オリエンテーション!交わる視線はイレギュラーのはじまり
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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入学式が終わり、係員の指示に従って自分のクラスに向かう。黒板に張り出されている座席表を確認し着席する。席順は、全てゲームと同じ座席順だった。
同じクラスであるレイド・ノクターは最も窓に近い列、いわば窓側最後列。一般的に眠れる席とされてはいるが、教師側もそれを把握している為結果的に、就寝発見率が比較的高い座席である。主人公は当然その隣だ。授業中のどきどきおしゃべりが可能である。
一方私は廊下側最端最後列。即入室、着席、即起立、即退場が可能な効率の良い座席である。しかし不審者が教室に現れた場合の危険性も高く、授業参観で自分の子供の授業内容を把握するために机を覗かれるリスクも高い席だ。何事も優れた対価には代償がつきものである。
さりげなく窓側の様子を窺うと、既にレイド・ノクターは着席しているどころか、主人公と会話をしている。出会いイベントが無くても、勝手に出会ってくれるということか。これは実に幸先が良い。自己紹介をしているのだろうか、良かった。
一方私は、乙女ゲームの物語上必然的に全方位ミスティアの取り巻きに囲まれている。彼女たちにも勿論人格やそれぞれの人生があり、一括りにミスティアの取り巻きと表現することには罪悪感があるものの、ゲームでは「ミスティアの取り巻きたち」とまとめられ、名前を知らない。周囲を確認すると、やっぱり見覚えのある女子生徒たちだ。そのうち一人と目が合った。軽く会釈すると、相手は警戒しながらも会釈を返してくれる。会話は無い。
そう、私は彼女達と面識が無いのである。確かミスティアは入学後一週間してレイド・ノクターと仲良くする主人公に、取り巻きを引き連れ詰め寄っていた。その間に交流し従えるようになったのだろう。すごい悪のカリスマ性である。
現在取り巻かれていないが、今後取り巻かれるつもりもないし、そもそも彼女たちは私に関わろうとは思わないはずだ。ゲームでのミスティアは、その凶悪性を全て取り去れば、社交的な御嬢様であった。今の私は社交性が欠落したド凡人、興味すら抱かないだろう。
気が付けば既に生徒は全員着席していた。知り合い同士であろう二、三人のグループが三つほど会話しているだけで、後は着席し沈黙を貫いている。きゅんらぶの世界も普通の新入学の雰囲気と変わらない。新学期特有の空気のまずさだ。
また窓側を確認すると、主人公とレイド・ノクターの会話が終わり、レイド・ノクターは本を読み、主人公は不安そうに周囲を見渡している。主人公に話しかけてほしい。本読んでないで、早く話しかけてほしい。そして弟狂いをなおしてほしい。一刻も早く。
しかしここで様子を見続けると、「ミスティアが主人公とレイド・ノクターを見ていた」と噂になり、噂が地獄で煮込まれあらぬ方向に暴れだすかもしれない。机のしみでも数えようと下を向けば、そこにはしみなんて一つも無い、丁寧に磨かれた輝きを放っている。いや新品だこれ。
何となく、机に手をのせ握ってみたり開いてみたりしていると、机の横側から突如手が伸び、がしりと手首を掴まれる。
あ、駄目だ、死んだ。恐る恐る私の手首を掴む腕の先を確認すると、エリクだった。あれ、何だろう、この変な感じは、どことなく、違和感がある。
「来ちゃった」
小声で囁いたエリクは、しゃがんで気配を消しつつ、こちらの手を掴んでいる。来ちゃった流行っているのか。もしそうならば、本気で止めなければならない。
私の座席が廊下側最端、最後列なことが幸いし、周囲にはエリクの存在は気付かれていない。半ば押し出すように廊下の外へ一緒に出る。幸いが積み重なり、廊下には私たち以外誰もいない。
「何でここにいるんですか」
「ご主人に会いに来たからに決まってるでしょ、入学式、迎えにいったのにいないし」
ああ、だからあの時校門の前にエリクは居たのか。それはものすごく助かったし、感謝してもしきれないが、まずはここから立ち去ってもらうことが先決だ。
