前夜
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「ああ、このままミスティアが目覚めなかったらどうしよう」
「やめてくださいあなた! そんなこと聞きたくありませんわ! 侍医だって大丈夫だと言っていたでしょう?」
何か、私を呼ぶ声が、聞こえる。うわ言のような、というか、喧嘩? いやこの声は、お父さんと、お母さんの声では。うっすらと目を開くと、両親が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。そして目を開いた私に驚き、父はがばりと私を抱き起した。
「ミスティア、大丈夫かい?」
「え……?」
「ちょっとあなた! ミスティアは倒れたのだからそんなに乱暴に抱き上げないでくださる!?」
母の怒りに父ははっとして私から手を離れた。状況が理解できずぼんやりとしていると父は「ここはミスティアの部屋だよ、ノクターの屋敷で倒れて……」とおろおろしながら私を見た。そうか、私は夫人の事を思い出した後に倒れてしまったのか。記憶を無理やり思い出したか何かで、脳が影響を受けたのかもしれない。身体を起こすと見慣れた景色が広がる。まさか、丸一日寝てしまったのではと急いで窓の外を見ると暗い。部屋にある日めくりカレンダーも変わってないままだった。
「レイドくんが呼びに来てくれて、夫人が急いで医者を呼んでくれたのよ。その後に侍医にも見せたのだけれど、寝不足で間違いないらしいわ。ねぇミスティア、あなたまた夜更かししていたんでしょう? 倒れるまでそういうことをするなら、お母さまにも考えがあるわよ」
母の言葉に頷きつつ、今日の時間について考えていく。今は日付が変わっていない。シナリオ通りに進むのであれば、夫人が殺されるのは間違いなく明日。まだ間に合う。
「もう、まだぼんやりとして……。とにかく今日はもうゆっくり寝ていなさい、好きなだけ眠るといいわ」
「眠れなかったらいつでも呼んでいいからね」
ぼんやりする私を気遣い、両親は部屋から出ていった。扉が閉まるのを見計らってから飛び起きる。
明日の夜、夫人は殺される。ということは、まだ夫人は殺されていない。ならば、今ならまだ助けられるはずだ。
正直に話す? 信じてもらえるわけがない。子供の戯言と片付けられるか、不審者の虚言だ。じゃあ足止めして劇場に行かせないようにする?でも、甥は劇場で殺すことに拘っているわけではない、劇場に行くのをやめたところできっと屋敷に来る。死人が増える。
相手の行動をこちらが把握しているうちに。劇場で何とかするのが一番いい手段だ。しかし肝心の方法が浮かばない。劇場で、夫人を守るためには、どうすればいいのか。武器を用意する? 十七歳ならまだしも、十歳の力だ。押し切られる。
そもそも劇場に同行するにはどうすればいい? 後でついて行く? 何かヒントはないかと見渡して、手鏡が目に入った。縋る様にのぞき込むと、きつい目をした少女が、私が、苦々しい瞳でこちらを睨んでいる。
そうだ、そこにいるのは、いや、ここにいるのは平凡な女子高生ではない。あらゆる悪逆非道を繰り返し、何をしてでも愛を得ようとした最凶の女じゃないか。
――私に叶えられないことなんて、あっていいはずないわ。
そう言って、卑怯な手を使い、悪に染まり、誰に憎まれても、蔑まれても最期まで諦めることだけは絶対にしなかった女。
今の私は、ミスティア・アーレン。
平凡な私に出来なくて、ミスティア・アーレンに出来ることは、まだある。
私は意を決し、窓から踵を返すようにして両親の元へ向かった。
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