春 Rの偶像
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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ホワイトデー前夜、僕は、ミスティアへ贈るホワイトデーのプレゼントはどれにしようかと、真剣に悩んでいた。
目の前の机には、色とりどりのラッピングをされた箱が並んでいる。いわば包装の山だ。どれにしていいか分からず、とりあえず良さそうなものは全て買った。
別に、ホワイトデーに会う約束をしている訳では無い。これは僕が突撃して一方的に、強引に渡すものだ。
そんなミスティアは、バレンタインにチョコレートを手作りしたらしい。それが贈られるのは、婚約者である僕ではなく、使用人。使用人、ほぼ全員。
そう聞いた時は、彼女はバレンタインという行事を理解していない、あるいは誤解しているのだろうと思った。バレンタインは、男女間でチョコレートを贈る日だ。
元々彼女は、誕生日は必ず使用人と家族のみで過ごそうとするなど、普通の令嬢より使用人に対して距離が近い。いや、異常に近い。知っていても、知らなくても、「お礼として」なんてチョコレートを贈ることは想像できる。
できる、が、そもそも普通はあり得ないはずだ。使用人が、仕えている令嬢に手作りのチョコレートを乞うなんて。
彼女の使用人は、観察すればするほど、どこか普通の使用人とは違うように感じる。
無礼さは微塵も無い。自分の職務を淡々と、忠実にこなす。極めて優れていると言っていい。
しかし、得体の知れない異様さがあるのだ。その目であったり、態度であったり。
アーレンの使用人たちは、ミスティアに対して、絶対的な神を信仰するような、渇望を向けるような目を向ける。
伯爵や夫人に対しては、使用人として、主を見る、敬意の目、普通の目。
ミスティアに対して、使用人たちは強い執着を持っている。はじめは庭師だけだと考えていた。だが、おそらく、庭師だけじゃない。ほぼ全員、何かしらの並々ならぬ想いを、使用人としてあってはならない想いを、彼女に抱いている。
前に、使用人と距離が近すぎることを彼女に指摘したが、彼女はその指摘を真摯に受け止めた、というよりかは僕に恐怖していた。
なるべく言葉を選んだつもりだったけれど、棘のある言い方になってしまったかもしれない。いや、確実になっていた。
彼女の為を思っての言葉だけど、彼女に伝わらなければ意味が無い。人当たりは、悪い方ではないと思う。誰とでも接することは出来るし、上手く立ち回れる。どんな無礼な物言いだって笑って流せるし、感情的になることなんて絶対に無い。
それなのに、彼女の前では、それが出来ない。彼女の些細な言動、行動、それらが気になって、冷静で居られない。それどころか考えて話しても、どこか責めたような声色になってしまう。彼女といると、僕は感情に支配されて、冷静な判断が出来ないのだ。
本当に、どうしようも無い人間だと、彼女と会うたび自覚する。
ミスティアと出会って二年。ただ時間だけが過ぎるばかりで、彼女に近付けている気がしないし、日ごとにその距離は離れていっている。
夕食を共にすることも、今は無いし。
本当は、誰よりも優しくしたい。何で出来ないんだろう。
無理矢理距離を詰めないと、彼女は離れていく一方だし、かといって、強引に事を推し進めようとするなんて、一番の嫌われる原因だ。それのせいで、僕は幾度となく彼女を怖がらせ続けてきた。
彼女の心を得るためには、どうすればいいんだろう。
何を犠牲にすれば、彼女の心を得られるんだろう。
……ああ、駄目だ。暗くなる。しっかりしないと。今は明日彼女に贈るものを選ばなければ。
僕は気を取り直して、明日贈るものを選ぶべく、包装の山に視線を向けた。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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