望む結末
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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私はレイド・ノクターと食事を終えると、ノクター夫人の刺繍を傷つけないよう敷布を畳むなど撤収作業を手伝い、お手洗いに行くと言って速やかに撤退した。
そして、今は、完全な死角になっているベンチに座っている。
ここは前方に、頂上からの景色を眺めてくださいと言わんばかりのスペースがあり、そのスペースこそがジェシー先生が話をしていた伝説の場所らしい。「ここで願い事をして、景色を見下ろしてみよう!」と看板まで建てられている。
よって視線はそこに集中しており、その反対に位置するこのベンチは完全なる死角、身を隠すのにも、考え事をするのにも丁度いい。ということで死角ベンチに腰を下ろし、エンディングシステムについて考えている。
マルチエンディングシステム。選択肢によって、異なる結末に辿りつくシステムだ。
きゅんらぶにおいて、攻略対象との会話などで発生する選択肢によって変わる結末は、三つ。ハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドの三つ。実にシンプルである。ハッピーエンドだけ無かったり、バッドエンドだけ二百以上あったりなんてことはない。
内容も、シンプルで、ハッピーエンドは、攻略対象と結ばれ、ノーマルエンドは友達以上恋人未満の来年に期待させるような結末。バッドエンドは地獄と不穏の世界である。
ノーマルエンドがどう考えてもバッドエンドだったり、という展開はない、安心設計だ。
例えば、レイド・ノクタールート、通称レイドルートの場合。ハッピーエンドではレイド・ノクターが主人公に告白し結婚。ノーマルエンドでは、レイド・ノクターに色々あり彼は主人公に告白できず、来年期待エンド。バッドエンドではレイド・ノクターはミスティアと結婚し、主人公とは結ばれない。
そしてその、全てにおいて結末が異なる三エンディングの中で唯一共通しているのが、ミスティア・アーレンの投獄…、そして死罪である。
まずはハッピーエンドとノーマルエンド。悪逆非道を繰り返し、主人公だけでなく主人公の周囲の人間にまで手を出しはじめた狂気の令嬢は、主人公の怒りを買い、進級前、三年生の卒業パーティーで悪行証拠提示のもと断罪される。
三年生の卒業パーティーで、である。アリスもミスティアもレイド・ノクターも卒業しない。全くメインじゃない。
そんな三年生の卒業パーティーにて、断罪イベントが起こるのだ。三年の先輩も驚愕である。しかしゲームではこの三人がメインの為、先輩がメインのはずのパーティーで騒ぎを起こしてもつまみ出されない。
そうして、断罪されすべての悪行が明るみになったミスティアの処遇だが、それまで主人公を崖から落としたり谷底に落としたり、完全にアウトで、どこもグレーさが無い犯罪行為をしていたものの、アリスはその場でミスティアの悪行を明るみにしただけで、投獄させようとはしない。「これからは真っ当に生きてください」とミスティアに言い放つだけだ。悪行が明るみになることで、これから十分罰を受けるのだから、そのままでいろと。公的機関に通報することも無い。アリスのミスティアにかける最後の情けである。
一方ミスティアはアリスと全面的に戦う意思を示すが、なんやかんやで抑えられて退場する。その時点では、投獄はされない。ミスティアは捕まらないのだ。
そして卒業パーティーから一週間が経った頃。ミスティアから、謝罪がしたいと呼び出しの手紙が届く。時間は、その日の深夜。場所は教室。「一人で来てほしい」と指定付きだ。
プレイヤーはその場面で皆、こう思うはず。
「それ絶対行っちゃいけないやつ」
しかし、そこで行く行かないの選択肢は表示されない。アリスはその誘いを疑いつつも行ってしまう。そこで案の定ミスティアは謝罪することなく、主人公を散々罵り、今までの行いを全て正当化して、学校に油をまき、着火ならぬ放火する。
このシーンで取得できる「貴女だけは絶対許さない。殺してやる!」という、燃え盛る炎をバックに、鬼の形相をしたミスティアのソロスチルは、乙女ゲームのスレより全く関係ないホラースレで話題になるほど異様なスチルである。
