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致命的な想像は心を裂く

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 黙々と山を登って一時間。校外学習に選択される山だからか、きちんと道は整えられており、山道というよりは延々と永遠に続く、坂道に近い。そこかしこに看板が設置されていて、分かれ道には「上級」「初級」と看板でしっかり表示されているし、途中、「ここは初級の道です、上級と間違えた場合は、むやみに戻らず諦めましょう」と表記され、中々親切な設計になっている。


 直近で見た看板には、ふもとから今いる距離、そしてここから頂上への距離が記され超要約すると「山の三分の二までもう少しだぞ、三分の二じゃない、三分の二までもう少しだぞ」と書かれていた。よって今は三分の二くらい登ったのだろう。


 今、アリスやレイド・ノクターは既に頂上付近だろうか。うっかり遭遇してしまわないように前方に全神経を集中させながら山を登る。私が現在属しているのはおそらく先頭集団と最後尾集団の中間、まごうことなき中間集団。これで前にレイド・ノクターがいたら、物陰に隠れどんどん後退し、最後尾の集団に入る算段である。


 距離と言えばアリスとレイド・ノクターの二人の心の距離はどうなっているのだろう。アリスはささっと出発していたし、レイド・ノクターは万能の人だから、二人とも早々に頂上に到達して、しばらく二人きりでお話して、ぐっと距離近づけてくれないだろうか。


 アリスとレイド・ノクターが、綺麗な頂上の景色を見て、夢でも語り合ってくれていますように……、と心の中でビーナスレイに祈っておく。


 ……そういえば、まだアリスが平民だってこと、知れ渡っていないような。現段階で彼女が平民であると知っているのは、私と、どこかで「貴族学校に平民が入学する」と聞きつけ調べ上げ、アリスだと特定したクラウスである。普通なら情報統制の一つでもされていそうだが、それを破った、クラウス・セントリック。


 学生とは思えない情報網、前世時代ゲームやアニメで「学生でありながら情報屋を営み生計を立てている、暗い部屋、パソコンのモニターをカタカタしているキャラ」をよく見ていたが、世界観が現代であればクラウスはきっとそんな感じだったのだろうと思う。


 ……あれ、でも何で皆アリスが平民って知らないんだろう。エリクは平民のアリスに興味を持って近づく、という出会いの流れであった。レイド・ノクターも、平民の彼女を学級長として気にかけて近づいていくはずだ。


 何か違う?


 いや、でも、レイド・ノクターは入学式の日にアリスに気さくに話していたし、エリクも接点がある。大丈夫だろう。アリスが平民であることに焦点が当たるシナリオは、基本ロベルト・ワイズが請け負っているし。それに、アリスが黙っているのだから、それでいい。私がどうこうするべきじゃない。


 ふと、いつの間にか俯いていた視線を前に戻すと、遠くにロベルト・ワイズが歩いているのを発見した。彼はいつ出発していただろうか、思い出せない。


 少なくともレイド・ノクターとは一緒では無かったはず、多分……。一応、距離をあける為に休憩をしよう。本当はもう少し後に休憩する予定だったが、仕方ないと諦め道を外れ座る。


 鞄から三本ある水筒のうち一つを取り出し飲む、とても美味しい。中身は料理長特製アイスティーだ。料理長は「山に登るんですか……?だったら完全な準備をしないと……」と水筒を三本用意してくれた。


 アイスティー、水、ハーブティーだ。アイスティーと水には氷入り。アイスティーは登り下り用、ハーブティーはお昼用、水は最後下りきった時用だ。本来は五本持たせようとしてくれたのだが、山に登れなくなる。断腸の思いでお断りすると、「なら俺がついていけばいいんじゃないですか? 水筒係として!」と料理長が申し出たのでそれもお断りした。


 いくらなんでも過保護すぎる。料理長同伴の遠足なんて学校始まって一人もいないだろう。もしかしたら、相当虚弱に見られているのかもしれない。執事のグレイも「明日って何時でしたっけ?」と同行する気気満々だったし、庭師のフォレストも「俺、山については詳しいですよ」と既に同行の準備をしていた。


 今日はしっかり山登りをしたことを伝えて、元気なことをアピールしなければ。


 ロベルト・ワイズの位置を確認する。距離が離れている為か、進んでいるのか進んでいないのかいまいちわからない。ふむ、もう少し座って居よう。


 ある程度顔見知り、普通の知り合いであれば、「先頭ってどの辺りか分かる?」と尋ねられるが、生憎彼、ロベルト・ワイズは私の事が気に入らない。


 この間は結局無視していなかったらしいし、全てにおいて不鮮明な中で判断することは危うい気もするが、私を嫌いなのは確定だろう。嫌いな理由だがゲーム上彼は、大声で糾弾したりアリスを集団で虐めるミスティアを嫌悪していたが、現在私はそういったことを一切していない。


 ということは、私の何かを気に入らないのだろう。愛想が無い、何を考えているか分からない、気味が悪い。思いつくところは沢山ある。しかしながら、彼と不仲でもシナリオ上不都合は無いし、むしろ正常な状態。仲良くしていて、実は嫌われていた場合心が引きちぎれるだろうがこちらのことが気に入らないと、最初から一歩下がって認識していれば、どうということはない。


