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自己紹介は修羅の序章

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 自己紹介。新入社、新入学、などでエンカウントした初対面の相手にする儀式であり、主に親交を目的としている。


 名前、所属、過去に何をしたのか、趣味趣向を述べることが一般的とされ、口頭での説明が原則化されており、その場でいかに嫌悪感を最小に留め、そして好感度を最大まで上げるかを競うゲームだ。


 とでも考えない限り、社交性が極端に低い、または閉鎖的な世界を愛する人間にとって精神的に、著しい苦痛の時間である。辛い。帰りたい。


 そんな自己紹介祭りが、ホームルームが始まり早速開催されている。


 正直盲点だった。


 新学期の自己紹介なんてよくある話だ。しかし主人公のモノローグでは、レイド・ノクターの出会いイベント後、入学式の帰り道の途中で、


(入学式……貴族の学校ってすごいんだな、驚いちゃった)


(馴染めるといいな……)


(そういえば、朝助けてくれた人……)


(レイド・ノクター様……お礼言わなきゃ……)


 暗転。


 一週間後の日付を表すカレンダーイラスト、エリクのイベント〜だった。新学年恒例クラス自己紹介タイムがあるなんて想定していなかったのだ。


 正直すっ飛ばし過ぎな気もするが、確か今日は入学式、学校説明等のホームルームで午前帰宅のはず。


 攻略対象はゲーム画面にも、公式サイトにも、説明書にも名前がのっているし、自己紹介シナリオ、もといこのホームルームをばっさり省くのも無理はない。


 無理はないが、勝手を言うなら(自己紹介、緊張したぁ)という警告が欲しかった。緊張で気持ちが悪い。吐きそう。一対一ならまだしも、集団、そして同世代を前に自己紹介なんて苦痛でしかない。


「じゃあ、よろしくお願いしまーす」


 そう言って、名前や趣味を言い終わった窓際二列目の男子生徒が、自己紹介を終え着席する。


 唯一の救いは、一人ひとり、黒板の前に立ち、名前、趣味、今後の抱負について述べ、席に戻る感じの、基本、どこでも見る普通の自己紹介であり、貴族が集合する学校といえど、その自己紹介は庶民的な、スタンダードなものであることくらいしかない。


 大抵学校での自己紹介の場合、誰から始めるか、教室最前列両端、最後列両端の熾烈な三つどもえならぬ四つどもえの争い、もしくは、出席番号最初、と最後の一騎打ちが行われるが、今回それは起きなかった。


 レイド・ノクターが新入生代表を担ったということで、一番手に指名されたのである。


 突然の一番指名。誰しもが緊張でおかしくなっても仕方ない状況の中、流石完璧全知全能のレイド・ノクター。突然の一番指名をすんなり受け入れ、シンプルな自己紹介でありながら、一瞬にしてクラスメイトの好感度を上げると、さっと着席していった。


 そうしてレイド・ノクターが一番手に回ったことで、廊下側最後列の私が最後に決定してしまったのである。


 出来れば抵抗してほしかった。抵抗して抵抗してじゃんけん大会にもつれこんで欲しかった。


 最後、それは自分以外の全員が発表側を終了し、気が抜けた状態で聞き手に回るため、記憶に残りやすい。分かりやすく最悪の順番だ。


「ええっと」


 気が滅入り俯いていると、凛とした声にはっとして、顔を上げる。


 桃色の髪の乙女が、黒板の前に立っている。ぺこりと一礼すると、色素が薄くふわふわの桃髪が揺れる。まっすぐと前を見据える瞳は、夏の空を模したかのような美しい色だ。白い肌、小さい鼻、林檎の様に赤い唇。このきゅんらぶの、まごうことなき、主人公様である。


「えっと……、アリス・ハーツパールと申します」


 アリス・ハーツパール……、はじめ、主人公の名前を決める時、初期設定されている名前。公式サイトでは横に(名前変更可)と書かれている公式名だ。性格は選択肢にもよるが、基本的に、とても優しく大らかな性格で、芯が強く、どんな困難にも立ち向かい、諦めない粘り強さがある。ミスティアの嫌味にも、侮辱にも、崖から落とされても、谷底に落とされても、耐える。精神的にも肉体的にも強い。


