夏 Eの欲望
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「あの星は、勇者座かな、あそこが剣で、隣が盾で」
「いいねぇ! じゃあ僕はどれにしようかな」
ミスティアと一緒に、窓の外に浮かぶ星空を指さしながら、星々に名前をつけていく。
今日、彼女は僕の屋敷に泊まりに来た。昼に来た彼女と遊んで、勉強もして、一緒に夕ご飯を食べて、遊んで、一緒にお風呂に誘おうとしたけど断られた。一昨年の夏はミスティアは抱き着いても怒らなかったのに、秋になってからは避けたり、「駄目だよ」と注意してきたりして悲しい。
お風呂に入って、遊んで、星を見ようと誘って「湯冷めするし夏風邪は長引くから危ないよ」と断られて、駄々をこねて。僕の屋敷で一番窓が大きく、星が見える書斎で、僕たちは今星座を作って遊んでいる。
「じゃあ、あそこは弓戦士座にしましょう!」
ミスティアは一生懸命星座を選ぶ。その様子は、いつもとちょっとだけ違う。違うのは、僕のせい。というより猫のせいだ。
今日、庭で飼っていた……というか庭に居着いていた猫が死んだ。お昼に遊びに来たミスティアと一緒に庭園を散歩している時に見つけて、もう死んでてしばらく経った後で、手遅れだった。ミスティアと一緒に庭園の傍に埋めたけど、ミスティアは猫より僕の心配をしていて「今日、泊まっていきましょうか?」と聞いてきた。だから、泊まってもらった。
猫。思い出したくもない商人のおじさんと話をしていた頃から庭の周りをうろうろしていたから、寿命で死んだんだとは思う。猫が死んだことには、悲しいとは思ったけど、でも、すごく悲しいってわけでもなかった。でも周りで何かが死んじゃうのなんて初めてで、ミスティアがそうなっちゃったらどうしようと思って、ミスティアのことずっとずっとぎゅってしてたいと思った。
「ねえ、ミスティア。だっこして」
「え」
ふいにかけられた僕の言葉にミスティアは戸惑った顔を見せた。星明りに照らされて、紅色の綺麗な瞳が揺れている。そしてきゅっと拳を握りしめた後、僕を抱きしめて落ち着けるように背中をさすってきた。
「ねえ、死んじゃったとき、猫も悲しかったのかな」
「……悲しいとは、思いますよ。でも、それより周りの人が心配だったと思います」
ミスティアは、何かを思い出すように話をする。ミスティアも死んじゃったとき、僕のことを心配するのかな?
「でも、知らない道路とかじゃなくて、エリクがすぐに見つけてくれるような庭で、眠るように死ねたことは幸せだったんじゃないでしょうか」
聞こえた言葉に目を見開く。確かに、猫は色んなところをうろうろしていたし、僕の庭じゃない場所で死ぬこともあった。それに、病気や事故で死ぬこともあった。そういう可能性の中で、今日の終わり方は良かったことなのかもしれない。そんな風に考えたことはなかったから、なんだか驚くとともに納得した。
ミスティアにぎゅっとしてもらいながら、窓の外を見ると、きらきらした星が視界に入る。
一昨年も自分の部屋で、夜空を見上げていたけど星なんて見えなかった。でも今は、しっかりと輝いて見える。
これも全部、二年前、彼女が庭園で僕を見つけてくれたから。僕を見つけて、僕と一緒に居てくれて、酷いことをした僕を許してくれて。それからも遊んでくれて、誕生日を祝ってくれて、傍に居てくれたからだ。
あの時見つけて貰えなかったら、ずっと真っ暗の部屋の中で、過ごしていたのかもしれない。そして見つけてもらえないまま、誰も知らないままに、死んじゃってたのかもしれない。
でもミスティアが、見つけてくれた。
僕に幸せを与えてくれるのは、彼女だけだ。
彼女に幸せを与えられるのは、僕だけじゃないのが、残念だけど。
彼女が、幸せを与えようとするのも、僕だけじゃない。優しい彼女が大好きなのに、なんだかすごく、残念な気持ちになってしまう。本当は、優しいのも、全部僕だけ独り占めしたい。
「僕と一緒に居てくれて、僕を見つけてくれてありがとう」
素直に思った言葉をそのまま伝える。これも、前までできなかったことだ。それが今は、普通に出来た。
「えーっと、こちらこそ、私の話を面白そうに聞いてくれたり、話をしてくれてありがとう」
彼女は肩越しに、戸惑ったような声でそう話す。
嬉しくてつい彼女の頬にキスをしたくなったけど、今日はやめた。今のままで十分幸せだったから。
今の僕は、場所も、人の目も気にすることなく過ごすことが出来る。怖いものなんて、何もない。僕の毎日は変わった。間違いなく、幸せな方向に。
でも、たまに思うことがある。彼女となら、あの真っ暗な部屋に閉じこもっていても、幸せだと。
彼女と、僕。二人だけの世界。誰にも邪魔されることのない、二人だけ。そうすれば、猫のもしもの可能性みたいに、ミスティアを一人ぼっちにしないで済む。
そんなもの、どこにもない。もしそんな世界が作れたら、いいなと思う。だけど、それを彼女が幸せと感じるかは別だ。僕は彼女を幸せにしたいのであって、閉じ込めたいわけじゃない。彼女は家族や使用人を大切にしているし、そんなこと望まないだろう。
……でも。もしもミスティアが、それを望むなら。望んでくれるのなら。僕はすぐにでも、二人きりになる。周りを皆排除して、無くして、消して、本当の二人きりに。
「そろそろ、おやすみしようか?」
「あーもう遅い時間だね、寝る時間だ」
僕の問いかけに、彼女は頷く。
二人で書斎から出て、僕はいつの日か来るかもしれない、彼女と本当の二人きりになった時のことを考えながら扉を閉めた。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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