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追い目

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 昨日の帰路は地獄だった。ひとつひとつの、刃の様な尋問の数々。「全て投獄と死罪が怖いからです」と答えられるはずもなく、しどろもどろになる地獄の車中。それどころか今日のお昼ご飯を共にとることを約束させられた。「少しでも僕に謝罪の気持ちがあるなら、明日の昼食は一緒にとってほしいな」と。


 そして口を開く前に「謝罪の気持ちはあるけどお昼は一人で、なんて断らないでね」「ああ、ランチボックスを持参していても大丈夫だよ、学食は持ち込み可能だから」と、そう言って、彼は笑った。


 怖い。レイド・ノクターが怖い。弟狂いの異常な時もそうだが、相手の心を読む能力に長けすぎて怖い。弟狂いとはこうも超人的な能力を発揮させるものなのだろうか。執念である。きっと弟の想いを知りたい、弟に対し無粋な想いを馳せている人間を速やかに察知し始末したい、という想いが彼をこうさせているに違いない。


 そんなレイド・ノクターを越え……られずの入学四日目、昼。授業が終わり鐘が鳴った。これからレイド・ノクターと昼食だと思うと既に疲労感が尋常じゃない。


 机の上に弁当を乗せ立ち上がろうとすると、丁度レイド・ノクターが目の前に立つ。


「じゃあ、行こうか」


 にこにこと音が付きそうな笑顔ながらこちらの意見を一切聞く気が無い圧が発せられている。


 こうなったら、迅速に食べるしかない。昨日はゆったりソロランチタイムということで、料理長の作ってくれたおかずをひとつひとつじっくり眺めたり、味わって食べたが、今日は味わうだけに留めよう。


 弁当の包みを持ち、レイド・ノクターと学食に向かおうと廊下を歩く。流石ランチタイム。人通りがめちゃくちゃ多いと周囲を観察していると、何者かに腕を掴まれた。尋常じゃなく嫌な予感がする。


「どうしました、ハイム先輩」


 レイド・ノクターが声をかけた先……、私の腕を掴んでいるのはエリクである。


「何か顔色が悪いけど、彼女に何したの?」


「ミスティアは僕と一緒にお昼を食べに行くんですよ」


 エリクの問いにレイド・ノクターが答える。


「なるほど、彼女の優しさにつけこんだのか」


 そしてエリクが呆れたようにレイド・ノクターを見る。成り立っているのかよく分からない会話だ。この二人、水があまりに合わない。基本口調は穏やかなものの喧嘩腰である。私の知らない間に何かしらの因縁が出来てしまったのかもしれない。


「いいえ? ただ一緒にお昼ご飯を食べに行くだけですよ」


「じゃあー、僕も一緒に行ってもいーよね?」


 私が説明すると、エリクが私の腕を引きはじめた。そんな彼をレイド・ノクターが睨む。


「ハイム先輩は駄目ですよ、一年生同士の交流ですから」


「君には聞いてないんだけど? そんなに同学年に固執するなら他を当たれば?」


 エリクが睨み返す。


 このまま、どさくさに紛れて逃げてしまいたい。そして逃げた後、偶然アリスが通りがかって恋愛イベント八段階くらい進んで、弟狂い、主従ごっこ狂いを治して、アリスと末永く幸せに歩んでほしい。


 そう思ったのも束の間、前方からアリスが弁当の包みを持って歩いてくる。まずい、早すぎる。死ぬ。偶然通りがかってと願ったけどタイミングは今じゃない。


 死ぬ。何だこのパターン一体何度目だ。攻略対象が二人以上集まると、主人公が現れると決まってるのかこのゲームは。それとも知らず知らずのうちにループしてる? ループしてるとかじゃない? 何でまた一堂に会しちゃう?


