夏 Eの恋熱は上昇する
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「つまんないなぁ」
授業の合間の休憩時間。教室に居る気にもなれず、裏庭のベンチに座る。周囲には誰もいない。僕一人だ。落ち着く。
ある一人と一緒にいる時を除いて、基本的に僕は一人が好きだ。でも学校に入学してから一週間くらい経った頃から人に、特に女の子に囲まれる機会が増えた。というかほぼ毎日、学校に来たら囲まれる。
女の子たちは、僕を囲むと、口々に昼食を誘い、放課後に出かけることに誘い、屋敷やお茶会に誘う。僕を優しいかっこいい美しいと褒め称え、まるでどれだけ僕に気に入られるかの競争しているようだ。そんな、女の子たちの熱に浮かされた瞳に馴染めない僕は、こうして人目のつかない場所へ避難することが増えた。
ミスティアが、学校にいない。
彼女の入学は来年で、今頃彼女は自分の屋敷で過ごしているから当たり前だ。だけどそんな当たり前のことが、すごく辛い。
学校に入学してから、彼女に会う時間が減ってしまった。何とか会いに行こうと合間を縫ったり、時間を作ってはいるけど、入学前の半分以下の時間になった。
それだけじゃない、ミスティアは僕をハイム先輩と呼びはじめた。今までエリクって呼んでくれていたのに。「学校でうっかり呼ばないように」なんて、敬語で話すことも増えた。どんどん彼女は僕と距離を取ろうとする。
ミスティアの目的は、何となく分かる。僕が周りに嫌なことを言われないように、変な目で見られないように。人の目を気にしているんだろうと思う。
でも僕は、他の誰かなんてどうでもいい。彼女さえいればいい。
「はぁ」
溜息を吐く。本当にすることがない。楽しいことも何もない。
ミスティアが入学したとき、学内を案内できるようにとくまなく散策して、一通り把握してから、一層退屈になった気がする。
授業も、彼女に教えられるように勉強していたら今年の学習内容の全てを網羅した。だから来年の分を勉強し始めたけれど、それももう終わる。
あとこの空虚な時間を半年以上過ごさなきゃいけないのか。考えるだけでうんざりする。今まで会おうと約束したら確実に彼女に会えていた日々が懐かしくて恋しくて仕方ない。
忌々しく地面を睨みつけていると、ふいに影がさす。見上げると、知らない女子生徒が立っていた。
「ハイム君?」
「ああ、こんにちは」
とりあえず笑顔を作り挨拶したものの、誰だかさっぱり分からない。名前もわからないし、顔も見たことがない。何の用だろう。
「教室居ないから探しちゃった」
そう言って女子生徒は隣に座ってくる。距離が近い。さり気なくずれて、身体がつかないようにすると女子生徒はお礼を言う。
ミスティアなら、近づいても平気どころか落ち着く距離なのに、学校に入学してから、彼女以外の人間に近付かれることが不快だと気付いた。
人には、他人に近付かれると不快に感じる範囲があるというけど、僕は多分それが極端に広いんだと思う。それが、ミスティアに対してだけ消滅するのか、彼女がすでに僕の一部という存在になっているのかは分からないけど。
「ごめんね、何かあった?」
「実は、ちょっと話があって」
女子生徒は、僕の手を握り、顔を赤くして、照れたようにはにかんだ。
「あのね、私、ハイム君の事が好きなの」
まただ。また僕が知らない女の子が、僕を好きだと言う。
二、三会話を交わしていればまだいい方で、今みたいに名前も知らなかったり、顔すら見たことがない時の方が多い。こうして、突然現れて告白して来たり、呼び出されたり、机や靴箱に手紙を入れられていたりする。
「皆と仲良くて、優しいところとか、相手の為を思って行動できるところ、すごくいいなって思ってて」
それはミスティアが入学したとき、僕が集団から孤立していたら心配するからだ。他人に優しくするのも、僕が他人に酷い態度をとっておいたら、彼女は悲しい顔をする。結局、誰の為でも無い、ミスティアに好かれたいだけの、僕自身の為だ。
「ハイム君の笑顔が好きで、ずっと見ていたくて」
僕が、学校で本当に笑ったことなんて、一度もないのに。何を言っているんだろう。僕のこと、何も知らないのに。何もしらない人間のことを、どうして好きになれるんだろう。
「突然言ってごめんね、でも、ずっとハイム君の事、好きで」
「そうなんだ、でも君の気持ちにはこたえられない、ごめんね」
そう言って、クラスメイトの手を外し、そのまま立ち去る。クラスメイトの目には涙が溜まっていたけど、慰めて期待させると余計面倒なことになるのは、先々週に学習した。
「きもちわる……」
溜息を吐く。握られた手も気持ちが悪いし、馴れ馴れしく話しかけられたのも気持ちが悪い。
一時、彼女が入学して、僕が他の人間に告白されるところを見てもらったら、嫉妬してくれるかもと思ったことがあった。だけどこの調子だと、彼女との時間を奪われたと酷い態度をとって、彼女に怒られてしまう可能性のほうが高そうだ。
うん、絶対そう、僕は絶対酷い態度をとるし、彼女は絶対怒る。
彼女が入学したら、学校自体の煩わしさは消えるだろうけど、彼女以外の人間への煩わしさは倍になるんだろう。
僕は人気のない別棟のトイレで手を洗おうと、別棟へ足を速めていった。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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