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安全な選択

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 校外学習。


 古墳や山へ赴き、郷土、風土について理解を深めたり、博物館や美術館などで、文化、発展を学んだりする。学校によっては遠足と合体していたり、遠足と校外学習は別で、遠足はもはや小旅行では? という規模の校外学習を行うところもある。


 我が貴族学校は、しおりによると、校外学習で、学校側の「自立性を高めよう」という教育方針の元、一学年の生徒は山登り……ビーナスレイに登る。


 学校へ一旦集まり、そこから五人から六人で分かれて、学校の用意した馬車で山に向かい、そこで現地解散ならぬ孤独の戦いを強いられバラバラに登山、頂上で点呼、クラスごと昼食を食べて、クラスでまとまって下山という流れ。


 登山して山頂でみんなで昼食というと、ランチボックスの中身はおにぎりがいいかしら……? という気持ちになるこの一見過酷なんだか、微笑ましいのだかよく分からない学校行事。


 しかしこの行事は、ただの学校行事ではない。きゅんらぶ、レイド・ノクタールートにおける、最初の山場である。レイド・ノクタールートにおける、ミスティアボスイベントの初戦。アリスと、ミスティア、第一形態とのバトル。


 このレイドルート初戦イベントにおいて、アリスは、最初の山行きの馬車は、ミスティアと同じ馬車に乗るのだ。運命の悪戯というより、運命の意思を感じる巡り合わせ。エリクルートでは、入学一週間でアリスに水をかけたり囲んだミスティアだが、レイドルートでは、校外学習まで手を出さない。ここで、ミスティアの取り巻き四人を従え、地獄の車内環境の中、ミスティアはアリスがレイド・ノクターと距離が近すぎることを集団で糾弾するのだ。


「お育ちが良くないからかしら? 人のものが良く見えてしまうの?」


「わたくしと、レイド様は婚約者なの」


「それとも、お金に目が眩んでいらっしゃるのかしら?」


「あら、何その靴と鞄、いやねえ、学校の品位が落ちてしまうじゃない」


 そう言ってミスティアは、アリスの靴と鞄を取り上げようとする。登山を目前にして、相手の装備を奪い去るのだ。殺意の波動が強い。山へ向かう途中鞄と靴を取り上げる行為は、令嬢の凶悪性というより、山賊か、アウトがローしているような借金取りに近い発想である。


 そして、山賊系借金取りならぬミスティアから、鞄と靴を奪われそうになったアリスは、


「違うんです、レイド様とはただ楽しくお話しているだけです!


 私はそんなつもりじゃありません!」


 と言い返しミスティアに歯向かう。いや、言い返すというより、ただ鞄と靴の受け渡しを拒否しているだけなのだが、ミスティアは「私に歯向かった!」と解釈するのだ。


 致命的な解釈違いが、ここに。


 カッとなったミスティアがアリスの頬をビンタする手前、馬車が止まり山に到着し、事態は収束したかのように思われた矢先、歯向かわれ苛立ち、ビンタ不発で怒りに震えるミスティアは、バラバラ登山の最中、機会を伺い、誰も見ていない時を見計らいアリスを思い切り、フルスイングの如く突き飛ばし谷から落とすのだ。普通ならば、谷底にまで落ちる威力で。


 しかしアリスは谷底には落ちず、落下地点から二メートルと半分くらいのところに落下する。


 主人公補正である。


 そうして、何とかして自力で上がれないか模索している間に、レイド・ノクターが通りかかり、アリスを助け、一緒に頂上を目指すのだ。


 レイドに助けられ、彼に惹かれるアリス。アリスと会話し、飾らない態度や、素直な感性に惹かれはじめるレイド。恋の序曲である。


 一方ミスティアは完全なる傷害罪、完全な殺人未遂。破滅への序曲だ。裁判ではもはや、犯行を行ったことに対してでは無く、「殺意の有無」が焦点にあたるレベルだ。


 このイベント、アリスにとってはきゅんきゅんらぶらぶなイベントだが、ミスティアにとっては時限装置型死亡イベントである。


 よってエリクと一緒に帰ったあの日、一連の校外学習の恋愛イベントを思い出した私は、休んでしまえと思った。そもそも突き飛ばす人間が居なければ、アリスは落ちない。その場に居ない、不在こそ安全の近道だと。