 レイド・ノクターが間に入ったあの件以降、移動教室や登校中、すれ違う際にこちらを睨みつけてはくるものの、何か言って来たり、殴ってきたりすることも無いため、ということで、彼に関しては当初から変わらず、ただ放置することにした。


 のだが。


 何でだろう、さっきからアイスティーを飲んだり、タオルで汗を拭いてみたりと時間は経過しているはずなのだが、ロベルト・ワイズが全く進んでいないように見える。


 彼を抜き去る生徒はいるし、時間も経過しているから、時が止まっている訳でも無い。彼が永遠に山登りをさせられる拷問魔法にかかっている状況でもない限り、この状況はおかしい。


 もしかして、熊除けの人のカカシとかが現在ロベルト・ワイズが居る位置にあって、それを見間違えているのでは……? 女神の山、ビーナスレイの見せる幻覚だったり……。


 進むか。こういう時、幻覚を見せられたままでいるのは絶対良くない。鞄に水筒とタオルを仕舞い、忘れ物が無いか確認して立ち上がる。


 ゆっくりと歩みを進めていくと、ロベルト・ワイズとの距離が縮まっていく。彼は、全く止まっている訳では無く、一歩一歩前に進んでいるようだ。


 しかし、あまりにも足取りがゆっくりすぎる。やはりおかしい。注意深く観察すると、右足に体重をかけないように歩いている。


 怪我か。


 見たところ、何も治療はされてない。先生たちに報告しようと思ったものの、多分今は頂上手前、山を降りて報告するより、中腹まで行って、先生に何とかしてもらった方がよさそうだ。


 どうやって話しかけるべきか。怪我している時に、嫌いな相手に会いたくないだろうしな……。考えている間にもどんどん距離が近づくと、ぐるりとロベルト・ワイズが振り返り、私を認識した。


「何だ!」


 初めから嫌悪エンジン全開である。振り切っていると言っても過言では無い、強い嫌悪感を向けてくる。しかしその表情は痛みによって苦悶にも満ちている。


 おそらくこのまま「足、怪我されてますよね?」と問答を繰り広げても、この間みたいになるだろう。どうすべきか考えるが、いい案が思いつかない。


 もういいか、直球で。


「ちょっとそこに座ってください」


「は?」


「早く」


 一切の返答を許さないぞ、という意思表示をすると、ロベルト・ワイズは素直に手頃な岩に座った。そのまま、彼の足元にしゃがみ、庇っていた足のズボンを勝手にめくり上げると、やはり赤く腫れている。


「ここどうされましたか」


「何なんだ君は!」


「ここどうされましたか?」


「何でも無い」


「ここどうされましたか?」


 質問に答えるまでと同じことを尋ね続ける。何か、五年前に似た様なことがあったな。あれはレイド・ノクターのお父さん相手だったし、言うこと聞かないと暴れるぞ、だったけど。


「……ぬかるんでるところに、重心を預けただけだ」


 ロベルト・ワイズは諦めたように溜息を吐いた。捻挫か。添え木やテーピングをした方がいいだろうが、素人がすると悪化の恐れもある。冷却だけしておこう。


 鞄から水筒を取り出そうとすると、丁度別のクラスの生徒が通りかかる。丁度いい、連絡してもらおう。


「ごめんなさい、Aクラスの者です、頂上に着いたら足を捻挫した生徒が一名出たので、降りて来て欲しいと先生に頼んでくれませんか、担任はジェイ・シーク先生、負傷者はロベルト・ワイズです」


 通りがかった生徒にお願いすると、快く受け入れてくれた。これも似た様なことがあった気がする。そのまま鞄からタオルと、水の入った水筒を取り出し、タオルに水筒の水をかける。氷水は最後に飲もうと取っておいて良かった。


 水筒の氷を取り出し、タオルでまいて、簡易氷のうを作り、ロベルト・ワイズの腫れている足首にあてる。


「おい!」


「これ、まだ飲んでないので綺麗な水なので」


 流石にいくら捻挫で緊急と言えど飲みかけの水は使わない。でもまあ、真新しかろうが嫌いな相手の水とタオルをあてられているのはいい気しないだろうな。


「すいません、先生が来るまでの間は私で妥協し諦めてください」


「は、はあ? 何だ、さっきから、お前は! 同情のつもりか!? 別に点数稼ぎにはならないぞ! 俺は全部知っているんだからな!!」


 声が大きい。元気すぎる。わんぱくがはじけ過ぎている。


 何を知っているのだろうか。彼とはそもそも、知られて困ることを知られるほどの接点も接触も無い。


 それと点数稼ぎという言葉。


 点数稼ぎ……おもに、「人の心証良くしようとする」という意味で用いられる言葉だが、人の足を冷やしただけで、そんな点数上がることだろうか。


 冷たいタオルを作って。足に当てる。


 素人の応急処置もどき、さらにもどきで。そして、現在彼は嫌いな人間である私に触れられている訳で。普通に好感度じゃなくて嫌悪度だだ上がりだろう。ならば心証に関係しない意味になる。ヒットのポイントとかマジックのポイントとかは世界観違うし。


