たそがれ献身
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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一人馬車に揺られる。今やすっかり日暮れだ。
あれから、馬車で医者の元へ辿りつき、用務員さんと私で女の子を運び、先生が医者に説明し手続きを終え、すぐに女の子は処置室に運ばれた。私や先生、用務員さんで、別室にて待機すること二十分。
医者に処置室に呼ばれる入室すると、そこには火傷した箇所を包帯で巻かれ、処置をされた女の子の姿があった。医者曰く、命に関わることも、酷い痕になることも無いらしい。女の子は念の為入院。先生と用務員さんは女の子の親御さんに連絡する為辻馬車を呼び学校へ、私は帰宅ということで、現在馬車で帰宅中だ。
溜息を吐く。……火傷の治療と言えど。女の子を、台車で運び、人気の無いところへ連れ込み、水をかけた。
ミスティアは、入学して一週間くらい経った頃、アリスの事が気に入らないと、水をかけたはずだ。場所は確か本校舎の三階あたりから、一階のアリスにめがけて、だったけど。目的も、手段も違うけど、ミスティアと同じことをした。
いや、でも痕になったら大変だし、感染症とかになったら危ないし、火傷だし。これはド素人の応急処置、もどき。
でも。
「明日学校行ったら、嫌がらせで水かけてたことになってたらどうしよ……」
助けたことは全く後悔していない。人命がかかっていることだ。だけど、不安にはなる。こちらも、人命、両親の命と、使用人の今後がかかっている。
前に、神隠しというか、超常現象的な力を感じざるをえない、「留学申請書類が消失する」という事象があった。
あれが、「ミスティアが学校に入学する」という面において、どんな戦法を用いても、強制的に負けるゲームのイベントのような強制力が働いていたからだったとしたら。
今回も、「ミスティアが誰かに水をかける」という強制力が働いたのだとしたら。
でも、ノクター夫人の死は変えられたし、エリクは女の子への復讐を考えてないし、そもそも女の子は知らない子。
……女の子、火傷大事にならなくて良かった。そうだ、女の子が無事なんだからそれでいいじゃないか。痕だって残らないらしいし、うん。大丈夫だ。
それに目撃者がいる。用務員さんに保険室の先生もいるし、「嫌がらせはしてない」と証言してもらえばいいじゃないか。いざという時は、火傷の対応でした、ってちゃんと言ってくれるはず。相手は学校の関係者なわけだし。
そう考えて、ふと、おぼろげに、昔見た火傷の痕を思い出す。小さい女の子の背中に、大きな火傷の痕。
あれ、これは、いつの記憶だろう。誰の背中だ? 前世の時、それとも今?思い出せない。もしかしたら気のせいかもしれない。
屋敷に戻ると、愛しの大天使メロが私を出迎えてくれた、が、私を見るなり、一瞬にして青ざめる。え、何か背後におぶさってるとか……? ホラー的なもの? とメロの視線の先を辿ると、丁度私の胸からお腹にかけてまだらにシチューの跡がついていた。
ああ、トマトシチューだったから、「何か始末した帰り」と思われたかもしれない。
「メロ、これは……」
「御嬢様、まさか、嫌がらせを受け……?」
今すぐ不届き者の特徴を、と怒りを露わにするメロを慌てて止める。
「違うよメロ、今日シチューかかっちゃった女の子がいて、お医者さんに運ぶときに着いたやつだから大丈夫だよ」
「本当ですか……?」
「ソルさんも知ってるし、一緒に手伝ってくれたから多分ついていると思うよ」
「そうですか……。ああ、すぐにお召し替えを!」
メロに自室に促され、家着に着替える。すると着替えを手伝ってくれていたメロが顔をしかめた
え、今度は一体何だろう。
「その痣は一体どうされたのです?」
「痣?」
「失礼します」
メロが私の腕の甲あたりをじぃっと見る。一緒に確認すると、小指の先ほどの赤い痣のようなものがあった。
「これは……火傷ですね……、すぐに薬をお持ちいたします!」
すっとメロが部屋から出ていき、またすぐに戻ってくる。迅速。それに目が良い。速くて、目もキラキラしていて、そしてよく見えるなんてやっぱり私の専属侍女は最高である。遅くて、目が良くなくても、キラキラしてなくても私の専属侍女は最高だけど。
メロは軟膏を塗ってくれようとする素振りを見せる。いつもなら自分で塗るけれど、正直疲れているし、お言葉に甘えることにしよう。
「お願いしてもいい?」
「勿論です」
メロは、熱心に軟膏を塗っている。まるで熟練の外科医が大手術を行っているかのような緊迫とした雰囲気が周囲を包み込む。
やがて軟膏を私の腕に塗り終えたメロが、口を開いた。
「……あと二時間ほどで御夕食ですが、お食事はいかがなさいますか」
今日は午前授業でそのまま帰宅するつもりだったから、お昼ご飯は食べていない。めちゃくちゃお腹は空いている、けど今食べたら確実に夕食に響く。それはいけない。
「うーん、夕食も近いし、何かちょろっとパンとか食べようかな、ちょっと調理場の様子見に行くよ」
余ってるチーズとかパンとかかじって、しのごう。そのまま二人で調理場に向かうと、料理長が虚ろな目をして立っていた。まな板をじっと見つめ、微動だにしない。夕食の支度は全て終わっているらしく、調理場全体は美味しそうな匂いが漂っているが、料理長の周囲だけ異質だ。
「り、料理長?」
声をかけても反応らしい反応が見えない。なにやらぶつぶつ言っている。すると助手二人、ドーレとドーラがささっと物陰から現れた。
「御嬢様、お帰りなさいませ!」
「ご夕食の準備は整っております! いつでもどうぞ!」
ドーレとドーラは、双子の兄妹である。仲が良く、息もぴったりで料理長の助手を務めている。そんな助手たちは、にこにこと笑みを浮かべている。
「あの、お疲れ様です、料理長どうされたんですか」
そう尋ねると、一瞬にしてにこやかな笑みが、消え、だらだらと額から汗を流し、青ざめ始めた。
「……その、料理長は、ですね……」
「なんていうか……その」
助手たちは言いづらそうな表情で、「お前が言え」「嫌だよ、死にたくないよ」とお互いを小突きあっている。言うと死にたくなる様なこととは一体。
やがて観念したかのように、二人はずいっとこちらに顔を向けた。
「御嬢様、料理長は現在……」
「学校で、御嬢様のお食事を……作れないことで……このような状態に」
減給の心配? 確かに朝夕だけになる。となると朝夕だけのお給料になる……のか?お給料の制度、歩合制みたいになってるの? てっきり固定給とばかり思っていた……。いや固定給でも昼食一食分少ないから減給とか思っているのでは……?
