秋 Eの駆け引き
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「僕、来年学校に行くんだよね」
そう言うとティーカップを見つめていたミスティアが顔をあげる。今日は、アーレン家の屋敷で二人だけのお茶会だ。邪魔者もいない。とても嬉しいはずなのに、僕の気は晴れないどころか沈むばかりだ。
その原因は、目の前のミスティアじゃない。僕自身にある。
来年、僕は進学する。毎週五日間、朝から夕方まで、僕は学校に居なければいけない。だから、その間は彼女に会えない。二日間は休みだけど、彼女にも用事がある。絶対会えるわけじゃない。
だから、来年の一年間は、彼女と会う時間が今よりも、ずっと減る。
一年間を耐えれば、彼女も同じ学校に入学する。僕の、後輩として。でも、それまでは会えない。そう思うと辛くて苦しい。
僕は、ミスティアさえいればいいのに。何で離れなくちゃいけないんだろう。彼女との一歳の年の差なんて、考えたことも、感じたことも無かった。なのに、今、一年がすごく遠いものに感じる。彼女は一年遅く学校に入学して、僕は一年早く学校を卒業する。それが遠くて、苦しい。
僕が一年早く生まれただけで、彼女が一年遅く生まれただけで、こんなにも会える時間が減ってしまう。同じ年だったら、離れなくて良かったのに。
一緒に学校に行けて、一緒に卒業して、学校でも、ずっと、そばにいるのに。
一年、生まれた時間が違うだけで、簡単に遠く、離れることになるなんて気付かなかった。
「ご入学、おめでとうございます」
ティーカップを置いて、ミスティアは祝いの言葉をくれた。彼女から貰う言葉はなんでも嬉しいのに、今日だけは喜べそうにない。
「ご主人と一緒に行けないのは寂しいけど、僕、ずっと待ってるから」
そう言うと、彼女はしばらく何かを考え込むと、はっとして、焦ったように口を開いた。
「え、え、りゅ、留年とか、駄目だよ、絶対駄目だからね?」
ミスティアは心配そうな目で僕を見る。彼女の目が僕だけを映している。嬉しい。留年、僕が何度か考えたことだ。僕が留年すれば、彼女の学校生活三年間を、一緒に過ごすことが出来る。先輩、後輩なんて隔たりも無くなる。でも。
「そんなことしないよ。僕にはしたいことがあるからね」
彼女と、ずっと一緒に居る為には、しなければいけないことがある。
三年前は、勇気を出すだけで良かったけど。今はもう、それだけじゃ駄目だ。三年前と同じ、このままじゃいられないと気付いた僕は、一歩また踏み出す。
彼女と一緒に居る為に、彼女のそばに、ずっといる為に。その為にちゃんと、彼女より、一年早く卒業する。彼女が学校に居る間に、彼女が学校生活に追われるうちに、僕は、彼女とずっと一緒に、永遠に彼女が笑って、幸せでいられる、そんな場所を作るんだ。
三年前に作った街みたいに、僕たちの理想の世界を。僕たちだけの、幸せの世界を。
「なら、いいけども……」
彼女は一口、紅茶を飲む。
「でも、留年もいいかもしれないなぁ、そしたら入学式一緒に出れるのかな?」
道化たように笑うと、ミスティアは目に見えて顔を青くする。ああ、可愛い。僕の一言で、彼女の表情はころころ変わる。どんな表情も欲しい。でも泣いた顔はあんまり見たくないかな。
「冗談だって、からかってごめんね? ご主人」
そう言うと、彼女の表情から不安な色が消える。いつもの顔だ。
いつもの顔も、笑った顔も。君の顔は全部。僕のもの。他の誰かになんて、絶対あげない。
だから、僕がちゃんと、君の名前を呼べるようになるまで。ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと待っててね。
彼女の表情、仕草を、しっかり記憶しながら、僕は手元のティーカップに残っていた紅茶を飲み干した。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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