火の手が回りながらも、アリスを罵り続けるミスティアは、「あなたを絶対幸せにはさせない! あははははははははは!」と狂ったように高笑いをする。そんな愛憎渦巻く火災現場に、レイド・ノクターが助けに来るのだ。
そうしてミスティアは放火で現行犯逮捕。主人公は安心感で気絶し画面暗転。ここまでがハッピーエンド、ノーマルエンド共通強制イベントである。そしてここからがハッピーエンド、ノーマルエンドの分かれ道だ。
好感度が高ければ、火災で無傷だったものの、念の為医者に診てもらった主人公の元にレイド・ノクターが現れ、「こんな時に話すべきじゃないけど……」と、ミスティアが投獄されたこと、そして婚約も破棄出来たことを伝えつつ、アリスに告白する。
正直相手の弱体化につけ込んでいるし、もっと早く破棄しとけよ! アリス燃やされかけたんだぞ!感が否めないが、二人の想いは通じ合い、見事ハッピーエンドを迎えるのだ。
その後の二人の関係がダイジェスト的に流れ、場面は変わり結婚式に。永遠の愛を誓いあう二人のスチルでクリア。エンドロールが流れ色々、裏設定資料集やボイスコンテンツが解放されたりしていた。
好感度が初期状態と変わらなければ、レイド・ノクターは見舞いに訪れ、そのまま告白せず帰る。来年期待のノーマルエンド。後日退院したアリスを迎えに来て、「来年もよろしくね」とレイド・ノクターが花を贈り、甘酸っぱい爽やかな二人の照れ笑いスチルでクリア。正直こっちの彼の方が、誠実な気がする。
そして、バッドエンドへの分岐は、ミスティアが、アリスの周囲に手を出しまくった直後に起こる。
一月末、ミスティアがアリスの友人を退学にしたり、アリスの実家にまで嫌がらせの手を出している時、「その後の選択肢において、全て好感度が高まる最大の選択肢を選んだとしても、ハッピーエンドにぎりぎり満たない好感度」の場合、バッドエンドに分岐するのだ。
つまり好感度が最初から低ければノーマルエンド。好感度がぎりぎりハッピーエンドに満たない場合のみバッドエンドのレールに切り替えられてしまうのだ。ハッピーエンドとバッドエンドは紙一重。「きゅんきゅんらぶすくーる」真骨頂、地獄仕様である。
ミスティアに周囲を傷つけられ、不安と恐怖に囚われた主人公は、「私はいなくなるから、周囲の人に手を出さないで」とミスティアに頼んでしまう。ミスティアは嬉々として快諾。主人公は卒業パーティー間近、二月の末に誰にも何も告げずに姿を消すのだ。
よってバッドエンドでは、断罪イベントは発生せず、ミスティアは学校を燃やさない。
しかしここで終わらないのが「きゅんらぶ」だった。突如消えたアリス。呆然自失となったレイド・ノクターは、アリスを失った喪失感を抱えたまま、学校卒業後、婚約者であったミスティアと結婚する。
そしてその後、地獄の結婚式を終えた後、画面が暗転し、レイド・ノクターが切なそうに佇むスチル。「僕はいつだって、君を愛している」というボイス、画面暗転、陰鬱だ。陰鬱を極めている。
しかも各攻略対象、各エンド一枚ずつのはずのスチルが、レイド・ノクターバッドエンドのみ三枚、この地獄への気合の入れよう。プレイヤーの心を亡きものにしようとする明確な殺意を感じる。
バッドエンドスチルは、学校を去る主人公の姿のスチル。ミスティアとレイド・ノクターの結婚式のスチル。最後の、「君を愛している」スチル。狂気の沙汰である。
しかも主人公が去るスチルで彼女は左を、レイド・ノクターの愛しているスチルで彼は右を向いている。永遠に交わらなくなってしまった二人を象徴とした構図。まさに地獄。
初見でこんな結末を迎えた日には、間違いなく人は虚無に陥るか死ぬだろう。四月から二月までのほぼ一年、アリスに自分を重ね合わせた人もアリスを独立したキャラとしてプレイした人も、どん底に落ちるこのシナリオ。
しかし地獄はここで終わらない。終わらないのだ。「君を愛している」ボイス暗転の後、結婚式から半年後の物語が描かれる。
なんと、ミスティアの悪行が何者かの告発により新聞の一面で取り上げられるのだ。その一件で、警察は大々的にアーレン家を捜査。ミスティアや、彼女の悪行に加担した両親と、アーレン家は一家全員投獄され、晴れてレイド・ノクターは自由の身に。