料理長は悲観的なところがある。私が街で食事をしようとすると自分が解雇されるのではと怯え、何か食系のお土産を貰ってくると震える。
あり得ない話じゃない。
「あの、料理長、大丈夫ですよお昼作らなくても、大丈夫なんですよ、お給料とか、私からお父様にもちゃんと話をしておくので」
肩を叩いて、料理長に話しかけると、徐々に料理長が目に光を取り戻し始める。するとがばっっと肩を掴まれる。
「違います!お嬢様、俺は、俺は金なんか関係ないんです!お嬢様のお食事を、俺が、俺が作りたいのです! 御嬢様の血や、肉や、骨の全ては、俺の作った料理で作りあげられていなきゃいけないんです……! 他のよく分からない場所でよく分からない人間が作った料理を、お嬢様が口にするなんて、ああああ考えただけでおぞましい……!」
さっきまで無言だったとは思えない滑舌の良さ。そして学食全否定である。行ったことは無いが、公共施設に分類され、営業許可を得ている。衛生基準はうちと同等のはずだ。でも学校の食堂が衛生基準を満たしていることを料理長に説明するには、時間がかかる。どうしたものかと考えていると、メロが私と料理長の間に入った。
「では、料理長は御嬢様のお食事に、ランチボックスを用意する、というのは」
ランチボックス。要するに弁当だ。確かにランチボックスなら、料理長の食事を学校でも食べられる。私としては嬉しいが、料理長の負担が増える。
「よく御嬢様がピクニックに向かわれる際、用意していましたから、勝手はご存知ですよね?」
「ああ、そうだな、そうだ、その手があった、なら出来る。お嬢様は、汚れない……?」
「ええ、では明日から用意出来ますか」
メロが料理長と話をしている。中々見ない組み合わせだなーと眺めていると、料理長が私の手を取った。
「ああ、ああ!……お嬢様!明日からランチボックスを、誠心誠意ご用意いたしますので……!! どうか、どうか俺のランチボックスを……!」
「いいんですか? 私はとても嬉しいですけど……ご迷惑じゃないですか?」
尋ねると料理長はぶんぶんと首をふる。料理長のご飯は美味しい。学食の料理にも興味があるけど、学校で料理長のご飯が食べられるならそんなにいいことはない。
「では……お言葉に甘えて。ありがとうございます、すみませんわざわざ朝食の用意もあるのに」
「いえ! お嬢様のお食事をご用意することは、俺の生きる意味!俺の全てなのです! 俺に幸福を与えてくださりありがとうございます!!ありがとうございます!ドーレ! ドーラ!早速取り掛かるぞ!」
うおおおお!と料理長は、さっきまでの空虚な瞳が幻だったかのように、闘志に燃えており、助手たちは驚いている。
やっぱり、減給不安だったんだな。
私もバイト先が改装全体休業ということで、シフトが、お給料が減った月のタイミングと新作のゲームの発売が重なった時、絶望した。
料理長も何か欲しいものとタイミングが被ってしまったのだろう。うんうんと頷いているとメロが私に向き直る。
「料理長が支度をしている間、本日の試験の答え合わせを済ましておきましょう、パンも、ご用意出来ました」
その手には、パンがのせられたお皿が。いつの間に、やっぱりメロはすごい。メロに促され、そのまま調理場を後にした。
自分の部屋に向かって、メロと歩く。空は赤く染まり、差し込む夕日は窓枠を床に映していた。それらを横目に廊下を歩きながら、隣を歩くメロに顔を向ける。
「何か、ごめんね」
「何がですか?」
メロはきょとんとした顔をする。
「皆に、お世話してもらってばかりで、特にメロには迷惑かけっぱなしで」
普通、年齢を重ねるごとに自立してくはずだが、なんだか年々お世話になりすぎていく気がする。使用人の手を煩わせる頻度が、思うように減らない。自立とは真逆の、ダメ人間化が進んでしまっている気がしてならない。すると、ふとさっきまで隣を歩いていたはずのメロが、ついてきていないことに気付いた。振り返ると、メロは立ち止まり、こちらをじっと見つめている。
「メロ?」
「……いいのですよ、この屋敷に勤める者は、私を含め皆、お嬢様の幸せの為に存在しているのですから」
そう言ってメロは、にっこりと笑った。私はそんなメロの言葉に、どこか深い意味があるような気がしつつも、まぁメロの言っている言葉なら何も疑う必要はないと頷いた。
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