 そしてミスティアに復讐することのない善性を持つ美少女。恋愛には疎く、うぶな所がある。要するに強靭な精神力とのギャップが魅力的な、そんな美少女である。


 平民である彼女は、本来貴族学校に入学することはありえない。しかし彼女の父が、この学校の前校長と知り合いで、「学校に、新しい風が必要だ」と貴族学校に入学することになった。


 その辺りはかなり曖昧化されていたが、彼女が入学してこない限り物語は始まらないし、ミスティアと血で血を洗う泥沼ならぬ血沼の争いをしたり、学校中の女性の心を弄んでいた先輩を更生させたり、教師とロマンティックラブストーリーを繰り広げたり、どんな攻略対象相手でも新しい風になっている。前校長の先見の目は間違っていなかった。


 前校長なのは、今年度、私たちが入学した代で校長が変わっているからだ。何らかの因縁により、前校長に対し複雑な思いを抱いている現校長は、彼女の存在も気に入らず。その為、ミスティアの嫌がらせ揉み消しも黙認する。なお新旧校長の因縁については、ゲーム上明かされていない。


 まぁ、確かに校長が変わっていないと、設定上、校長の推薦で入学した生徒を虐めるミスティアが、野放しなのはおかしいわけで。


 虐めをしている生徒が野に放たれていること自体おかしいのだが……ともかく、彼女は、自分で志願した訳でも無く、この学校に連れてこられてしまったのである。


「えええっと、皆さんと、な、仲良く出来たら……いいなと思ってます、よろしくお願いします……!」


 ぺこりとまた一礼し、自分の席につく。趣味などの素性のくだりをすっかり聞き逃してしまった。


「どこの家?ハーツパール?」


「聞いたことない……」


 いつのまにかアリスは着席し、三列目の先頭の男子生徒が立ちあがった。


 耳下で切り揃えられた、さらさらの栗色の髪。やや長めの前髪から覗かせる濃紫の瞳。それを縁取る銀フレームの眼鏡。


「ロベルト・ワイズ……、趣味は、特になし」


 彼が不器用なのは、厳しい家庭環境によるもので、名門貴族の家系に生まれた彼は、ワイズ伯爵家の子息で、下に四つ下の妹が居る。当主として生まれ、当主として育てられている彼は、優秀であることしか許されていない。


 いわゆる厳しい父、厳しい母に育てられたのだ。力を抜くことを許されず育った為故か、力の抜きどころが分からない。よって彼にとっては普通に生きている人間でも堕落し、怠けているように見えてしまう。ある意味囚われているのかもしれない。


 そんな彼との恋愛は、夢、身分差がメインのシナリオ。


 レイド・ノクター、エリク・ハイム、ジェシー先生、三人とも主人公と身分差はあるが、


 レイド・ノクターにはミスティア、エリク・ハイムには開放的女性関係とトラウマ、ジェシー先生には教師と生徒など、それぞれ命、心、進路に関わる障害がある為、夢や身分差まで加わると手に負えなくなる。


 だから三人のシナリオに関して夢や身分差は触れられない。せいぜいレイドシナリオでミスティアが「この平民の泥娘!」と主人公を罵倒するくらいである。平民の泥娘て。


 それでなのか、ロベルトのシナリオは夢!身分差!この二つで構成されている。


 ロベルトの夢、それは、立派な当主になること。しかしそれだけではなく、医師への憧れも持っている。


 しかし、ロベルトの憧れは、彼の両親に許されていない。「お前は当主になるんだろ、医者にさせる為に勉強させてるんじゃないんだよ」というのが両親の言い分である。


 現代社会であるならば、医者だよ?医者にさせる為に勉強させてるんじゃないんだよって何?医者だよ?医者だってよ?と突っ込みたくなるが、この世界において医者はどちらかといえば長男がする職業では無く、次男とか、三男とか、四男とかが一般的で、長子である彼の夢を両親は許していないのだ。


 よって彼は当主になる為、勉学に励む一方、医者になる夢を捨てきれず、医学の勉強にも内密に励むという努力を続けながら日々葛藤しているのだ。


 そんな中、主人公、アリスとの出会いをきっかけに、彼女と関わり、交流したことで、医学への道と当主の両立を前向きに考え、両親への説得を視野に入れ始めた矢先、平民であるアリスと仲がいいことを知った彼の両親が、あの娘、アリスと関わるならば、お前には当主は継がせない、と彼に迫る。