 しかし、休むことは叶わなかった。それは、私が校外学習三日前に発した、ある発言が原因である。


 三日前、私は、「校外学習に行きたくない」と両親に発言した。


 私の我儘を何でも叶えようとする両親、誕生日には船を買おうとする両親、知人の娘が別荘を買ったことを聞き、瞳を潤ませ「ミスティアは別荘、いらないの?」と尋ねて来た両親。


 両親は、娘の我儘に餓えている。学校行事欠席なんて容易いだろうと私は考えていた。それに、屋敷の皆は私が山に登ることを危険だと反対していた。メロに、「校外学習、山に登るんだって」と伝えたところ顔色が悪くなっていたし、掃除婦たちは「どうして山に登ることが、親交を深めることに繋がるのでしょうか……?」「御嬢様の身を、ただ危険に晒すだけの行事では……?」と心配していた。過保護である。まごうことなき過保護。


 過保護を煮詰め、凝縮したものを集めさらに凝縮させたような過保護だ。そして、両親も同じように過保護である。だからきっと休めるだろうと私はふんでいたのだ。


 今なら分かる。その考えは甘かった、見通しもちゃんとできていなかった。しかし私は、その先を考えることなく、目先の欠席に囚われていた。


 そんな、考えも見通しも甘かった私の「校外学習に行きたくない」という言葉は、私の思惑とは裏腹に、両親二人を震撼させた。


「校外学習に行きたくない」


 私がそう言った直後、両親の口から飛び出して来た言葉は、肯定でも、否定でも無い。


「もしかして、嫌な目に遭わされているの?」


「何でも私達に言いなさい?」


「私たちに言い辛いなら、担任のシーク先生にお話しする? 時間を取るわ」


「あの方は素晴らしい先生よ」


 これだ。


 元より私は、幼少期から「子供らしくない子供」として両親を心配させてきた。そして友達らしい友達はメロのみ。彼女以外無である。彼女以外一人もいない。「私友達いないんだー」と言いつつ休日出掛ける友人がいる「友達いないんだー」じゃない。メロ以外一人もいない。同世代の交流もお茶会で顔を合わせる事がよくある程度の、知人に限られている。


 その状況下、私は屋敷の皆も両親もいるし、特に寂しさも感じていなかったが、両親は当然のことながら心配していた。「いじめられてはいないか」「泣いてはいないか」「何かされてないか」と。その都度私は訂正と否定をしていたが、両親の不安の種はどんどん成長するばかり。


 そんな中、十歳の時に現れたエリーという少女の存在は両親にとって希望の光でだった。毎日楽しげに相手の屋敷へ出かける我が娘。相手は同世代の女の子ではなく、男の子だったという衝撃を、「娘の友達」という希望の輝きにより全て消し去るほどの両親の感動。


 それから五年経った今、「子供らしくない子供」から「社交性の無い娘」に順調に成長した私は、入学式から「レイド・ノクター」「エリク」以外の個人名を誰一人出す事無く、両親の「学校生活どう?」という言葉に、「うーん、難しい?」と答えていた。「楽しい」と答えれば、休みにくくなると思ったからだ。


 それに学校生活は難しい。正直な感想だった。しかし、両親の受け取り方は、全く違う。


 幼少期から子供らしくなく、浮いた子供だった娘。明るく華がある訳でも無い、暗い娘。入学式から日も経った頃になっても、個人名が一つも出てこない。学校生活の様子を尋ねれば、「難しい」と答える。