 とにかくこの場を切り抜けることを考えないと。いっそ仮病でも使うか。いや、私に演技力は無い。それに周囲に人が多すぎる。下手に騒ぎにでもなったら周りに迷惑だ。さりげなくいなくなろうにもエリクにがっつり腕を掴まれている。ロケットパンチみたいに私の腕が飛んでいけばいいのに……。いやそんなことを考えている場合じゃない。どうすべきか考えねばー……


「おい、どうした」


 振り返るとジェシー先生がいた。奇跡だ。まごうことなき奇跡がまた起きた。彼は攻略対象だ。しかしそれでも構わない。もうジェシー先生しか頼れない。


 何か用事があるとかで、レイド・ノクターか、私のどちらかを連れて行ってくれないだろうか。そう考えていると、さらに奇跡が起きた。


「ミスティア・アーレン、俺は昼、話があるから教室で待ってろと言ったはずだが」


 あああああああ奇跡だ、奇跡の瞬間だ。全然話あるなんて覚えてなかったです先生! ごめんなさい! でも私今最高に嬉しいです! 大好き!


「そ……うでしたね、忘れてました! ごめんなさい! じゃあ、私、抜けますっすみません、失礼します」


 レイド・ノクターとエリクに一礼すると、エリクが私の腕から手を離す。解き放たれた腕、私は抜群の解放感を胸に、さっさっと進んでいくジェシー先生の後を追った。




 先生の後を追って着いたのは別棟の準備室だった。国語準備室と扉の札に書いてある。


 理科準備室は前世時代にあったけど、国語にも準備室があるのか。すごいな。促され中に入ると、壁は棚や本棚が設置され、真ん中にテーブル、そしてソファが鎮座している。そして窓際にはデスクがあった。


 大体の感じは、用務員室に似てる。掃除用具や備品が、本や教科書、くらいの差だ。


「すみません先生、話って一体……」


「特にない」


「え?」


「ない」


 先生の様子を伺うと、本当に無いようだった。え、じゃあ何の為に?


「ただ……何か、困ってんじゃねえかと思ってな……」


「せ、先生……!」


 教師の鑑すぎる。ゲームでは最後の最後まで、ミスティアのアリスに対する嫌がらせに一切気付いていなかったが、あれはミスティアがあまりに悪の才能がありすぎた結果……、巧妙過ぎただけだったのだ。ジェシー先生は本来、生徒の一挙一動をしっかり確認して、寄り添えるいい先生だったのだ。


「ありがとうございます!」


「別に、礼を言われるほどのことじゃねえよ……。何かあったらすぐ俺に言えよ、な」


「はい!」


 もういっそジェシー先生に入教したいくらいだ。壺とか勧められても買ってしまいそうだ。偶然だが二度も救われている。入教待ったなしである。うんうんと頷いていると、先生がぼそっと口を開いた。


「……家庭訪問」


「はい?」


「お前の家、最終日最後でいいか、提出された紙には可能にはなってたが」


 家庭訪問、そういえば昨日の朝のホームルームでお知らせの紙が配られていた。都合のいい日を保護者に尋ねて、提出するとかで……。昨日の夜、両親に予定を聞いて記入してもらい、今朝提出したのだ。


「はい、大丈夫だと思いますけど……」


 もしかして、予定のバッティングか何かして、困っていたとかだろうか?先生は安心した表情をしている。


「ならいい……ああ、それと、今日は昼はここで食え。どうせ俺しかいない。今の時間じゃどこも空いてないだろ」


「いいんですか……?」


「いつも俺一人だから気にするな、今日以降も、気が向けば来ていい」


 ありがたい。準備室、もはやセーフハウスである。安全性が高い。確かジェシー先生ルートのイベントでは、ここは登場していない。つまり何も起きない場所。安全な場所だ。今日みたいに危険な状況に陥ったら迷わずここに逃げ込もう。先生のソロランチタイムを邪魔するのは申し訳ない。いざという時だ。