 うーん、よく分からない。まあいいや、今は目の前の足を冷やすことに専念しよう。


「……どうせ、どうせいい気味だと思っているんだろう!」


 いや、声が大きいので出来れば声を小さくしてほしいと思ってます。そう答えたいものの、力み、声を大きく出す事で痛みに耐えている可能性もある。


「思っていませんよ」


「俺は騙されないからな! お前なんかの術中に!」


 さっきから、違和感がある。


 というか、前回と今回のやり取りの二回とも、話が噛み合っていない気がする。この間はクラウスのこともあって混乱し半ばパニックになっていたけれど、よくよく考えてみれば、何かおかしいような。


 ロベルト・ワイズがミスティアを嫌うのは、シナリオ上正常な動きだが、ここまで大声を出したりしていなかった。何かおかしい。何か、誤解のようなものがある気がする。


「あの、何か勘違いが、あると思うのですが……」


「とっ……とうとう本性を現したな!」


 尋ねると、ロベルト・ワイズはさらに怒りだす。駄目だ、火に油だ。ものすごい興奮状態だ。こちらに向ける瞳は嫌悪と怒りに燃えている。


「俺は! お前みたいなやつが大嫌いなんだよ!」


 大きな声で言い放つ。大嫌い。面と向かって言われたことははじめてだ。


 何か、誤解があると思っていたけれど、案外そんなものは無かったのかもしれない。噛み合っていない気がしたこと自体、気のせいだった可能性もある。


 嫌いなら、無理に関わってもお互いストレスになるだけだ。適切な距離をとり、関わる時は普通に接し、それ以外は極力関わらない、というのが最もベストだろう。


「えーと、まあ、あの、私が関わるのは、先生が来るまでの間だけで、これから先、私は貴方に近づくことはありませんし、関わらないので、それまでは、ごめんなさい耐えてください」


 今の時間は耐えてもらおう。そう返すと、ロベルト・ワイズは拍子抜けしたように「ああ」と頷いた。


「タオル冷やし直しますね」


 もう少しタオル冷やしておくか。水筒の水をタオルにかけ、さらに冷やし、足にあてる。


 添え木とテーピングの勉強、しておけば良かった。何か学校に入学して応急処置ばかりしている気がするし、本読もう。貴族学校、図書室も広いらしいし、医療系の本も多分あるはず。借りよ。


 そう決めつつ、足に当てなおすと同時に、ざざざっと何かが滑り落ちていくような音がした。反射的に振り返ると、ジェシー先生が息を切らして立っていた。


「先生」


「無事か?!」


 ジェシー先生が息を整えながらこちらに向かってくる。その額には汗が浮かんでいた。きっと急いで来てくれたのだろう。


「ええ、怪我は彼だけです」


「そうか、捻挫……だな、頂上に医者と、怪我人を運ぶ使いがいる。下らず登る。乗れ」


 ジェシー先生は状況を確認すると、淡々と説明し、ロベルト・ワイズに背を向けしゃがんだ。


「じ、自分で歩けます……」


「歩いても、ただ怪我の治りを遅くするだけだ、医者に診てもらうのも早い方がいい、乗れ」


 ふらつくロベルト・ワイズに、ジェシー先生が再度促すと、ロベルト・ワイズは躊躇いがちにジェシー先生の背中に乗った。ジェシー先生がそのまま立ち上がる。


「鞄持ちます」


「ありがとな」


「いえ」


 私は先生に、ロベルト・ワイズの鞄を運ぶ係を申し出て、ロベルト・ワイズの鞄を持って、山を登ることにした。




特に話すことも無く、無言で足を動かしていると、気を遣ってくれたのか、ジェシー先生が口を開いた。


「女神の山には、伝説があるらしいな」


「伝説? どんな感じなんですか?」


「頂上で、願いながら山を見下ろせば夢が叶うとか、夜に星を見れば結ばれるだとか……登る人間が大勢いる分、好き勝手言われるんだろう」


「夢……」


 となると、虹は晴れた日だし、夜星が見えているのは晴れた日。願いが叶うかは天気次第なのか。思えば雨の日の伝説とか、あんまり無い気がする。


 ……今私が願うとしたら、間違いなく投獄死罪が回避できますように、だ。レイド・ノクターやエリクの狂いの補正も願いたいけど、願いは一つだけ、というのが多いし、投獄死罪回避が確定出来れば、捨て身じゃない大胆な立ち回りが可能になる。


 家族、使用人の幸せと、レイド・ノクターとエリクの更生は必須事項だ。


「お前は叶えたい願い、あるか」


「あります、でも、絶対叶えなきゃいけない願いでもあります」


「そうか……」


 先生は頷き、周囲を確認した。ロベルト・ワイズを背負う先生は、山に登り始めてから、こまめに周囲を確認し、安全確認をしてくれている。先生がいるから、もう安心だ。登り始めた時には全くなかった安心を感じながら、頂上に向かい、歩みを進めた。



●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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