残酷な隣人
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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頂上に到着すると、そのまま救護室ならぬ救護小屋に直行した。先生は説明の為に小屋に残り、私はロベルト・ワイズの荷物を預け、邪魔にならないよう小屋から出ると、丁度レイド・ノクターが立っていた。
「ミスティア、遅かったね、心配したよ。……彼の足の具合はどう?」
「えっと、捻挫みたいで、大事ではないみたいです」
学級委員長として、状況を把握しに来たんだろう。そう話すと、レイド・ノクターはなんだか値踏みするような目をこちらに向けた後、何かを考え込むように目を伏せる。
もしや、疑われているのでは……? ……これ、突き落とそうとして失敗して、証拠隠滅および容疑者から外れる為に介抱したと思われているのでは。レイド・ノクターは、私とロベルト・ワイズの過去のやり取りを見ていた。私が怪我をさせたと思っているのかもしれない。
客観的に考えても、逆の立場なら、百人のうち九十人くらいはそう考えるはずだ。その中に家族や使用人の皆がいたら、半数くらいには落ち着くだろうが、普通なら、疑って当然の状況である。
まずい、そうなると私は、人目に触れないように山に登っていたから、無実だと証明できるアリバイなんて何処にも無い。
「違いますよ、突き落としたんじゃないです。谷に突き落とそうとしてもいなくて……、登っていたら、こう、既に怪我をしていた、というか」
「知ってるよ、君はそんなことしない」
レイド・ノクターは、呆れたように笑う。
安心した。彼に「こいつは自分に何かやってきた奴は突き落とすタイプなんだな」なんて思われれば普通に投獄死罪エンド待ったなし。間違いなく死ぬ。
「じゃあ、いいですけ……」
「そういう事をする人間は、いるだろうけどね」
思考が停止する。怖い。レイド・ノクターを見ると、彼は弟狂いの目をしていた。
……これ、遠回しの脅迫では? 「お前、これ以上弟に近付いたら、落とすぞ」ってことでは?この間のさわやか好青年王子様キラキラオーラは登山中に削がれたとか? 恐る恐る顔色を窺うと、レイド・ノクターは徐々に普通の目に戻っていく。
「彼はさ、人の忠告を聞かずに足元の悪い道を登っていたらしいよ。僕たちも、気をつけないとね」
「なるほど……」
何でわざわざ足元の悪い道を? 別に、順位や成績が関連する行事でも無いのに。
「じゃああと少しで昼食の時間だから、行こう? ミスティア。お昼、一緒に食べよう」
考えていると、レイド・ノクターが前を指し促してくる。その先には、クラスの皆が集まっていた。
「え、いや私は、ほら、レイド様は、学級長ですし、他の方と」
「駄目だよ、親睦を深めるのだから、しっかり皆で、食べないと」
「では、し、親睦はもう深ま……、いえ私は次の機会に」
「嫌なの?」
レイド・ノクターの剛速球の問いかけが直撃する。いつも彼は全速力の投球をしてくる。そして地獄の二択。答えられる訳が無い。
「行きます……」
「うん、行こう」
レイド・ノクターが、私の一歩後ろを歩く。逃げられないように、さり気なく鞄を掴まれている。おそらく彼は、クラスの統率を強固なものにしようとしているのだ。
だから、一人とんでもない方向に存在しているクラスメイトが許せないのだろう。圧が凄い。
クラスの皆が集まる場所に向かうと、レイド・ノクターが一歩前に出て、木陰のほうで食べようと指示をし、大きな木の下を指した。するとクラスメイト達はどんどん木の下に移動していく。
恐ろしいカリスマ性。怖い。レイド・ノクターに「あいつやってしまえ」なんて言われたら一発でやられる支配力だ。ぞろぞろと移動し、各々集まってピクニックシートならぬ敷布を広げ座りだすクラスメイトから、ほんの少し離れつつ隅の方でこそこそと布を広げると、木陰の影がより暗くなる。想像がつく。絶対レイド・ノクターだもの。知ってるよ。分かってる。最近悲しいことに、足音で分かる様になってきた。
「どうも」
先手を打ち振り返ると、レイド・ノクターは少し驚いたような顔をしたが、すぐに驚きの表情は消え、穏やかな笑みを浮かべ私の隣に布を広げ始めた。紺の敷布には草木の刺繍がされている。色鮮やかな寒色系で統一されており、とても、綺麗だ。
「綺麗な刺繍ですね」
「そうかな」
「はい、こことか、こんなに細かく影がついてて、色の配色とかも、鮮やかで、時間かかったんだろうな……」
「ああ、母の刺繍なんだ。いつも家族で使うんだけど、借りて来たんだ」
「ノクター夫人が……」
濃淡と影がつけられ、かなり凝った作りだ。一針ずつ刺繍するということは、色数の分針に糸を通す作業もあるわけで。きっと膨大な時間をかけたのだろう。それを完成までやりきるのもすごい根気のいる作業だ。すごいなあ、と眺めていると、レイド・ノクターが私の敷布の上に置いた鞄を自分の敷布に移動し始めた。
「え、な、何してるんですか?」
「せっかくだし、一緒に食べよう? 荷物、僕のところに置いていいよ」
「いや、いいですよ、せっかくの家族の愛がつまった布なんですから、ご家族で仲良く」
「君はいずれノクターになるんだよ、まあ僕がアーレンに入ってもいいけど」
怖い。ザルドくんにスムーズにノクターを継がせる為の計画を、ここまで大々的に表明してくるとは。
弟狂いはアリスによって日々緩和されていると思ったけど、思えばさっきも恐ろしい目つきをしていた。完全に浮かれていたけど病は一進一退。治ったと思ったら悪化していましたなんてザラだ。
計画を隠さなくなってきたということは、病は日々悪化しているだけで、レイド・ノクターが思い出し萌えをして爽やかお兄さんの表情をしたのは、病の進行が一時治まっただけにすぎない……?