 いざという時に逃げ込める場所があるのと無いのじゃ心の持ちようが違う。そのままジェシー先生とお昼を食べ、鐘が鳴るぎりぎりで教室に戻った。




 そして、授業を受け、数時間。帰りのホームルームが終わり、放課後が始まると、私はまた誰とも会わないように別棟のトイレに籠城していた。


 今日はしっかり腕時計も持ってきている。時間確認はばっちりできる。うっかり時間が分からずトイレの外に出て確認……なんてことをしなくていい分、存分にトイレに籠れる。しかしトイレに籠っていても、することが無い。個室で、誰も来ない様な場所で、静かなトイレ以外の場所を探して、勉強や読書をすれば、籠れて、勉強も出来て一石二鳥ではないだろうか。


 しかし、人気の無い所探しの途中にアリスや攻略対象と遭遇したらなあ……。ジェシー先生に「ちょっと人気の無い個室って知ってます?」なんて聞けるわけないし……。


 今日はあと三十分くらいしたら帰ろうと考えていると、どたどたと足音がして、人の気配が一気に増える。部活のトイレ休憩だろうか。一旦出るべきか。鍵に手をかけたと同時に、聞き覚えのある名前が耳に飛び込んで来た。


「アリス・ハーツパール!!」


 え、アリスって言った?


「はい、何でしょう」


 アリスの声だ。状況を確認すべく、扉をほんの少し、音を立てないように開き覗くと、アリスが襟をつかまれ、五人の女子生徒に囲まれていた。フットサル並みの人数だ。何でだ、意味が分からない。


 これは攻略対象が彼女を庇うイベントかとも思ったものの、こんなイベントが発生した記憶も無いし思い出す気配もない。それに女子トイレ、いわば攻略対象全員の立ち入り禁止区域である。


「あんた、エリクとどういう関係なわけ?」


 エリクという名前が出て来た、ということはエリクルートか? しかしエリクと出会うのはゲームでは一週間後……。そう考えてはっとする。


 ゲームでは、レイド・ノクターが、転びかけたアリスを受けとめたことで、ミスティアがそれに腹を立て一週間後アリスに詰め寄った。


 しかし現状、入学式で転びかけたアリスを受け止めたのはエリクだ。そしてエリクは女性関係が奔放キャラ。「学校どんな感じ?」と聞いても「普通だよ」と返していたから、あまり馴染めていないのか不安に思っていたが、もしや馴染む馴染まないどころか奔放になっていたのかもしれない。


 いやでも奔放な女性関係を持ったなら、「ごっこ遊びはそろそろよくない」と思うだろう。何でだ、何が起こっているのか分からない。


 ……仮にエリクルートだとしても、現在エリクがここに現れることは望めないだろう。女子トイレだし、とても騒いでいる訳でも無い。まごうことなきブラックボックス。


「別に、ただ助けて頂いただけで……」


「助けてもらったから、ベタベタくっついてたってこと?」


 攻略対象の助けが見込めない。……ならばこの場に居合わせている私が、彼女を助けなければ。それに、集団で一人をどうにかしようとする思想も気に入らない。


 いや、冷静になれ、下手なことをすれば、アリスの身を危険に晒してしまうことになる。それにアリス自身に何らかの強い印象を与えるのも命取りだ。うっかり寝て夢を見て起きて記憶が歪んだ状態で整理され、「昨日はミスティアにトイレに連れ込まれてたっけ」なんて思われた日には死ぬ。落ち着いて、シンプルにいこう。


 まず、普通にトイレから出ていく。相手は悪いことをしている。目撃されたくないから、こういう人気の無い場所に連れて来たのだ。


 ならば目撃者が現れれば、きっと解散する。解散しなかったら「何をしているんですか」と尋ねて圧をかければいい。「アリスさん、先生が呼んでいましたわ、おほほ」と付け足して、アリスがささっと逃げられるようアシストすればいいだけだ。残った私は、まぁ、謝るか、サンドバックになればいいや。


 それにほら、私はアーレン家の令嬢。あれだけ悪逆非道の行いをして平気でいた、アーレン家の令嬢だ。学校に圧力とかもかけてたし、アーレン家、大きいはず。大丈夫。敵に回したくないはず。おうちの力に頼ろう。


