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春 Rの引き金

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 春。ミスティアの誕生日から十日ほど経った頃、


 僕は自室の机に向かい、ミスティアから送られてきた手紙をぼんやりと見つめていた。


 今年もミスティアの誕生日パーティーには呼ばれることは無かった。


 ミスティアの誕生日を祝えていないことを持ち出して、ほんの少し圧をかけたものの、彼女は十三歳の誕生日も家族と使用人の会だから招待出来ないと断固拒否し、参加出来なかったのだ。その代わりに誕生日の一週間後に会ってくれと頼んだものの、彼女はそれも渋った。


 強引に押さないと彼女に会えないことを知っている僕は、「そういえば、クリスマスイブは去年も一昨年もハイム家の……」と半ば脅し、彼女から無理やり了承を得て、誕生日から一週間後に彼女の屋敷へ出向き、彼女の誕生日を祝った。


 プレゼントは花にした。ダリアの花束だ。様々な色を組み合わせた花束。中でもミスティアは黄色のダリアをじっと見つめ、濁ったようにぽつりと花の名前を呼んだ後、はっとした。おそらく、黄色いダリアに何かしら思い出があるように思う。僕が何かを贈って、誰かを連想させたのが、ただただ悔しかった。


 だから、今年は僕を、僕だけしか贈らないものを贈りたい。


 ミスティアは、人に貰ったものを大切にする。しかし仕舞っておく、というわけではなく、例えば冬の時期などは、侍女に貰ったマフラーや、ハイムの子息から貰った手袋などを身に着けている。


 そんな風に、僕も彼女の身に着けるものをあげたいと思う。しかし、身に着けてもらえなかった場合のことを考え、毎年花束だ。


 今朝届いたばかりだから、内容はきっとダリアのお礼だろう。ペーパーナイフを机の引き出しから取り出しながら、手紙の中身を予想していると、ふと、ある考えが過った。


 身に着けるものを贈っていたとしたら、僕は、何を贈っていたのだろう。考えても、思いつかない。思いつかない自分に愕然とした。


 僕が知っていることは、甘いものは嫌いではない、など当たり障りの無い好みだけで、明確に何が好きで、何が嫌いか、全く思い当たらない。


 ミスティアの好きな色……ミスティアの好きな色って何だろう。黄色のダリアを見つめていたから、黄色? でもそのあと、赤い色も見つめていた。


 僕は、彼女の何も知らない。今まで、僕は、知ろうとしていなかった? 見ていなかった?いや、そんなはずはない。


 そう考えると同時に、彼女の周囲の人間の顔が思い浮かんだ。きっと、彼女を笑顔にさせる人間は、皆彼女の好みを知っている、何が嫌いなのかも。的確に把握して、彼女を喜ばせることが出来る。


 でも、僕は知らない。彼女の好みも何もかも、もう出会って二年経つというのに、何も知らない。何も、何も、何も。


 何で?


 頭が煮えたかのように熱くなり痛む。荒くなる呼吸を抑え、落ち着いてミスティアの様子を思い出していく。すると、一つだけ思い当たった。


 そうだ、初めて出会った時の、チェスボードだ。


 多分、僕が見た中で、彼女が僕に関わることで最も興味を示したのは、チェスボードだ。その後のミスティアの発言で僕は彼女に憎しみを覚え、気にとめていなかったけど、彼女はチェスを楽しんでいたように、今は思う。


 あの時さえなければ。あの時彼女を怖がらせることさえしなければ。


 時間が巻き戻ればいいのに。記憶を持ったまま、ミスティアへの感情を残したまま、生まれなおすことが出来たらいいのに。


 そんなことは、いくら願ったところで叶わないし、考えるだけ無駄でしかない。結局大切なのは今で、未来だ。


 後悔なんてしている場合じゃない。考えを変えよう、僕があげられるもので、ミスティアが喜びそうなものは何か。考えて、考えて、一つだけ思い当たるものがあった。


 彼女が初めて僕にお願いしたこと。僕が、運命を感じる人に出会ったときは、ミスティアに話すこと。


 それがどんな意味を持つのか、今ならはっきりと分かる。そうだ、彼女の願いは、初めから決まっていたのかもしれない。


「自由、かな……」


 呟いてみて、自分の声が酷く弱々しく、震えていることに気付いた。


 初めて会った日に、彼女は言った。いつか俺に運命の女性が現れ、そして婚約を解消する日が来るかもしれない、と。


 きっとそれは正しくて、少し違う。


 ミスティアは僕に、運命の女性が現れると言ったが、運命の人がこの世界に居るならば、間違いなく僕の運命はミスティアで、ミスティアの運命は僕じゃない。いつか、彼女は誰か他の、彼女の運命の男と結ばれようとする日が来る。僕に見切りをつけて、僕の元を去る日が。


 その時が来たら、僕は必ず、彼女の障害になる。


 僕は、好きな人の幸せを願えない。


 そう改めて思うと、さっきまで熱を持っていた頭が、急に冷えたように感じた。


 彼女のマフラーを、手袋を褒めた時、彼女は確かに微笑んでいた。その時僕は、面白くないなんて思っていなかった。その時僕は、悔やむような、炙られるような嫉妬を感じた。


 僕はいつか見たミスティアのマフラーと手袋に手を入れるように、手紙をペーパーナイフで切り込んだ。

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

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