用務員室
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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授業を受け、休憩時間は別棟の廊下へ移動し鐘が鳴るのを待ち、鳴ったら教室へ戻ることを繰り返し、昼休憩の開始と同時に弁当を持ち教室から立ち去り、別棟の空いて居る教室を探し出しゆったりとしたランチタイムを済ませ、また授業を受け、半日。
ようやく放課後である。この諜報員の様な行動全ては後方扉側の悲劇の回避の為だ。
現在、私の座席は、出入り口付近。主人公や攻略対象の確率が非常に高い。よって授業終了後即時撤退はほぼ義務である。が、教室からの撤退が迅速に行える席としては最も優れている。難しいところだ。
帰りのホームルームでは、昨日の生徒が鍋の中身をかけられた事件の説明があった。そしてホームルームが終わり、ジェシー先生に用務室の所在を尋ね、現在用務室に向かっている。
よほど迷う場所にあるらしく、ジェシー先生からは同行のありがたい申し出を頂いたが、先生は確か初めてのクラス担任だ。忙しいだろうとお断りした。
別棟一階の廊下を二つ曲がった中央の……。先生の言ったとおりの道順を進んでいく。先生の説明が的確だからか、これまでスムーズに進めていたが、問題はこの先からかもしれない。視界の角にマップが表示される訳では無い。気を引き締めねば。
あ、生徒手帳届いていないか聞き忘れた。とりあえず、用務員室に行ってから職員室に寄ろう。考えつつ歩みを進めると、用務員室、と立て札が掛けられた部屋を発見する。
「え、ちか」
先生すごいな。説明が的確過ぎる。五分も経ってないんじゃ……?明日ちゃんとお礼を言おう。
早速扉をノックすると、どうぞ、と扉の中から返事が聞こえてきたのを確認して、私は扉を開いた。
「失礼します、ミスティア・アーレンと申します」
「あ! こんにち、はっとと」
そういえば、用務員さんって一人だけじゃないのでは……?と不安に思ったが、部屋の中に居たのは昨日の用務員さんだ。良かった。これでお礼が言えると思ったのも束の間、用務員さんが棚にぶつかりばさばさと資料が落ちる。用務員さんが顔面蒼白となり、慌てて落ちた資料に駆け寄る。私もすぐに資料を拾い集め手伝う。
「あああああああ、ごめんなさいぃ、手伝っていただいて、すみませんんん」
「いえ、大丈夫ですよ」
落ちた時の音や視覚的な衝撃が派手だっただけで、資料は基本まとまっている。すぐに拾い集めることが出来た。
「どうぞ」
集めた資料を差し出すと、用務員さんは頭を下げ、ぶんぶんふる。
「すみません! ありがとうございます!」
「いえいえ、お気になさらず」
「あっ、そうだお礼に、お礼にどうぞ、お茶、お茶飲んでってください、お茶、紅茶は丁度頂き物がここに、アイテッ」
中央に鎮座しているソファーに促す最中、今度は置いてあった箱に足をぶつける。転びそうと手を伸ばすも、ぎりぎり絶妙なバランスで耐えていた。
「大丈夫ですか?」
「ううう、大丈夫です」
そう言いながらも、用務員さんはずるずると足を引きずっていた。
「えーっとカップはこれを?」
「はい、すみません! ごめんなさい! ありがとうございます!」
用務員室の棚からティーカップを取り出し、紅茶を淹れる。
あれから私に紅茶を淹れようとした用務員さんは、茶葉をひっくり返したり、カップを落としかけたりととにかく危なかった為、私が淹れることを申し出たのだ。
元々の気質なのか、突然の来訪者による反応なのかは分からないが、緊張感をもたらしてしまって申し訳なさを感じる。文書によるお礼状、とかの方が良かったかもしれない。
ソファにちょこんと座る用務員さんにカップを差し出す。見たところ歳はジェシー先生と変わらないように見える。しかし紺色の髪が目を覆うように流れ、分厚い眼鏡をかけている為よく分からない。
「いただきますぅ……、えっと、それで今日は、ど、どのようなご用件で?」
「昨日助けて頂いたお礼に」
「えぇ? いや、そ、そうですか!! ……もしかしてその為だけに?」
「はい」
頷くと、用務員さんはほっとしたように息を吐く。
「てっきり、僕何か悪いことしちゃったのかと思いました、あはは」
「いえ、それどころか、昨日は本当にありがとうございました。女の子に、死んじゃう?って聞かれた時、かなり不安で……用務員さんが大丈夫だよ、って女の子に言ってくれて、私自身も安心しました」
「いや、僕は台車運んだだけですよ、へへ」
用務員さんは優雅な所作で紅茶を一口飲む。綺麗だな、と、みていると、彼は思い出したように話した。
「そういえば、あの女子生徒、あの場にミスティアさんが居なければ、どうなっていたか分からなかったそうですね……」
「みたいですね……」