 よし、突入と扉を開き、一歩踏み出すと同時に、爆発音が足元で起き、瞬間小指に激痛が走る。その痛みで理解する。さっきの爆音は爆発した音ではなく、私が足をぶつけた音だということを。駄目だ、小指が完全に扉にもっていかれた。痛い。本当に痛い。本当に、爆発してるかも。


 いや、駄目だ、足元なんか確認してる場合じゃない。このままでは、ただ爆音で扉を開き現れたよく分からないやつが現れただけになってしまう。アリスを囲んでいる生徒たちも、呆然として解散する気配が無い。小指なんか構ってられるか。


「皆様、ごきげんよう、何をしていらっしゃるのですか」


 言いながら、アリスを囲っている一人一人の顔を確認する。誰一人見たことが無い。


 小指痛い、千切れているのかもしれない。取れてたりしてない? 大丈夫? しかし俯くわけにもいかず、拳を握る。


「ああ、名乗り遅れましたわね。わたくしの名前はミスティア・アーレン。しがない伯爵家の娘ですわ」


 確かアリスがえっと、みたいなことを言ってミスティアの名前が分からなかったとき、そんな風にミスティアは威圧していた。それの通り倣うと、次の瞬間、アリスを囲んでいた生徒たちは蜘蛛の子を散らしたように去っていった。


 アーレン家の力、絶大すぎる。さすが犯罪をもみ消すほどの力のある家。


 というか、囲んでいた生徒たちは、エリク……、じゃなくてハイム先輩の事を「エリク」と呼んでいた。


 ……もしかして先輩だったのでは。ミスティアならまだしも、普通、入学して間も無い新入生が、先輩に対してあそこまで執着するだろうか。……先輩だったっぽいな……。


「あの」


 アリスが口を開いた。なにかしら会話をしたり、慰めたりした方がいいのだろうが、うっかりこの場を見られでもして、「ミスティア・アーレンがアリスを呼び出してましたー!」なんて噂が広まれば死ぬ。何て言おうか、なんて言えば……。


「一対一では無い状況で、呼び出された時は、個室の中には絶対入らず、人目のつくところに留まった方がいいですよ、あと集団で詰め寄り、胸倉をつかむ行為は普通に犯罪なので、訴えることも選択できますよ」


 考えた結果のまま話す。アリスも戸惑っている。常軌を逸した同級生の婚約者の無礼な振る舞いを受け流したり、女性関係が開放的な先輩を熱心に指導する、許容範囲が人より格段に広いアリスが戸惑っている。


「きょ、今日のことは、私の存在全てについては全部忘れてください」


 だから(フラグ)を立てるのはやめて殺さないでという言葉を飲み込み、アリスを残したまま、足を引きずりトイレから出る。


 痛い、痛すぎる。歩けるから大丈夫、歩けるから大丈夫。っていうか何でタンスに小指をぶつけるような痛みが、こんな激痛になるのか。


 そう言えば屋敷で何かにぶつかること自体そもそも無いな。それに、タンスに小指をぶつけるどころか、転ぶことも無い。


 どうしてだろうと考える。


 確か、屋敷では、前もって隣に歩くメロや執事が、「そこ危ないですよ」と教えてくれていた。「ここは転びやすいですから」と腕を貸してくれたりもする。


 ……もしかしなくても、甘え過ぎだ。ダメ人間になっている。一人で歩く事すら、ままならなくなっているのかもしれない。


 一刻も早く自立せねば……投獄死罪一家使用人離散しなくても死ぬ。人として死ぬ……。いやもう痛くて死ぬ、怖すぎて足元が見れない。痛い、痛すぎる、何故こんなに痛いのか。駄目だ、考えるのはやめよう、今は帰る事だけ考えよう。帰る事だけ……。


 そうして私は、家に帰るべく足を引きずっていったのであった。





●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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