秋 Rの病は進行する
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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秋、窓から覗く晴れ渡った空から視線を移し、机の上にある予定表を確認する。今年も、もう終わろうとしている。ぱらぱらと来年までめくっていくと、入学式、と日付に印がしているところで、めくる手を止めた。
次の春には、僕は学校に通う。ミスティアも、同じ学校だ。
春は、彼女と出会った季節。
ミスティアと出会い四年、そして来年には五年が経つが、彼女が、あまり僕の名前を呼ばないことに気付いた。
彼女が、僕の両親や、彼女自身の両親と会話の流れで、「レイド様は」と口にすることはあるけれど、彼女が自発的に僕を呼んだことは、思い出して数えられるほど。
そんな彼女は、ハイム家の子息のことを「エリク」と当然の様に名前で呼んでいる。僕の弟のザルドも、「ザルドくん」と嬉々として呼ぶ。僕だけが名前で呼ばれていない。
僕を呼ぶとき、ミスティアは名前を呼ばず、「あの」「すみません」「ちょっといいですか」だ。少し腹が立つ。
他のものは当然の様に与えられて、自分だけが与えられない。
彼女は、前に、兄弟や姉妹に憧れがあると言っていたが、僕の弟によってその欲求が満たされているらしく、彼女は弟に酷く甘い。
そしてそれを受けてか、弟であるザルドも、彼女を酷く気に入っている。あろうことか誕生日のプレゼントを聞いたとき、プレゼントはいらないからミスティアが欲しいと言い出した。母は「あらあら、お兄ちゃんと取り合いね」と笑っていた。父も「でも、ミスティアお姉様は、物じゃないからあげられないよ」と微笑み優しくあやす。全然笑えなかった。
そして何より気に入らないのは、ミスティアが弟に好意的な感情をあらわされると嬉しそうにすることだ。ザルドに、当然のように笑いかけるミスティア。いくら幼い弟だとしても、憎悪の感情が沸く。
彼女は、僕に一度も向ける事が無かった表情を、簡単にザルドに向ける。
僕に向けるのはいつだって怯えた顔、警戒する顔、困惑した顔。思いつめた顔だ。この四年間、俺はなるべくミスティアに優しく、好かれるように振る舞ってきたつもりだ。でも、ミスティアの態度は一向に変わらない。最初こそ、僕に徐々に慣れていると思って喜んでいたが、それはただ単に慣れただけだった。
どんなに会話をしても、会いに行っても、贈り物をしても、彼女の態度はある一定から全く変わらない。その一線が、何をしても超えられないのに、弟のザルドはそれを軽々飛び越えていった。
僕には分かる。ザルドもきっと、ミスティアのことが好きになる。姉としてじゃない、一人の女の子として。
今はただ、ザルド自身が幼いだけだ。時が来たらいずれ、気づく時が来る。その時、きっと争うことになるだろう。
ザルドは、弟だから、何を欲しがっても、譲る気はある。……でも僕は、彼女だけは譲らない。
僕は、誰であろうと、それが弟であろうと、彼女を奪おうものなら容赦はしない。
……彼女は、身も心も、僕のものじゃないけれど。
冬、ミスティアが、「あの、本当に勝手なんですけど…」と前置きをして、何かを話そうとした。その前置きが、あまりに深刻なもので、「婚約解消なら絶対しない」とはじめに封じたところ、彼女は真っ青な顔で俯いた。
それから一月が経った頃。何の気なしに、彼女の屋敷へ向かうと、焼却炉で彼女の侍女が焼けた紙片を集めているのを見かけた。その紙片は特徴的な青色で、遠目から見てもすぐに留学申請書類だと分かった。
この国の、と言ってもこの国のものしか知らないが、留学申請書類は独特な青色をしている。一度親戚が留学する前に、見せてもらったものと同じ青色が、焦げた状態で侍女の手の中にあった。
嫌な予感がして彼女の部屋に向かい、引き出しをあさると、同じ青色。留学の申請書類が出て来た。まさか、留学してまで、僕から離れようとするとは思っていなかった。
気が付くと、青色のそれに花瓶の水をかけていた。本当はびりびりに破いてしまいたかったが、なんとか抑えた。直後に彼女が現れ、適当に誤魔化したが、あの時自分がどんな表情を彼女にしていたのか、よく覚えていない。
それからだ。ふと、自分が自分じゃない感覚に陥る。今までは、嫌われてもいいから彼女を手に入れたいと思っていた。それは、強引に結婚したり、外堀を埋めたりすることだけで、彼女自身に危害を及ぼしたいなんて思っていなかった。
でも、ここ一年は違う。ミスティアの自由を奪い、真っ暗な部屋にでも閉じ込めて、彼女の生活を管理してしまえば、いずれ僕を愛するようになるんじゃないか。
僕に縋りつかなければ、生きられないように。彼女の大切なものを、家族を、使用人に危害を加えると、彼女を脅して。
それで今より線を引かれても、彼女のその心ごと壊して、おかしくさせて、彼女の精神を支配してしまえばいいんじゃないか、そういう風にばかり考えるようになった。
それに、彼女を見る使用人の目は、普通ではない。ミスティアを守るためならば、それが一番いいんじゃないかと思う。
ミスティアが想っているのは僕じゃない、だけどミスティアを一番に想っているのは、僕だ。僕しかいない。
彼女が学校にいる間に、留まっている間に、頑丈な檻を作ればいい。そこに閉じ込めて、もう外に出してやらない。僕だけにしてしまえば、僕を愛するしかなくなる。
彼女の愛するものを、全部、全部壊してしまえば。彼女の引く線も、きっと壊れるだろう。そうしたらきっと、彼女は、僕を。
ふと窓の外から雷鳴の音が聞こえ、はっとする。
視線を向けると、そこに晴れていた青空は、まるで最初から無かったかのように、どんよりとした厚い黒雲に覆われていた。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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