事故では無く、故意の犯行。元は、広範囲を熱傷させるはずであったと言っていた。あの場に人が居たから、調理員は逃走を図った。人が居なければ、もっと酷いことに。
あの時走り出していなかったら、悲鳴が聞こえていなかったらと考えると、肝が冷える。視線を落としていると、突然用務員さんが声を上げた。
「あああああああ僕は何て失礼なことを!」
「え?」
「ま、ままままだ僕名乗ってませんでしたね!ごめんなさい、僕の名前はアリーと申しますっ!」
「アリーさんですね、よろしくお願いします」
なるほど、自分が名乗ってないのに相手の名前を呼んでしまったのが失礼ということか。礼儀正しい人だな。アリーさん。
「すみません、紅茶入れて貰ったり……僕駄目駄目で」
「いえ、突然お礼に伺ったりしましたし、昨日は助けて頂きましたし、お気になさらないでください」
「へへ、すみません……ああ!」
アリーさんが声をあげ、立ち上がると、棚から何かを取り出し、私に差し出してくる。確認すると、私の生徒手帳だった。
「さっき校内を歩いていたら……落ちてて……」
「ありがとうございます! わ、良かった、これが無いとまだ下駄箱の靴分かんなくて」
「いえ、えへへ、届ける前で良かったです。すぐ持ち主の元に戻れて」
アリーさんから生徒手帳を受け取り、しっかりとポケットにしまう。先生に再発行を聞く前で良かった。ふと時計を確認すると、既に用務員室入室から一時間が過ぎている。長居しすぎた。確実にアリーさんの業務に支障をきたしているだろう。
「ご、ごめんなさい、もうこんな時間ですね、お仕事大丈夫ですか」
「え、うわあああああ」
アリーさんは完全にパニックになっている。まだ中身の入っている紅茶を慌てて片付けようとし、中身の存在に気づき、「うわあああああ」と飲み干し、むせた。
「ひゅっ……ごぶっ……お、おいしいっ……でぅっ」
どう見ても瀕死だ。むせるアリーさんにハンカチを差し出すと、彼はおずおずと受け取り口元を拭う。
「ううう、すみません何から何まで……ハンカチ洗ってお返ししますね……」
「大丈夫ですよ」
「いえ! これくらいはさせてください! きっちり洗ってお返ししますから! 今週以降にお持ちいたします!」
アリーさんは絶対引かない、といった様子で頭を下げている。礼儀正しい人だし、紅茶にむせたことを気にしているのかもしれない。多分。いやかなり。
「じゃあ、えっと、よろしくお願いします」
「はい!」
アリーさんは、にぱっと笑い、勢いよく顔を上げると、その拍子で机に脚をぶつけ、悶絶したのであった。
用務員室を出て本校舎に向かい、学校を出る。あれからアリーさんの足の処置をしていたら、アリーさんが氷嚢をひっくり返し、今度は肘をうつなどのデジャヴのような天災がふりかかり、もうこんな時間だ。
慌ただしい一日。今日は中々普通の、とはいかないまでも、ゲームがらみのトラブルは一切無い日だった。主人公に遭遇することも無く、エリクには遭ったが立ち話程度。
普通に学校に来て、授業を受け、帰宅。今日は平穏無事に過ごせて良かった。明日もこうあればいいなと考えながら、自分の靴を取り出すべく靴箱に向かう。朝は手間取ったが、今は生徒手帳がある。番号を確認し、靴箱の扉を開くと、バタン!と扉が閉じる。
今日は風が強いな、と扉を開き直そうとすると、扉に手が添えられている。なるほど、風じゃなくて誰かが私の靴箱の扉を閉じただけか。
いやなるほどじゃないわ。ということはつまり、隣に誰か立っているということじゃないか。恐る恐る、手の先を確認すると、レイド・ノクターが立っている。
「随分と遅いお帰りだね、ミスティア」
怖い怖い怖い。登場がホラーすぎる。放課後、夕方の学校。レイド・ノクターのキラキラ王子キラキラオーラをもってしても消せないホラー感。叫びださなかっただけでもよしとする。
「どうも」
「暗いから送るよ」
「いえ、馬車なので大丈夫ですよ」
「君の馬車には帰ってもらったよ」
「え」
「冗談だよ、君の馬使いは君の命令じゃないと帰らないだろうから、僕の馬車に帰ってもらったんだ」
平然と言ってのけるレイド・ノクターだが、意味が分からない。そしてありがとう馬使いことソルさん!全く見ていないところで戦ってくれたのか……。
「入学式のこと、よく説明してもらおうと思ってね」
レイド・ノクターはそう言うと、私の下駄箱から丁重に靴を取り出し、私の足にはかせ、扉を閉める。もしかしたら、靴熱されてない? 鉄とかで出来てない? 実はアイアンメイデンみたいになってたりしてない? 痛すぎて痛覚が死んだだけで血まみれになってない?
絶句し立ち止まる私に、レイド・ノクターはにっこり笑うと、私の鞄をひったくり、前へ歩みを進めていったのであった。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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