「座りなよ、食べる時間減るよ?」
レイド・ノクターに促されるまま、ノクター夫人の敷布に座る。もう、なるべく早く食べて、撤退しようと考え自分の敷布を畳んで鞄にしまい、ランチボックスを取り出す。
「入学してから食事を一緒にとるのは、はじめてだね」
「そうですね」
「ミスティア、いつも忙しそうだから」
「ええ、まだ慣れなくて」
「じゃあ、慣れたら一緒に食べようか」
レイド・ノクターは笑みを浮かべながら、ランチボックスを取り出し、包みを外した。レイド・ノクターと校内で一緒に食事なんて死の匂いしかしない。一生不慣れでいようと誓いながらランチボックスの蓋を開けると、料理長お手製のサンドイッチが現れる。ボックスには仕切りが取り付けられ、果物が添えられており、ハートや星型に切り抜かれていて、食べやすいように小ぶりのピックが刺さっている。
ありがとう料理長、美味しく食べます。帰ったらお礼を言おうと心に誓っていると、レイド・ノクターが私のお弁当を見る。
「アーレン家の料理長が作ったの?」
「ええ、料理長、手先が物凄く器用なんですよ……! 前に実際切っているところを見てたんですけど、動きもすごく速くて」
「へえ、そういえばアーレン家の料理人って、僕見た事無いな、どんな感じの人なの?」
「いい人ですよ。新作が出来るといつも報告してくれて」
この間も、執事経由で料理長は新作のケーキを届けてくれた。ケーキのネーミングセンスが独特で、「思い余ったケーキ」「ずっと食べて欲しいプリン」「イッソコ・デタルト」など多岐に渡り、楽しい。
「そうなんだ、食事は全部その人が?」
「はい、本当はもっと沢山人を雇って、休んでほしいと思っているんですけど耐えられないって、何か、他に人が来ると、自分が辞めなきゃって不安に思うらしくて」
「ふうん……」
サンドイッチを一口食べ、ふと気づく。レイド・ノクターは、何故アリスと食べないのだろうか。現在レイド・ノクターは、私の隣で、綺麗な所作で食事をしている。
恋愛イベントではアリスはレイド・ノクターと頂上に行き終わっていた。一緒にいないのはイベントの進行上、おかしくはない。
でも、それはアリスが谷から落ちかけて、救護室にいたからだ。今アリスは無傷、一緒に食べられる状況は出来ている。
何故アリスを昼に誘わない? 頂上でお弁当とか、結構いいシチュエーションでは?
レイド・ノクターとアリスの親密度、好感度がまだ低く、弟への執着が勝り、将来の婿入り先候補のミスティアと食事をしている……?
もしや、そもそもレイドルートでは無い……?
ふと、アリスを探すと、彼女は遠方でクラスメイトたちと食事をしている。その様子を見ながらきゅんらぶのシステムについて思い返す。「きゅんらぶ」は悪役キャラクターがいたりするが、システム自体は一般的な乙女ゲームと同じである、らしい。乙女ゲームはきゅんらぶが初めてだからよく分からないが、かつての友人は、そういったゲームはあまり多くなく、だからこそきゅんらぶはとんでもないと言っていた。
そんなとんでもないきゅんらぶの、スタンダードな、一般的なシステム。それは、マルチエンディングシステムだ。
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