ! わたくしは第二学年ですわ」
「え……? でも、あの、先輩って……?」
「お兄様とは双子ですの、ですから兄妹でも、同学年で、わたくしも二学年」
そうか、双子なのか。だから同じ学年。お兄さんの方が二学年と言っていたから、てっきり一年だとばかり思っていた。いや、先輩じゃないか!
「そ、そうでしたか、すみません、勘違いしてしまって」
「いえ、気になさらないで、ミスティアさんは失礼な行いなどされていませんわ、それに、わたくしの方こそ、先程は取り乱してしまって……」
謝ると、今度は先輩の方が思いつめた表情をした。違う、そんな顔をさせてしまうのは申し訳ない。
「あ、えっと、それは本当に、大丈夫ですよ、その、大変なことがあった後ですし、取り乱すのは当然と言うか、逆に取り乱さないで、溜め込んだ方が健康には良くないと言いますか、お辛い時は、その、出してしまったほうが、いいと思います」
そう伝えると、彼女は驚いた様な顔をして、しばし目を伏せると、口を開いた。
「……あの、こんなことを言うのは、おこがましいのかもしれませんけれど」
「? はい」
「どうか、ミスティアさんがこれから先、何かお困りの際には、私達におっしゃっていただけませんか?」
「え」
「わたくしは、ミスティアさんに救われました、ですから、ミスティアさんのお力になりたい、わたくしの一生でも到底返しきれない恩義ということは理解しております、しかしそれでも、何かあれば、お力になりたいのです……」
何か、どんどん壮大な話になっている気がする。確かに、命を救ったことにはなるのかもしれないが、逆に命に関わることなら助けるのは当然な訳で、ここまで言われるものではない。
「……では、ひとつ」
「ええ、是非、何でもおっしゃってください」
「私の事はどうか気になさらないでください、感謝の気持ちはありがたいです。けど、その、先輩が、元気で、健やかであるのが一番ですし」
すると授業開始の鐘が鳴った。まずい、先輩はこのまま階段を上らなきゃいけないのに、もう切り上げなくては。病み上がりだし。
「ええと、それではこれで……、あのくれぐれも無理はなさらないでください……。今日、お会いできて良かったです、安心しました、では失礼します」
礼をして、そのまま立ち去った。
そっと教室に入ると、黒板に座席の見取り図のような、まるで今から席替えをするかのような書き込みがされていた。
教卓には、教師ではなくレイド・ノクターが立っており、手にはくじ引きにうってつけの、中央に手を突っ込む為の穴のある箱を持っている。
え、何これ、席替えでもするの?呆然と立ち尽くしていると、レイド・ノクターがこちらにやってきた。
「ああ、ミスティア、おかえり」
「どうも……、あの、これは一体」
「席替えだよ、五限目の数学が国語に変更になって、シーク先生の授業だからって、席替えになったんだ」
は? 意味が分からない。
数学が国語に変更になるのは理解できる。よくある時間割変更だ。しかし何故そこで席替えに直結する?