しかし、時すでに遅し。愛する主人公と離れ離れになり、ミスティアとの地獄の結婚生活を半年間送ってしまったレイド・ノクターは、自暴自棄になり、消息を絶ったアリスを探す気力も起きず、何もない、どこにいるかも分からない、真っ白な部屋で、半ば廃人のような目で、ただ窓を眺め、「しあわせ、か」と呟き、ようやくエンディングを迎えるのだ。
地獄か。
レイド・ノクターと幸せなハッピーエンドを夢見てプレイしていたならば、こんな結末を見た日には死ぬだろう。心がおかしくなる。
ミスティアは、アリスがどのエンディングに到達しようが、私は投獄され死ぬ。かといってアリスがレイドルート以外に進んでも、投獄死罪理由が少し変わるだけで私の結末は変わらない。ダイジェスト的に投獄される。
まあ、レイドルート以外なら生存できたとしても、アリスが誰を好きになるかなんてアリスとか運命とかが決めるもので、私がどうこうできる問題じゃない。アリス個人の問題である。どうしようもないことだ。
ルートの入り方や判断の仕方だが、いまいち確固たる判断が出来ない。基本は学期が始まり三か月間は自由、そこから固定ルートで、私自身そう進んだが、選択肢次第では途中乗り換えも可能らしい。その分好感度が得られない状態でのスタートになるものの、ハッピーエンドも不可能では無い、と友人は言っていた。
……やっぱり留学の手札を消失したのは大きい。外国に引っ越しするのも良かったかもしれない。しかしエリクのごっこ狂いは放っておけば、確実にその後の人生に暗い闇を落としかねない黒歴史になるだろうし、レイド・ノクターは可愛さ余って憎さ百倍、刃物沙汰になる可能性だってある。あの目、普通じゃないし。
ぼんやりとベンチから「願ってみようスペース」を眺めると、丁度さっと人が引いた。まるで願うなら今がチャンス、とでもいうようなベストタイミングだ。
よし、願うか。腰を上げスペースに向かうと、「ここに立って願ってね」と足元に印がついている。親切だ。
どうか、死罪投獄の回避が出来て、家族や使用人の皆と穏やかに過ごせますように、後出来ればレイド・ノクターとエリクが更生して、幸せに生きてくれますように。
そう願いながら、頂上から山々を見下ろす。
「あれ」
前世時代から、割と高所は平気な方である。展望台で、足元がガラス張りで落ちそうなドキドキ体験というのも、特に思うことは無く、「建物が小さい、ゲームみたい」という脳内がゲームに占められているような感想を抱き、高所で作業をすることを体験出来るゲームでも、「わーグラフィックが良い」と高所に対しての恐怖心は無かった、のだが。
見下ろすと、何となく不快感がこみあげてくる。そしてそこはかとない、心もとない感じも。少し離れると落ち着いてきた。
……いつのまにか高所が駄目になったのだろうか。山に登っている間は何にも感じなかった。レイド・ノクターが怖い、アリスが怖い、足冷やさなきゃ、ということに気を取られていたものの、普通に景色は見えていたし、その高さも感じていたはずだ。
頂上からの景色が駄目……とか? もう一度確認してみるか。そう思って一歩踏み込むと、ぐい、と後ろに身体が持っていかれ、勢いのまま振り返るとロベルト・ワイズが立っている。
「え、怪我は」
「……たいのか!」
「はい?」
「死にたいのか! 前をよく見ろ!」
そう言われても、柵は数歩前にあり、突然立ち幅跳びをしても落ちない距離である。
……? もしかして心配してくれた?
「えっと、ありがとうございます」
「はあ!?」
ロベルト・ワイズは驚愕の表情をしている。ふと足元を確認すると、捻挫していた位置には包帯が巻かれていた。
「あ、怪我の手あ……」
「うるさい! 俺に触るな!」
何だろう、全然情緒が安定していない気がする。大丈夫だろうか、言葉を紡ぐ前に、ロベルト・ワイズは何故かぶんっと音がしそうな勢いで踵を返すと、物凄い勢いで去っていった。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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