 両親は思ったのだろう。もしかして、「娘は学校で嫌な目にあっているのではないか」と。今までの不安の種が、芽吹いた瞬間。そうして、入学式以降徐々に芽吹いた芽が、「校外学習に行きたくない」という言葉で、一気に開花してしまったのだ。


 ジェシー先生に連絡を取ろうとする両親を何とか引き留め、「山登りにちょっと不安があっただけだから」と説得すること三日。私は今、校外学習当日を迎え、女神の山ことビーナスレイに来ている。


 婚約を解消できなかったり留学に行けなかったり校外学習休めなかったり、シナリオ的な強制力を疑うが、現状、婚約解消は私が父の話を聞いていなかったミス、留学は書類を紛失した私のミス、校外学習を休めなかったのは親心への無理解とぼっちをよしとしていた私の社交性の無さによるものである。


 そして今朝の学校の集合時、山に向かう馬車を前にしてレイド・ノクターは当然の様に「ミスティア、同じ馬車に乗ろうよ」と言い放った。


 山登りの不安、せめて同じ馬車には知人がいたほうがいい、という判断で同乗を申し出た可能性もあるが、私は断った。


 そう、断ったのだ。山への恐怖で謎の圧を出すレイド・ノクターに、今回は屈しなかった。


 私は欠席が叶わないことが確定した時点で策を講じていたのだ。よって今回、悠々自適に、何かに怯えることなく馬車に揺られ、ビーナスレイに到着した。そんな策とは、ずばり「先生と同じ馬車に乗る」ことである。


 前世時代も古来より校外学習においては、盗んだ自動二輪車で走り出すような素行が不良な生徒や、乗り物に乗ると体調不良が起きる可能性のある、または起きてしまった生徒は先生と同じ馬車に乗る制度があった。きっと、「きゅんらぶ世界」においてもそうだろうと考えていた私は、


「体調不良の生徒で埋まっていなければ、先生と同じ馬車がいいのですが……」


 と前日、ジェシー先生へ申し出ていたのである。


 元は、対アリス用の策で、レイド・ノクターから「同じ馬車に乗ろう」なんて、地獄へのお誘いが来るとは全く想定していなかったが、どのみち地獄除けとしては同じだ。


 よって行きと帰りだけは、安全が約束されている。


 そして今現在はクラス点呼も終わり、ぞろぞろと生徒たちは出発し始めていた。私は物陰に身を隠している。これは偏にイベント対策だ。


 レイド・ノクターやアリスが出発したのを見送り、しばらく待って出発し、山中会わないように後から登る戦法である。先に登り頂上に着く、というのもありかもしれないが、山登りでタイムアタックなんて言語道断であるし、アリスを突き落とすというシナリオがある都合上、私は下の位置に、出来れば最も低い位置にいる方がいい。


 そんなアリスは早々に一人で出発していった。そして彼女が出発して少し後、レイド・ノクターは男子生徒たちと共に出発した。


 このまま出発してもいいが、もう少し待って出発しようと、絶賛鬼不在のかくれんぼ中である。


 このまま、最後尾の一つ手前くらいの集団に紛れて出発すれば、ペースを落としたアリスやレイド・ノクターと遭遇、なんてことも無いはずだ。


 うん、大丈夫。


 そう自分に暗示をかけるように頷いていると、ぐわっと私の顔をのぞきこむように、何者かの……いやクラウスの顔が横から出て来た。


「しけた面で何してんだお前? 死に場所でも探してんのか?」


 常軌を逸したサポートキャラ、クラウスの登場に激しく戸惑うと、クラウスは私の背中をどんと押した。


「ほら、お前の婚約者様もう登ってんぞ、早く追えよ」


 出発していく生徒たちを指すクラウス。そんな自ら死に場所に向かうようなことするか、と思いはっとする。婚約者って何? レイド・ノクターのことを指している? それどころか何で婚約者がいることを知っている? ……とりあえずここは誤魔化そう。