「そろそろ皆、名前を覚えた頃だろう? 席を変えて、新しい交流の輪を広げようってことで、昼休みのときに、僕が提案したんだ」
学級長としては、彼は正しい。座席を入れ替えて、交流の輪を広げ、クラスの親睦を深めようと言う心意気。素晴らしく正しい。学級長の鑑。しかし、その行いは、私にとっては、死である。まぎれもない、地獄の片道切符の発券に他ならない。
現状、今の席は最善であり、最良であり、最高の席である。即入室、即退室が可能な、廊下側最後列。遠く離れたレイド・ノクターとアリス。さらに二人はまとまってくれている。最善、最良、最高だ。ということは、後は落ちるのみ。
最悪の想像が鮮やかに脳内に上映される。
右にアリス、左にレイド・ノクター。逃げるのが困難な窓側、中央。前後でも死ぬ。斜めでも死ぬ。死のゲーム。デッドエンド。
「お疲れ様です……」
絶望を抱えながら着席すると同時に、ジェシー先生が教室に入ってきた。その様子を呆然としながら見ていると、入室したジェシー先生の元へ、レイド・ノクターが箱を差し出す。
「先生、はじめに、僕の番号を引いておいてもらえませんか」
「おー」
席替えは、レイド・ノクター主導で行うらしい。学級長としてなのか、言い出しっぺだからなのか分からない。
先生はくじを引き、後ろ手に持った。窓際の最前列から順番に、レイド・ノクターがくじ箱を運ぶ。前世時代は席替えのくじは、引く順番についてじゃんけん大会がその都度行われていたが、そういったことはしないようだ。
ということは、レイド・ノクターが回る流れを見るに、私が最後に決定している。
引く権利すら与えられない。……逆に考えよう、完全なる神の采配だと。いや神の采配、信用できないわ。今まで色々酷い目に遭わされてるわ、特に留学書類の神隠しについては恨みしかない。
「はい、引きなよ、ミスティア」
レイド・ノクターが私に箱を差し出す。引きなよと言われても、もう一つしか残っていない。だというのにレイド・ノクターこの男、「引きなよ」とは一体。
そう思いながら箱からくじを引き抜く、……六番。
「僕が数字をふっていくけど、気に入らない席にだったら、ごめん」
いつの間にか黒板の前に立っていたレイド・ノクターは、チョークを手に取り困ったように笑う。教室の空気を掴んでいる。流石レイド・ノクター。四月中にクラスの中心人物としての地位を、完全なるものにしている。
「いや、俺がする、ほら、お前のくじ」
すると先生が、レイド・ノクターの手からチョークを取り、くじを渡す。レイド・ノクターは「ありがとうございます、先生」と笑って着席した。
先生が、黒板に番号をふっていく。クラスは中々奇妙な雰囲気に包まれている。誰が隣か分からない。そしてここにいるのは、ほぼ貴族。
良い席でも「やったあああああふうううううい!」と暴れるようなことはしないし、悪い席でも「やだああああああどうしてええええ」と暴れるようなことはしない。
奇妙な雰囲気の中、私の番号が黒板に書かれた。驚愕で、一瞬思考が停止する。
奇跡だ。奇跡が起きた。
今と同じ席のところに書かれた、数字は、私が手にしているものと同じだ。
最後尾最端廊下側。奇跡の無移動である。やった! この即時撤退可能な席が確定しているなら、少なからず安心である。神は私に味方したのだ、最高。ごめんなさい神様、私あなたのこと誤解していました。
「書き終わった、授業も残ってる。さっさと移動しろ」
先生の言葉で、ぞろぞろと動き出す。レイド・ノクターは自分の鞄を持って、前の方へ移動していく。
窓際、窓際最前列の座席だ。すごい、これはいける!最高の席替えだ。レイド・ノクターはこれで後ろの扉を使用することはほぼ無い!
はじめレイド・ノクターが席替えを提案した時は、絶望し、呪詛すら送りかけたが訂正する。ありがとうレイド・ノクター! この席替え最高だよ! 最高! 隣の席に人が立った。ゲームではミスティアの取り巻き、今は普通に学校生活を謳歌している生徒だ。
席替え前の状態でも、彼女とは席が近かった。安心、安全、完璧な周囲環境。完璧である。
歓喜に打ち震えているのを悟られないよう、机をじっと眺める。「移動し忘れているやつ」だと思われても別に構わない。
だってここは私の席で間違いないのだ。くじだってこの手にある。ああ、最高だ、
「よっ、と、これで荷物は、全部だいじょうぶっ」
横から聴こえてくる声に違和感を覚える。あれ、彼女の声、何か違くない?むしろ、この声って
「あ、あのっよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしま……」
言いかけて、停止する。
私の隣に座ったのは、桃色の乙女。アリス・ハーツパールであった。
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