「お前がその気なら、妹に婿を取らせ、その婿に継がせる」


 そう言われた彼は、当主をとるか、主人公をとるかで葛藤するのだ。


 死罪投獄バッドエンドのカウントダウンは刻々と迫っている。一年なんてあっという間に過ぎる。それまでに速やかにレイド・ノクターの弟狂いを治して婚約を解消。エリクの主従ごっこ遊びに終止符を打ち通常の、正常な、健全な友人関係に戻るのだ。速やかに責務を全うする為にも、彼には関わらないのが最善手だ。


 ガタン、と音がした方向を見ると、順番が差し迫っているどころか、目の前の席の生徒が立ちあがった。危ない。思考が飛んでいた。クラスの半分の自己紹介を聞き逃してしまっている。


 慌てて何を言うか考えている間に、目の前の生徒は自己紹介を済ませると、ささっと着席した。とりあえず立たねばと立ち上がり、黒板に向かう。着席している生徒が、全員こちらを見ている。


「ミスティア・アーレンと申します。趣味は……散歩です。これから一年間、よろしくお願い致します」


 一礼する。困った時、どうしていいか分からない時はスタンダードが一番だ。あれ、もしかして「よろしくお願い致しますわ」とかの方が良かっただろうか。ミスティアは、どんな風に自己紹介したんだろう。「レイド様は私の婚約者ですの!」とか「私の婚約者はレイド様ですわ!」とか言ってそうだ。いやどっちも同じか。


 自分の席に戻り、着席すると、それまで端に寄っていたジェシー先生が、また教卓の前に立ち、黒板に学級委員、と記す。


「じゃあ、全員の自己紹介も終わったことだし、次は各委員会の委員を決める。……まずは学級委員から決める。」


 委員会決め。


 やりたい人間がいる時は、時間が秒のように過ぎるが、居ない場合、地獄の空間とかす、新年度特有の儀式第二段。


 しかし、学級委員はレイド・ノクター確定のはずだし、ミスティアは何の委員会にも入っていなかったから関係ないだろう。


 気になるところは、レイド・ノクターが推薦で選ばれるのか、立候補するのかくらいだ。


「学級長は、レイド・ノクター、やってくれるか?」


「はい、頑張ります」


 先生の推薦だった。突然の指名にも動揺もなくさらりと受け入れる。新入生代表の挨拶と言い、自己紹介と言い、彼の立ち振る舞いは完璧だ。先生が推薦しなくても誰かしら推薦していただろう。


 そのまま先生は、学級委員、と記された隣に、レイド・ノクター、と記し、赤いチョークで丸をつける。


 ……ああ、そうだ、レイド・ノクターは学級委員長として、主人公と関わっていく。それはもう強制的なものだ。ならば出会いイベントがエリクになったことは、やはり最善の結末だったのではないだろうか。


 エリクの出会いイベントは本来ならミスティアが主人公……アリスを虐めることで発生する。でも私は虐めたくないし虐めない。だから発生に困っていた。レイド・ノクターの出会いイベントが、エリクにすり替わったことは、良かったのでは……?


 レイド・ノクターは学級委員兼、クラスメイトとして出会う機会がある。しかし一年上の先輩であるエリクとは、何かしらのきっかけが無い限り出会えない。


「よし、これで決定だな、今年はこれでいく、じゃあ解散」


 考えている間に、委員会決めが終わったようで、黒板には学級委員、保健委員、体育祭委員、文化祭委員などなどの各種委員会の隣に、一人ひとり名前があり、赤いチョークで丸が付けられていた。


 ジェシー先生がさっと教卓から立ち去り、そのまま教室から退出していく。周囲は各々帰宅支度をはじめ、教室から出ていく。


 とりあえず、今日の難関は過ぎ去ったし、今日は帰って寝て、明日に備えよう。


 冊子と筆箱を鞄にしまい、椅子から立ち上がったその時だった。何者かに、とんとん、と肩をたたかれる。


「じゃあ、帰ろうかミスティア」


 ああ、まずい。難関、全然過ぎ去ってなかった。まだ越えなきゃいけない山も、谷もあったことをすっかり忘れていた。そうだ、朝、彼は、彼は、馬車を置いてきたと、言っていたじゃないか。


 振り返りたくない気持ちと、振り返らなければ死ぬという気持ちがせめぎ合い、ぎぎぎ、と振り返るとそこにいたのは。絵本から飛び出して来た王子様、レイド・ノクターだった。



●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

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