不審者ではないが普通の生徒という訳ではない。それは制服に身を包んだ彼が麗しの美青年だから、という理由ではなく、入学式に参加する必要は全くない、今日はお休みであるはずの、つまりここにいてはいけない二年生だからである。それに、各学年教室は階ごとに分けられており、一年生は校舎二階、二年生は三階、三年生は四階だ。むしろいていい理由が無い。
「あの、大変申し訳ないのですが、帰っていただいても……」
「何で敬語?二人きりだよ」
「学内での上下関係はとても大事、ということで」
「……む」
エリクは納得できない、といった様子だが、ここが学校である以上、友人関係なくエリクは先輩で、私は後輩である訳で。誰か人が見ているかもしれない中、敬語は崩せない。新入生に舐められている、とエリクに悪評が立つかもしれない。彼をぼんやり見つめると、ふと違和感の正体に気付いた。彼の赤墨色の髪はゲームではくるんと優美に肩へかかっていたのだが、現在、エリクの髪は襟元でさっぱり爽やかになっている。
どちらも良く似合う、いや、ずっと見て来た今の方が慣れ親しんだエリクだけど、一体これはどういう変化だろうか。……まぁ、外見が少し違うと言っても、主人公との関わりに影響はないか。
「そうだ、あのね、きょう……」
エリクが言いかけて、止まる。視線の先を追うと、廊下の端からジェイ先生ことジェシー先生がやってきた。
「まーた邪魔が入っちゃったなぁ……。ごめんご主人、また後で!」
手を振りながら駆けていくエリクを見送る。何が言いたかったのかは、さっぱり分からない。
ご主人呼びは直っていないが、主人公とは出会ったばかりだ、きっとこれからだろう。彼はご主人呼びを直し、更生し幸せになるのだ。教室に戻ると、丁度先生も黒板側の扉から教室に入ってきた。
このきゅんらぶ攻略対象の中で唯一、変わらなかった人。希望の星ジェシー先生。彼は緊張した面持ちで入室してくる。その様子を見ていると、ふいに目が合った。こっちをただ見ただけかもしれないが、念の為会釈をすると、頷きが返ってくる。
ジェシー先生は教卓の前に立ち、挨拶、自己紹介もそこそこに、冊子を配り始めた。
回ってきた冊子には、「学校について」と書かれている。シンプル。
冊子が行き渡ったのを見計らい、先生が学校生活についての説明をはじめた。いわゆる、新入生オリエンテーション、校風や、授業、授業の合間の休み時間、部活などの説明。新学期特有の、緊張によりあまり内容が頭に入ってこないなんてことが起こる。そんなオリエンテーション。
しかしこの内容は全て頭に詰め込まなければならない。詰め込んで、覚えてないイベントなど存在しない状態にして、万全の準備をしなければ。
鞄から筆箱を取り出し、さらに鉛筆を取り出す。マトリョーシカシステム。一言一句聞き逃すまいと鉛筆を握り、先生の方を見ると、ばっちりと目が合う。冊子に目を向け、先生の話を聞きながら、とりあえず気になったところをメモしていく。
何かに見られているような気がして顔を上げる、
ジェシー先生と目が合った。
なんだ、気のせいかとまた下を向く。まだ見られている気がする。顔を上げる、ジェシー先生と目が合う。
机に顔を向け、先生の読んでいる箇所を目で追いながらメモをとる。何となく気になって顔を上げると、ジェシー先生と目が合った。
そして、違和感に気付いた。
さっきからジェシー先生は、ずっとこちらを見ている。手元にあるプリントを、全く見ずに、ひたすらこちらに顔を向けて読み上げている。視野が広すぎる。
分からない。何でこっちを見ているのだろうか。もしかして、寝てると思われている?いやでも目が合ってるなら寝てると思われていないはず。ふと後ろを振り返ると校長先生らしき人が私の後ろで教室の様子を窺っていた。
おそらく、新入生の教室を巡回しているのだろう。
ジェシー先生は、校長先生を見ていたのか。一瞬、自分が見られているのでは、なんて勘違いをしてしまった。
また冊子に視線を落とし、私はペンを走らせた。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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