「誰の事をおっしゃっているのか、よく分かりません」


「誤魔化すなよ、俺とお前の仲なんだから」


「何お前? 天下のレイド・ノクター様との婚約隠してえのか」


 やはりレイド・ノクターを指していたのか。もう絶対誤魔化さなければ。


「すみません、何を言ってるのかよく分からな……」


「それ以上つまんねえ誤魔化ししたら、ミスティア・アーレンとレイド・ノクターが婚約中って学校中に言いふらすぞ」


「……何でご存知なんですか」


「ロベルト・ワイズのくそ拗らせゴミ想いを鑑賞してたら、レイド・ノクターがおしゃべりしてたの見たんだよ、実に感動的だったなァ、あれは」


 ロベルト・ワイズ……レイド・ノクターが助けに入ってきてくれたあの時か。周囲に誰もいないと思って楽観視していたが、クラウスのステルス機能を舐めていた。


 ゲームでも、「実は見てた」「あの時いた」とかなりのステルス能力を発揮していた。完全に見通しが甘かった。


「あのまま殺し合いでも始めてくれてたら最高だったけどよ、くそ拗らせ野郎が逃げちまったせいで台無しだったからなあ」


「そうですか……」


 クラウスは、にやにやと笑う。くそ拗らせ……、ロベルト・ワイズの将来の夢についても知っていると言う事だろうか。


「なあ、ミスティア、最近つまらねえと思わねえ? ちょっとでいーからさあ、引っ掻き回してくれよ、全部」


 ただでさえレイド・ノクターは弟狂い、エリクは主従ごっこ狂いなのにこれ以上混沌としたら死ぬ。そしてこれ以上クラウスと関わるのは駄目な気がする。


「……私は、平穏が一番だと思っていますので」


「だからその平穏を壊そうとする俺とは関わりたくない、って感じか?」


 ものの見事に心象を言い当てられ驚愕する私を見て、クラウスはより一層口角を上げた。


「じゃあさ、不敬ってことで親に言って何とかしてもらえば? アーレン家なら、俺の家なんて簡単に潰せるだろ」


 クラウスから笑顔が消える。何を言ってるんだ?意味が分からない、自分の家を潰せば?なんて正気の考えじゃない。恐怖すら感じる。


「じ、自分が何を言ってるか分かってるんですか?」


「ああ、どうせお前は出来ねえからな、何とでも言えるわ」


 クラウスは諦めた様な、呆れた様な口調で溜息を吐く。実際その通りだ。返す言葉も無い。


「……確かにその通りなんでこっちは何とも言えないです」


 そう答えると、クラウスは俯き、肩を震わせ、やがて大声で笑いだした。


「ふ……ふはっ……ははは……あははははははははは! 肯定かよ! 何か言い返せよ!」


 目に涙まで浮かべている。大笑いだ。苦しいと言わんばかりに腹を抱えている。


「あの」


「お前は、度胸はあるくせに、一時的っつーか、そういうとこ、何にも面白くねーな」


「はい?」


 一瞬でクラウスはしらけた顔に戻り溜息を吐く。飽きるのが早すぎる。いや、私の身の安全の為にも早々に飽きてもらわなければならないのだが。


「せめてお前の考えと、レイド・ノクターの考えが逆だったらなあ……。欲しいもん手に入れる為なら、何してもいい的な」


 ん? もしかして、レイド・ノクターが弟狂いであることを知っている……? 可能性は充分にある。ということは、私が、何かに狂うというわけで……


 ゲームのミスティアか。


 クラウス、多分娯楽の価値観が、ミスティアの凶悪性と運命的、そしてある意味致命的に噛み合っている。


「じゃ、俺は行くわ、頂上で、面白いこと期待して待ってっから、さっさと登れよ」


 クラウスは伸びをすると、山に向かってランニングペースで走り出した。完全に山を舐めている様にしか見えない。しかし、確か彼は逃げ足も追いかける足も速く、持久力も高かった記憶がある。


 私はクラウスとも会わないよう、彼の姿が完全に見えなくなるのを待ってから、ゆっくりと山を登り始めた。

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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