春 Jによる将来、あるいは犯行計画
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846
◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/
雪が解け、暖かな日差しが俺の恋人の黒髪を照らしている。
今日も俺の恋人は、世界で一番可愛い。
屋敷の庭で馬を呼ぶと、隣に立つ俺の恋人ミスティア・アーレンは慣れた様子で目の前の馬に跨ろうとする。本当は手を貸さなくても大丈夫だが、男として、恋人として俺は手を差し出した。
ミスティアは遠慮がちに俺の手を取り、馬に跨ると礼を言う。俺も自分の馬に跨り、近くの泉へと出発した。
いつもの流れ、いつものデートだ。
俺の八歳年下の恋人は、この春十歳から十一歳になった。一歳年を重ねたと言っても、別に俺たちの年の差は埋まらない。ミスティアと交際を開始して半年、相変わらず関係は秘密のままで、デートはもっぱら乗馬デートだ。
関係は秘密のまま、することは馬に乗って、他愛も無い話をするだけだが、週に一度、こうして俺の屋敷にミスティアが来て、乗馬練習と称した乗馬デートをする。雨の日は屋敷で馬の話をする。たまに馬具用品を買いに二人で街へ出ることもある。
俺は、一人前じゃない。だから「理由」を作らないと会えないし、その頻度も多くは作ってやれない。周りを見ていると、恋人という関係にしては健全で清すぎる交際だと思う。でもミスティアはまだ子供。今はそれだけでも十分だ。
そんな交際をする中、ミスティアは十一歳の誕生日を迎えた。恋人の俺と過ごせないのならと、ミスティアは自分の誕生日パーティーを家族と使用人だけで行った。俺が不甲斐ないばかりに辛い思いをさせてしまったが、ミスティアのその気持ちは嬉しかった。
結婚すればいつだって祝ってやれる。何も、一年に一度祝うんじゃなくて、今まで我慢した分沢山祝ってやればいい。そう思えばいくらでも耐えられる。
だが、決してこのままでいていい訳じゃない。ミスティアには婚約者が立てられていた。先週、些細な会話から花婿候補ではなく、婚約者がいるとミスティアに聞いた時は目の前が真っ暗になったが、結局それは親同士が決めただけの事だ。ミスティアが好きなのは俺だということに変わりはない、不安がる必要なんてどこにもない。
それに、ずっと俺に話すタイミングを考えて言い出せず、可哀想な思いを俺はミスティアにさせてた。俺に言って、俺にふられることを考えて泣いてたかもしれない。そう考えると胸が潰れそうに苦しくなった。
もうそんな思い、絶対させたくない。
ミスティアの恋人として、しっかり頼られるように。ミスティアが、辛い思いをしなくて済むように。ミスティアをしっかり幸せに出来る男になって、幸せにする義務が、俺にはある。
だから、俺は真っ当な人間にならなきゃな。別に元から曲がった人間でもないが、それでも真っ当な人間として、一人前になって、あいつをミスティアを迎えに行きたい。
二週間前、親父から、教師の道を打診された。家を継ぐ前に、人を導くものとして経験を積め、ということらしい。
教師、と聞いて真っ先に浮かんだのは他でもないミスティアの顔だった。
あいつは俺を「先生」と呼ぶ。はじめ、乗馬を教えていた名残だろう。二人でいる時くらい名前で呼んでほしいもんだが、まぁ誰が見てるか分からない、あいつが俺を先生と呼ぶのは中々悪い気はしないと思っていた。
それが、まさか親父から教職の推薦をされるとは思わなかった。
俺が、あいつが呼ぶ通り「先生」になったら、どんな顔すんだろうと考えるとあいつの笑顔が浮かんだ。
十五歳になった貴族は、貴族学校へ入学する。あいつだって、俺と同じように十五歳になったら貴族学校に入学するはずだ。
今からなら、丁度あいつが入学する頃には、俺は教師になっているはず。
あいつが同い年だったらと、考えない日は無かった。それは何処へ行っても同じで、屋敷に居ても、街に居ても、森に居ても、それは学校に居てもそうだった。同い年だったら、きっと同じ授業を受けていたんだろうとか、一緒に飯が食えてたんじゃないか、とか。いつだって、あいつがいないとき、あいつを探していた。でも、教師になれば同じ校舎にいられる、場合によっちゃあいつの担任にだってなれるかもしれない。そうしたら、もっと会える時間だって増える。
あいつの婚約者の無粋な魔の手からも守ってやれる。教師と生徒では手は出せないが、俺はもとからあいつがきちんと大人になるまで手を出す気はなかった。
流石俺の運命。神は常に俺に味方している。
そう考えた俺は、今までならばだらだら考えてから渋々受けていたであろう親父の打診を、即決で受けた。
「俺さ」
並走するミスティアに声をかけると、やつはこっちに顔を向けた。可愛い、じゃなくて危ねぇな。落ちて怪我でもして顔に傷でも出来たらどうすんだよ。その時は責任とって俺が嫁に貰う……いや何も無くても貰うが、普通にミスティアが怪我すんのも落ちるのも嫌だ。
「前見て聞け、危ない。話をするときはちゃんと前見ながらって言ったろ」
「はいっ!」
慌ててミスティアが顔を前にむける。ミスティアの横顔も好きなんだよな。綺麗な顔してる。日に日に綺麗になってくな。いやそうじゃない。ミスティアが綺麗で可愛いのは今は関係なくて、将来の話をすんだよ俺は! 馬鹿か!
「俺、教師目指す!」
ミスティアはまた俺の方を向いて、驚いたように目をぱちぱちとさせている。この反応はなんだ。いい反応か。悪い反応か。くそ、気になって待ってらんねぇ。
「どう思うんだ。お前は、俺が教師になるって」
「……本当ですか?」
「おう」
「……応援します! すごくいいと思います! きっと天職ですよ!! 運命です!」
興奮した様子でミスティアが何度も頷く。ミスティアも、運命だと思ってくれているのか。こんなに喜んでくれるなんて想像してなかった。ほっと安堵していると、またミスティアがこっちを向いていることに気付いた。
「あ、危ねぇ、前見てろって言ったろ」
「っはい!」
混乱と興奮でミスティアに注意するのを忘れた。俺に言われたミスティアは前を向き手綱を持ち直した。くそ。咄嗟に言ったせいでつい乱暴な言い方になっちまった。怖がらせないように言い方には散々気をつけてたのに。
「言い方、きつかったな。悪い」
「いえ、大丈夫ですよ」
「嫌じゃないか?」
「はい」
そう言ってミスティアは嬉しそうにしている。別に、俺のそのままの話し方でいいってことか……?
ミスティアは、そのままの俺が、好き。
俺の夢を応援してくれる。ありのままの俺を受け入れてくれる。
「さすが、俺の、運命だなぁ……」
小さく呟いた愛の言葉は、馬の走る音にかき消されてミスティアの耳には届かない。だが、今はそれでいい。俺たちはまだ、健全で清く正しい関係でいる必要がある。
でも、その関係を終わらせる時が来たら、沢山、沢山好きだと、愛してると、声に出して伝える。
それまでの、少しだけの辛抱だ。
愛してる。声に出さず、心の中で伝えると、まるで俺たちを祝福するかのように、俺とミスティアの間に春の風が吹いていった。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846
◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/




